第90話 伯爵家の意味

 捕虜とはいえ、エンブラム伯爵家の者なのは知っているため、彼らは丁重に扱うことにした。もちろん、手錠は掛けているし、お嬢様にも事情は説明した。


「さて、部下の皆さんの安全を約束します。今回の一件の理由を聞かせてもらいますよ」


 黒装束の一団のリーダー。エンブラム伯爵家の暗殺者であり、おそらく上位職能のマスターアサシン。一対一なら今の俺でも勝てるかどうか。ポチがいれば確実に勝てるが、正直にまだ戦いたくはないな。


 あの日、執事ムースを処分した彼は血も涙もないのかと思ったら、意外にも部下のためにこうして自ら手錠に掛けられたのには驚いた。逃げようと思えば、彼自身は逃げられるはずだから。


「もし捕まったときには、全て伝えてもいいと、伯爵様からも言われている」


「へぇ……そこはちゃんと対策していたんですね。それで? どうしてここに?」


「風の噂で陛下からこの地に温泉が出来たと王都全土に連絡があった。伯爵はお前がここを観光地にすると公言していたことを加味して、何があったときは俺達に調査をするようにと言われ、王都近くで機を伺っていた。あの地にあるのが本当に温泉なのかどうかを確認し、伯爵様に迅速に報告するのが目的だった。それ以上も以下もない。暗殺の予定もない」


「…………信じれる材料は?」


「わざと旅館とやらに誰も泊まらない日を選んだ。昨日は別の貴族が泊まっていたのだろ?」


「そこまで知っていたんですね。さすが諜報活動のプロですね」


「……我々はそのために育てられた」


 リンのときもそうだが、伯爵は子供奴隷を購入し育てては各地にこうして潜入させているんだな。中でもマスターアサシンともなると、貴重な人材だろうけど、ここを見張らせたのも俺を警戒してのことか。はたまたお嬢様と駆け落ちなどさせないためか。


