第95話 理由

 屋敷に帰ってきて執務室に入ると、諜報部員が一人待っていた。


「男爵様。こちらがお求めになっていた書類です。王国の諜報部【蜥蜴とかげ】から今まで集めた情報になります。我々も男爵様の命令でかの地に調査に入りました」


「そうか。ご苦労。今週末には向かうと思うから、それまで調査と準備を進めてくれ」


「かしこまりました」


 暗殺系統の職能だからか影になって部屋から消えた。


 俺が使う影移動と同じものだ。


 夜が深まってきたが、せっかくなので書類に目を通す。


 エンブラム伯爵が管理している諜報部【蜥蜴】。暗部も兼ねてはいるが、どちらかというと諜報活動の方が多く、暗殺は少ない。そんな彼らだからこそいろんな情報が集まっている。


 その中で自分が欲しかった情報を見て、一つ確実にわかったことがある。


 ――――この王国の深部に、何かがうごめいている。



 ◆



 グランドヌエの素材は全てグランに渡し、魔石はエヴァネス様に支払い、平和な学園生活を過ごし、休日の前日を迎えた。


 授業が全て終わり、クロイサ町にみんなで集まった。


「ディアナさん。ベリルが変なことしないようにちゃんと見張ってね」


 お嬢様が真剣な顔でディアナにそう話す。


 俺は子供かっ!


「任せて~ちゃんと首輪付けておくから」


「首輪って……」


「それがいいわ。シャーロットさんに失礼なことしちゃいそうだし」


「しないですよ!?」


 ちらっと俺を見た二人は、何もなかったかのように「うんうん」と頷いた。


 はあ……もう少し信用してくれてもいいのでは?


「もう行くぞ~」


 ポチに乗り込むと、後ろにディアナも乗る。


「行ってきます」


「「「行ってらっしゃい~」」」


 お嬢様とリサ、リンはクロイサ町に居残りだ。


 みんなで向かってもいいんだけど、馬車で向かうことになり、かなり時間がかかるので一日ではとても着けない。ポチの走りなら余裕だから、結果的に俺とディアナでいくことになった。伯爵令嬢であるディアナも一緒の方がいいという――――言い訳をしている。


 久しぶりのポチの全力疾走がとても気持ちいい。


「ディアナ~わざわざ悪いな」


「ううん。それに私も気になってたから」


「ああ。何が出るかはわからないが、どうもきな臭いみたいだしな。例の教団・・・・が関わってないといいけど……」


「うん……」


 “ワールドオブリバティー”に大きく関わっている教団。魔族が関わっているメインストーリーの大きな敵――――いわゆる人類の敵だ。


「メインストーリーがうちの王国に関わっているはずはないんだけど……それはあくまでゲーム内だけだったから、ベリルくんも気を付けてね?」


「ああ」


 調査書類を思い出して胸騒ぎを覚えながら、俺達はやがて――――シャーロット令嬢が住まうディオニール子爵領ディアリア街にたどり着いた。



 ◆



 宿屋の部屋に入ってすぐに、ディアナと気まずい空気になってリビングで距離を取る。


 今日は宿屋で一泊することにしたんだけど、伯爵令嬢であるディアナを一人にするわけにもいかず、護衛ということで同じ部屋に泊まることになった。そこまではいいんだが、ツインベッドの部屋に泊まりたかったのだが、残念なことに全部埋まってしまって、ダブルベッドの部屋しか取れなかった。


「…………」


「…………」


「やっぱり俺はソファで寝るからベッドはディアナが使ってくれ」


「う、うん……ありがとぉ……」


 ディアナがディアリア街にいるってことは広まっていないはずだし、暗殺されたり誘拐されることはないと思うし、そもそもディアナ自身が強いので問題ないとは思うけど、念には念を入れて同じ部屋にしたが…………しない方が良かったのかな。


