第94話 それぞれの変化

 長かった……。入学してからレベルアップなんてしなかったから、俺のレベルってもうカンストでもしたのかと勘違いするくらいだったが、未だ19か。


 死神覚醒を使うためとはいえ、久しぶりに痛かった…………というか、最近お嬢様の肘突きも痛いからな。頑丈を上げておくか。


「ベリルくん~」


 リサの軽やかな声が聞こえる。


「ん?」


 リサ、リン、ディアナが俺を囲むと同時に――――一斉にポーションをふりかけた。


「ぬわっ!?」


「ベリルくんがケガした」


「ご主人様? もう少し自分の体を大切にしてくださいね?」


「ベリルくん……ひやひやさせないでよね」


「は、はい……」


 何故かみんなに怒られた。


 それから倒したグランドヌエを回収。素材は新しい武具や魔道具に使えそうだ。中でも一番の目的だったボス魔石もしっかり回収して、エヴァネス様に渡せそうだ。




 屋敷に帰ってきてリビングに向かうと、ソファーに優雅に座って本を読んでいたエヴァネス様が「おかえり~」と迎えてくれた。


「おばあちゃん~今日、ベリルくんの家に泊ってもいい?」


「いいわよ~」


「あ! 私も泊まりたい~」


 ディアナも手を上げる。


 二人が同時に俺を見つめた。


「ん? どうした?」


「泊ってもいい?」


「え? 良いに決まってるだろ? もしかして遠慮してたのか?」


「い、一応、ここはベリルくんのお家だから……」


「そんなこと気にしなくていいって言ったのに。確か今でも部屋は常に準備しているはず?」


 近くにメイドが一人待機していて視線を向けると「はい。旦那様の命令通りいつでも泊まれるようにしております」と話した。


「今日は大変だったし、温泉に入ってゆっくりしてくれ」


「ありがとう」


 ディアナとリサが部屋を出て、俺は少しエヴァネス様の隣に立った。


「エヴァさんも今日泊れますか?」


「う~ん。ベリルくんがリサちゃんと一緒に寝るなら帰るわ」


「!? い、一緒に寝ないですよ! そ、そ、そういうことは大人になってからです!」


「ふふっ。じゃあ、リサちゃんと一緒に泊るわ」


「は、はい。お、俺も風呂に入ってきます」


「いってらっしゃい~」


 そのまま男子湯に入ってゆったりする。


 露天風呂で一人で夜空を眺める。


 空には大きな満月が光り輝いていて、夜の暗闇を照らしていた。


 後ろで扉が開く音が聞こえて、一人の男が入ってきた。


「よお~」


「お、おう……」


 げっそりしたグランが入ってきて、風呂の中に入る。


 …………こやつめ。意外と大きいな。


「疲れてそうだな」


 するとグランがぐいっと俺を睨み付けて何か言いたそうにして、溜息を吐いた。


「はあ……お前のせいだけど、まあ……嫌ではないからな」


「くくっ。最近金槌は振れてるのか?」


「いや、全然っ。人と話すことばかりだ」


「管理職になるとそうなるよな~でもグランの評判はめちゃくちゃいいし、同じ職人の目線で政策を進めてくれる良い上司って言われてたぞ」


「一応俺も鍛冶師の端くれだからな……ベリルが言っていた“働きやすくて、働きたくなる職場”とやらを考えてみただけだ」


 働いてもらって給金を払うだけの関係じゃなく、ゆくゆく本当に自分が何をやりたいのか、それを応援できる関係こそが一番いい関係だと思う。


 グランもポロポコ村で限られた資源で物を作るおじさんの背中を見て育ったし、それからもいろいろ感じたはず。


 そんな彼だからこそ目指せるものだと思うし、俺はそれを応援できたら嬉しい。


「グランはすげぇな」


「おいおい。本当にすごいのは俺なんかじゃなくてお前だろ?」


「そうか?」


「農夫から貴族になった人なんてベリルが史上初って聞いてるぞ」


「はは……いろいろ運が良かったからな!」


「それを言うなら俺もだな…………なあ。ベリル」


「おう?」


「お前…………最近リサちゃんとはどんな感じなんだ?」


「どうかと言われると……大きく変わることはなく、相変わらずの仲って感じかな」


「…………ベリル!」