「理由はわかりました。ですがちょっと強引すぎましたね」


「……王国内の情報は常に集めているが、あんな無茶苦茶な結界魔道具、国宝級のものがこんなところにあるとは思わなかった」


 あれはエヴァネス様特製魔道具だからな。知る由もなかっただろう。


「はあ……わかりました。その言葉、信じましょう。それにしても、エンブラム伯爵様は諜報員をこんなにも集めて何をしているんですか?」


「…………」


 なるほど。これには答えないってことか。


「ひとまず、処遇については少し待ってください。その間の生活は保証しますので。部下の皆さんもね」


「…………ああ」


 彼らに自由は与えないが、衣食住に関してはしっかり対応させてもらうことにした。



 ◆



 翌日。


 朝早くに豪華な馬車がやってきた。


「ベリルく~ん」


 満面の笑顔で窓から体を乗り出した王妃様が手を振る。


 この人……本当、自由だな。


 中央広場に馬車が止まると、王妃様と王様、それと王様に似てる男性が二人とアルが降りてきた。


「陛下。お待ちしておりました」


「シャディアン男爵。ご苦労。本日は紹介したい人がいる。こちらは第一王子のガランドだ」


 今日は王様が来る日ではなく、彼らの息子二人――――第一王子と第二王子を招待するって言い訳で呼んでいる。ついでに王妃様と王様も泊まるという算段のようだ。


「初めまして。ここクロイサ町を治めている領主、ベリル・シャディアンと申します」


「うむ。ガランドである」


 第一王子は王様やアルと違って、ふくよかな体型をしていて、ちょっと傲慢そうな表情をしている。俺を見下ろす感じとか。


 隣に立つもう一人の男に視線を向けた。


「第二王子のトネリクだ」


「お会いできて光栄です。狭い町ではありますが、どうぞごゆるりと過ごしてくださいませ」


「シャディアン男爵」


「はい。トネリク様」


「ここに商品を降ろしている商会はどこだ?」


 第一王子はエンブラム伯爵家とクゼリア伯爵家と繋がりが深い。第二王子は商会連合との繋がりが深いので気にしているようだな。


「トネリク。お前はここに来てまで商売のことしか頭にないのか!」


「……兄上。これは重要なことです」


「ふん。どうせ王位は俺様のものだ。お前がどう頑張ってもな」


 第一王子の言葉に、第二王子は嫌そうな表情をしたが、俺から視線は外さない。


 何となく――――あの王妃様の息子なんだなって伝わってくる。


「王都に本店を構えていたグッドマル商会というところを専属契約を交わしております」


「グッドマル商会……? そこは確か……準男爵家では?」


 さすがに詳しいか。


「はい。何分、私も若輩だったもので、彼らと手を組んでおります」


「…………ふん」


 途端に冷たい視線を向ける第二王子。


 あれだな。商会連合に商談に来なかったから怒ってるのが見え見えだ。


「お久しぶりでございます。王子殿下」


「ん……? ああ。ディアナ令嬢か。久しいな」


「本日は私はご案内致します」


「……何だと? ルデラガン伯爵家の令嬢が案内……だと?」


「お気になさらず。こちらには我が父も支援・・を行っておりますので」


 ディアナの言葉に二人の表情が一変する。


 二人は何も言わず、素直にディアナを追いかけて高級温泉旅館に向かった。王妃様も彼らに付いていく。


「息子達がすまなかったな」


「いえ。予想はしておりますから。それより陛下。一つご相談が……」


「ほぉ……?」


「どうぞ。旅館にて」


「うむ」


 アルは町でぶらぶらしたいと旅館には来ず、俺は王様と二人で旅館に向かった。


 王妃様や王子達は部屋に向かい、俺は王様と二人っきりで会議のための部屋に入った。


「相談というのはどうしたのだ?」


「はい。一つどうしても聞きたいことがございまして」


「うむ」


「先日、エンブラム伯爵家の諜報員が我が旅館を調査に来たのですが、結界を無理矢理開けようとして失敗し、現在その身柄を確保させてもらってます」


「諜報員か……」


「そこで気になったのですが……エンブラム伯爵家が暗殺者や諜報員を多く抱えているのは――――陛下の命なのでしょうか?」


 一瞬鋭い目をした王様は、豪傑に笑った。


「がーはははっ! 仮にそうだとするなら、どうするのだ? シャディアン男爵」


「もしそうならお願いがございます」


「お願いとは?」


「――――諜報員が得た全ての情報を私にもください」


「ふむ……それは大きく出たな」


「はい。いろいろ調べたいこともございまして。陛下もすでに知っていると思いますが……学園の襲撃事件。あれは何もアルフォンス王子を狙ったものではない。彼が巻き込まれたのはただの事故でした。本当の狙いは――――」


「くくくっ。アルフォンスではなく、ディアナ令嬢だと知っていたのか」


「はい」


「がーはははっ! まさか自力でそこまで調べが付いているとはな。しかも調べた形跡も報告されていないのだがね。もしや、あのウィッチャー準男爵家に何か秘密があるのか?」


 俺が出入りしている家まで調べ済みか。ただエヴァネス様までは突き止めてない様子。少なくとも名前からして、エヴァネス様の屋敷に侵入できなかった上にエヴァネス様を目撃すらできず、あの屋敷に誰が住んでいるのかすら把握できてなさそうだ。


「残念ながら違います。あの日、変貌した魔獣が狙ったのがアルフォンス王子ではなく、ディアナ令嬢だったからです。二人の距離はずいぶんと離れていましたから。偶然気づくことができました。最初はうちのお嬢様かと思ったのですが、戦っていたディアナ令嬢にしか視線が向いてませんでしたからね。そもそもあの魔獣は普通の魔獣ではなかった。その正体も陛下はすでに知っているんですよね?」


「…………ああ。知っている。あれは――――魔女ペインの仕業だ。だが彼女の消息は掴めていない。また襲来する可能性が高いが、シャディアン男爵がディアナ令嬢の近くにいるなら安心であろう。ルデラガン伯爵のお墨付きだからな」


「やはりルデラガン伯爵様もそれを知って……」


「当然だ。我が国には三つの伯爵家がそれぞれ力を持ち、国を支えてくれている。表向きではそれぞれが敵対したり、組したりしているように見せているが――――残念ながら違うな。それぞれ性格はあれど、ルデラガン伯爵家は武を持ち国を支え、クゼリア伯爵家は財を持ち国を支え、エンブラム伯爵家は情報を持ち国を支えている」


「伯爵同士仲があまりよくないように見えるのですが……」


「それは当代達の性格の不一致だが、そんなことは関係なく、各家は国のためにそれぞれが持つべき力を持ち続けているのだ。エンブラム伯爵家が諜報員を多く抱えるのは――――我が国の諜報と暗部を全て担っているからだ」


「全て…………となると、全て陛下の意志のままに……?」


「……ああ。その通りだ」


 背中に流れる冷や汗が止まらない。


 王妃様だけじゃない。この王様も――――普通の人ではない。貴族を束ねる頂点。その意味を理解し、体現している存在。それこそがジディガル王国を治める器だ。


 そして俺は王様に大きな交渉を行った。

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