「お、俺はちょっと諜報部と顔を合わせてくるから、ディアナはゆっくりしてて」


「う、うん!」


 何とも言えない空気感に耐えられず、宿から急いで外に出る。


 ふう…………ディアナには前世の記憶があるから、どうしても日本人の感覚があって、お嬢様やリサ、リンでは感じない変な空気感というのを感じてしまう。


 ディアリア街は街と呼ばれるくらいには広く、賑わいを見せている。


 すっかり夜になってもお店の多くが開いているし、灯りに照らされて歩きやすく、人も多い。


 位置付けとしては田舎街ではあるんだろうけど、豊作で賑わっている街なだけあって活気がある。


 一人で屋台を回りながら焼き肉の串を食べたりしながら歩いていると、一人の女性がぶつかってきて、食べていた串を落としてしまった。


「あら、ごめんなさい」


「いえ。前を見てなかったこちらが悪いです」


「肉がダメになっちゃいましたね……」


「お気になさらず」


 彼女の隣に立つ彼氏が嫌そうな表情で俺を見つめた。


「弁償は――――」


「もうほとんど食べてましたから、本当に気にしなくていいので。では俺はこれで」


 二人はまたすぐに自分達の世界に入り、屋台を楽しみながら歩き去った。


 落ちた串を捨てようとしたとき、一人のボロボロの服を着た女の子が串を見つめているのに気付いた。


 そういやどこの街でもこういう貧民がいるものだな。


 買い与えてもいいけど、華やかな屋台の裏路地に見える子供達全員に買ってやるには、とても目立ってしまうから辞めることにして、串をゴミ箱に捨てた。


 すぐに女の子が拾いに飛びつくのが見えたが、見て見ぬふりをしてその場を離れ、宿屋に戻る。


 宿屋に帰ってくると、寝間着に着替えたディアナに、さっきよりももっと気まずい空気を感じざるを得なかった。


「お、おかえり……シャワーは先に使ってるよ?」


「ああ」


 そのとき、トントンとノックの音が聞こえた。


「誰だ?」


「ご注文されたルームサービスでございます」


 扉の覗き穴ドアアイで外を見ると女性一人と男性一人がお酒などを持っていた。


「ああ。待っていたよ」


 扉を開けると二人が入ってきて、飲み物や食べ物を乗せた皿をテーブルの上に乗せる。


 そして、すぐに俺の前に跪いた。


「男爵様。手短にお伝えします。豊作で税収が増えた子爵は毎週の週末には、ルデラガン領内のベースパ子爵が領主をしているルドロン街で夜会を楽しんでいるようです。本日も子爵はディアリア街にはいません」


「子爵の屋敷にはかなり厳重な警備がありますが、子爵の執務室に秘密があるようです。秘密の部屋があると推測されます。シャーロット令嬢は足が不自由になったことを理由に敷地から外に出ないように命令されているのは本当のようです」


「ご苦労。明日は子爵の屋敷に入る。お前達は念のため街に待機していてくれ」


「「はっ」」


 そして二人は部屋を出た。


 さっき屋台でぶつかった男女二人。彼らは俺の諜報部の者達で、屋台で俺を見つけてコンタクトを取り、ここに泊っていると伝えてこうして合流できたというわけだ。


 諜報部の調べでは、他に諜報活動しているのは王国諜報部【蜥蜴】くらいなので、そちらとは連携できるが、把握できてない諜報員がいるかも知れないからと、ここまで大袈裟にやっただけ。何もないのが一番いいが……。


「ディアナ。どう思う?」


「……足が不自由になっただけで屋敷から出さないのはおかしいと思う」


「そうだな。しかもあの感じからすると……アルが学園を卒業する頃には命を落としかねない。その理由がわからないんだよな」


「アルフォンス様と婚姻関係になれば子爵だっていろんな利益があるはずなのに……それでもシャーロット令嬢を犠牲に大地の祝福を続ける理由は……」


「前回来たときも子爵はいなかったし、報告通りなら夜会に参加している。どうしても夜会に参加したい理由が?」


「そう思っていいんじゃないかな。夜会……すごく嫌な感じがする」


「どうしてそう思うんだ?」


「…………メインストーリーでは帝国で頻繁に教団の夜会が開かれていたから。孤児の子供達が……」


「っ……運営は何でそういうストーリーを描いたんだ」


「権力者はそうなりやすい……リアル趣向だって言われてたよ。だからメインストーリーが嫌いな人も多くて、全然プレイしない人もかなり多かったもの。サブストーリーはほのぼのとしたものが多かったのは、そういうユーザーに向けてのものだと聞いたことがあるよ」


「なるほどな……まあ、前世の運営が考えたストーリーが本物なのかここが本物なのか俺にはよくわからないが…………今俺達の前にあるのは間違いなく現実だもんな」


「うん。だから私はシャーロットさんを救いたい。私が――――勇者であるからこそ」


 ディアナってもしかしたら最初から勇者を目指したわけじゃなく、何となく前世の知識で勇者になってみたら勇者が自分以外就くことができなくなって、そこから責任を感じて勇者になろうとしているのかもしれないな。


「ねえ。ベリルくん」


「ん?」


「ベリルくんは勇者ではないし……エンブラム伯爵様との約束を守るだけで良いはずなのに、どうしてこういうことに自分から足を踏み入れるの? ベリルくんには何のメリットもないと思うんだけど……」


「何故……か。ディアナの言う通り、俺は勇者でも何でもないし、世界が平和でありますように~だとかはあまり興味はない。ただ――――手が届く範囲で理不尽に生活を奪う者は、気に喰わないんだ。自分が偉いと勘違いして……いや実際は偉いのかもしれないけどさ。上から人の命を何とも思ってなくて私利私欲を満たすためだけに……人形みたいに扱う人が……俺は誰よりも嫌いだから。そういうやつを邪魔したいだけかもな!」


 ディアナは小さく笑みを浮かべる。


「それに俺を好きだって……言ってくれる人ができて…………彼女達に恥ずかしくない男になりたいって勝手に思ってるだけかもな。こう~男としての見栄?」


「ふふっ。何それ~」


「誰がどう言おうが、俺が彼女達に格好つけたいだけだから!」


 ディアナが「あはは~!」と声を上げて笑った。


「――――でも」


 笑っていたディアナがどこか愛おしそうな目をして俺を見つめる。


「――――そういうベリルくんだからクロエさんもリサちゃんもリンちゃんも好きになったんだろうね」


 ディアナは「もう寝るね! お休み!」と言い残して、すぐに部屋に入ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る