 グランが急に立ち上がり俺の前に立った。


「お、俺は……俺はな! ――――リ、リ、リサちゃんが…………好きだったんだ!」


「ああ。知ってるぞ」


 村にリサが遊びに来る度に顔を赤らめていたしな。それくらい気づくよ。


「でも……彼女が好きだったのは俺じゃなくてお前だった。それも当然だ……俺から見てもお前はすごいからな」


「グラン……」


「…………こんな俺でもよ……好きだって言ってくれる子がいてよ……気付いたら俺の中にあったリサちゃんへの想いなんてただの憧れだってわかったんだ…………今は彼女を守りたいって思ってるんだ」


「そうか。グランももう大人だしな~そういう関係の一人や二人いてもおかしくないもんな」


「ひ、一人で十分だ! そ、そんなことより…………リサちゃんを幸せにしろよ。婚約者になるんだろ?」


「……ああ。言われなくてもちゃんとリサの婚約者になれるように頑張るつもりだ」


「そうか。それを聞けてよかった。最後の……諦めが付いた」


「やっぱり二人とも好きだったじゃねぇか」


「う、うっせ! 仕方ないだろ! 何年も前から好きだったんだからよ……」


「くくっ。やっぱグランはすげぇよ」


「なんだ急に!?」


「何でもねぇよ~それよりあとで彼女紹介してくれよ~」


「お、おう……い、いいけどよ…………変なことするんじゃねぇぞ?」


「そこはグランが守ってやるくらいの気概は見せてくれよ」


「それはそうだな……!」


 ポロポコ村の頃は鍛冶師になってずっと仕事一筋だったグランが、今では誰かを好きになり好かれる人になったんだなと思ったら……何だか眩しく感じるな。


 リサの好意に気付いてやれなかったけど、これからはちゃんと向き合おうと思ってるし、お嬢様の件もな。


 クロイサ町に来てくれた伯爵と夫人と初めて家族らしく接してもらったと喜ぶ彼女を見ると……俺まで嬉しくなってしまったから……。


 それからしばらく温泉を堪能してグランと一緒に風呂から上がり、その足でグランの彼女さんを紹介してもらった。


 彼女さんはあまりにも意外なことに、まさかのグッドマル商会のミハイルのお姉さんだった。


 二人ともとても幸せそうにしていて、少しだけリア充爆発でもしろと思ってしまった。




 ◆




 ベリルがグランと風呂場を出た頃。


 露天風呂の女子湯では、珍しくリサがニヤニヤしていた。


「よかったね。リサちゃん」


「うん。ちゃんとベリルくんに婚約して欲しいって言って良かった」


「そう……だね。えっと……ベリルくんのどこが好きになったのか聞いてもいい?」


「全部?」


「全部……私が質問を間違えたね。何のきっかけでベリルくんが意識したの?」


「う~ん」


 リサはゆっくりと考えながら空に浮かぶ満月を見つめる。


「――――慌ててた」


「慌ててた……?」


「うん。初めて会ったとき、ベリルくんは私やおばあちゃんを見て、慌ててたの」


「えっと?」


「おばあちゃんや私を始めて見た人は、恐れるか、好奇心を持って近づくか、嫌うか……あまりいい顔じゃないの。でもベリルくんだけは違った。本当に慌ててたし、私やおばあちゃんを変な目で見てなかった。あの日も――――ずっと希望に満ち溢れた目だった。私は……あの日のベリルくんの目が忘れられないの」


「ふふっ。ベリルくんって人が苦手と言ってるけど、よく周りを見ているもんね。みんな貴族や平民で分けて見てるのに、彼だけは違うもの。リサちゃんが好きになる気持ちも分かる気がするよ」


「うん。でも――――」


 リサは真っすぐディアナの目を覗き込んだ。


「ディアナも同じ目をしている」


「わ、私……?」


「ベリルくんと似た目。でもベリルくんと違ってみんなを守りたがる目」


「リサちゃん…………」


「でも最近はすごく迷ってる」


「…………」


「ディアナもちゃんと自分の気持ちに素直になった方がいい」


「私は…………」


 また月を見上げるリサに釣られて、ディアナも空を見上げた。

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