第92話 諜報部隊、家族の在り方
部屋で待っていた諜報部の隊長のマスターアサシンの人が跪いてエンブラム伯爵を出迎えた。
伯爵は何も言わず、ただ冷たい視線を一度向けただけで、空気のような扱いをする。
「話を聞こう」
「今回諜報部がうちの温泉を調べようとしていたので全員逮捕させてもらいました。敵対するつもりはなくても領主として対応はさせてもらいました」
「…………」
伯爵は手を上げて俺を制止する。
「建前はいい。言いたいことを言え」
「単刀直入に言います。伯爵様が担当されている王国の諜報部。俺にも関わらせてください」
「それはお前も参加するということか?」
「いえ」
俺は懐に忍ばせていた拳サイズの大きな金貨を一枚取り出してテーブルに乗せて伯爵の前に出した。
「それは……」
「陛下から許可は取っています。王国の諜報部で得た全ての情報を俺にも共有してください。その上に俺専属の諜報部を作っていただきたい。こちらの運用資金に関してはシャディアン男爵家が責任を持ちます」
「…………」
微かに振るえる手で金貨を取って前後を確認した伯爵は、諦めたように金貨を俺に返してくれた。
「陛下の命とあらば、従わないはずもない」
「それは良かったです。ダメと言われたらどうしようかなと悩んでました」
「…………心にもないことを」
「あっ。バレちゃいました~?」
何とも言えない表情で俺を睨む伯爵の顔が見れただけでも嬉しいな!
「諜報部が欲しいと言ったな?」
「ええ」
「なら――――」
伯爵が部屋の片隅で跪いていたマスターアサシンを指差した。
「その部隊を全てくれてやる」
「わかりました! まさかこちらの方々を処分するとか言い出すかと思って夜しか眠れなかったんですよね~」
「…………」
今度はお嬢様にも似た冷たい視線を向けた。
そっか……お嬢様のあの目線ってここから継承されたものだったんだな。さすが娘!
「伯爵様? 彼らの褒賞金とか要ります? 育ててくださったお金とか」
「必要ない。全て陛下から賜ったものだ」
「わかりました。何かあったら陛下にお返しできるようにしておきますね」
伯爵との話し合いも終わり、警備員達に案内を任せて俺は諜報部のみんなを集めた。
「本日からここの諜報部隊は俺の配下になった。エンブラム伯爵様とは既に話し合いが終わっている。そうだな? 隊長」
部屋で一緒に聞いていたマスターアサシンの隊長に視線をやると「その通りです」と答える。
先日までは「姫騎士」と呼び捨てにされていたが、あの一瞬でここまで対応が変わるなんて、この世界に住んでいる人々の対応力の速さには驚かされる。
まあ、前世だと貴族と触れ合うことなんてないけど、この世界だと貴族の権威が目に見えるからな。仕方ないのかもしれないな。
「ひとまず今まで通り諜報部として活動してもらうが、エンブラム伯爵様の諜報部との連携などはない。あくまで俺個人の指示で動いてもらうことになる。納得がいかない者はいるか?」
誰も手を上げない。
とはいえ、全員が心から納得した感じではないが、所属変更を自然と受け入れている感じか。
彼らとて、諜報部に命をかけているというより、そう育てられて仕事にしているだけなのかもな。
となると、彼らにも通常の警備隊のような待遇でもいいか。
「ではこれから仕事について説明する。全員――――クロイサ町に引っ越してもらう」
「男爵様」
隊長が俺に声を掛ける。
「ん?」
「我々は闇に暮らす者。家などございません」
うわぁ……もしかして伯爵の屋敷に住んでいたときから、部屋は寝るだけとかか? あの伯爵のことだ……どうしてこいつらに人権などない! とか言いそうだもんな。
「わかった。では全員に家を与える」
「!? お、お待ちください」
「どうした?」
「我々は闇に生きる者。家に住むなど……」
「うちに仕える者達に差を作るつもりはない。働きに応じて報酬を与えるのがうちの良さだ。お前達だけ特別扱いは許されない」
「と、特別扱い……」
「そうだ。生きるだけの食事だけ与えられ命令を聞くだけの人形のような特別扱いはできない。お前達にはクロイサ町でしっかり人生を謳歌してもらいつつ、仕事に全力で励んでもらいたい。これからクロイサ町について案内と給金の話をする。ついてこい」
全員が何か焦った表情で俺についてくる。
警備隊の建物――――警備署の外に出て近くの子供に聞いてメイちゃんが居そうなところを回った。
メイちゃんと子供達はクロイサ町の憩いの場でもある公園でお客様に案内をしてくれていた。
「メイちゃん」
「領主様!」
「すまないが、もう一つ仕事を請け負ってくれないかい?」
「どんなお仕事ですか?」
「とても重要な仕事だ。こちらはこれからうちで働いてもらう人達だ。クロイサ町の案内を頼む。それと彼らは仕事で外に出ることが多い。それを鑑みてどこに住んだ方がいいかも一緒に考えてくれないかい?」
「わかりました~! 町長に挨拶に行ったときに相談して決めますね~」
「よろしく頼む。彼らはこれからシャディアン男爵家にとても重要な戦力となるからな。しっかり頼む。メイちゃんにしか頼めなくてな」
「おまかせください~!」
本来なら大人に任せるべき案件だけど、何となく隊長や隊員の雰囲気からして、伯爵家にいた頃からあまり普通の扱いはされてないと思われる。
となると、ゆっくり周りに溶け込む必要があるが、大人同士だと純粋な感情で触れ合うことは難しいと思う。リサもそうだったし。だからこそ、メイちゃん達と触れ合うことで純粋な感情に触れさせたい。
お嬢様だって最初はあれだったしな。
ひとまず片付けたい仕事が全部終わったし、お嬢様はどんな感じなのか旅館に向かってみる。
クロイサ町の中心部を一人で歩きながら、周りを見てみると、ずいぶんと発展が進んだ気がするな。五週間前にはボロ家ばかりだったのにな……。改めて異世界って職能のおかげでこういうのも速くてすごいな。
旅館へ続く坂道を上がって旅館に入る。
「領主様。いらっしゃいませ」
「いつもご苦労。お嬢様は?」
「部屋の方にいらっしゃいます」
「家族水入らずの時間を邪魔したくないし、ここで待たせてもらうよ」
「かしこまりました。ではこちらにどうぞ」
案内を受けて向かったのは貴賓室だった。以前入った貴賓室は窓一つなく、中に誰がいるのか確認できない部屋だったが、ここは逆に開放的な作りになっている。
さらに窓扉からテラスに出られて、そこからクロイサ町が一望できた。
しばらくそこでゆったりと待っていると、ダダダッと急ぎ足で入ってくる音が聞こえる。
「ベリルッ!」
「お嬢様。おかえりなさい」
「あのねあのね! お母様がね!」
それからお嬢様は無邪気な笑顔で伯爵と伯爵夫人との出来事を話してくれた。
俺からすれば…………両親を恨んでも仕方ないと思う。俺は…………前世の父を恨んでいたし、これからも…………恨み続けると思う。
そう思うと、お嬢様がとても眩しいな。
「ベリル?」
「はい?」
「え、えっと…………」
少し顔を赤らめたお嬢様は恥ずかしそうにしながらも、しっかりと俺の目を見つめながら話した。
「あ、ありがとう…………ベリルのおかげで…………お母様と初めて……ちゃんと話せた……気がするの……」
ハンカチを取り出して彼女の頬に当てる。
「良かったですね。お嬢様。これもずっと頑張ってきたお嬢様のおかげですよ?」
「そう……かな?」
「ええ。クロイサ町はお嬢様の知識がなければこんなに発展はしなかったと思いますし、旅館から見えるこの景色も、全部お嬢様が今まで頑張ってきたことの答えの一つですよ。それにこれで終わりじゃない。これからもですよ」
「うん……!」
お嬢様は嬉しそうに笑顔を浮かべた。
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