第86話 交渉

 お昼が過ぎた頃。


 広場のすぐ脇に用意された広い空き地の前で待っていると、ディランガさん達がやってきた。


「温泉は気持ち良かったのか?」


「男爵様も人が悪い……まさかあんなすごいものでもてなされるなんて……」


「グッドマル準男爵を信じたんだろ? ならこれくらいで驚いていては困るな」


「そうですね……それはそうと、ここまでしてからの商談。ぜひお聞かせいただけますか?」


「ああ。この空き地は何を立てるか迷っていた土地だ。クロイサ町はもっともっと大きくなる。ここはその一番の中心地だ。ここに建てるべき建物をずっと悩んでいたのだが――――契約次第ではここを冒険者ギルドにしても良いと思っている」


「そんな破格な条件となると……我々に何を求められてるんです?」


「いずれここは人で溢れると思っているし、温泉を発見した時点でここは最高の観光地となる。だが一番の問題は――――治安の問題だ。今でもシリング準男爵に警備隊を結成してもらってはいるが、警備隊だけでは手が回らないと予想している。そこで――――冒険者諸君の手を借りたい」


「具体的には?」


「毎日クロイサ町の見張りを警備隊とは別に行って欲しい。その上で上位冒険者パーティーをいつでも対応できるように待機させて有事の際には対応してもらいたい」


 少なくとも上位冒険者パーティーが戦力となれば、同じ冒険者・・・・・に対して大きな抑止力になると思う。


「代わりに、冒険者ギルドの建物及び税金は無償で提供する。その上に冒険者達には大浴場の入浴料を無料で提供する上に、彼らの家族・・・・・にも無料で提供する。さらにもし有事の際に負傷した場合、冒険者に家族まで我々が面倒を見ると約束する」


 冒険者となれば収入はそこそこ高い。元々平民用の大浴場は入浴料は大した額ではないため、冒険者達にとっては大きなメリットにはならない。しかし、その分福利厚生が非常に弱い世界なので、依頼中に重傷を負っても保証などは何もされない。


 そこに着目してクロイサ町の警備という依頼を請け負ってくれるとこんなにたくさんの福利厚生や依頼料を支払うというのは、彼らにとっても大きなメリットになるはずだ。


「それはまた魅力的な提案ですね……」


「もちろん冒険者ランクによって給金は変わってくるが、多くの冒険者が目を光らせてくれれば、この地は安泰だし、これからどんどん大きくなっても問題なくなるからな」


「……一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「ああ」


「今男爵様が話していること全て……俺には平民のために・・・・・・投資をしているように聞こえるのですが……?」


「うむ。その通りだ」


 そう話すと、ディランガさんも後ろの職員達も目を大きくして驚いた。


「……俺が農夫上がりというのは聞いているな?」


「え、ええ」


「元平民だから平民を優遇する――――つもりやっているわけではない。この地に貴族向けの温泉と平民向けの大浴場があれば、大きな利益を産める。この地が賑わえば賑わうほど――――俺の子爵位が近くなるはずだ」


「!?」


「ひと時の利益を優先するのではなく、最大限に開発し利益を最大にする。だからこそ――――ここに住む民達が活躍し、一人ずつの利益を出してもらえれば、領主としてもかなり大きな収入になる。彼らに投資するのは、その先で得られるものが大きいとわかっているからだ」


「……あくまで先にある利益を出すために、平民達に働き場を提供する。ということですね」


「ああ。だから彼らには思う存分働いてもらいたい。強制ではなく心からな。そのためにしっかり給金も支払うし、働く場所も提供する。そこに冒険者達もぜひ加わって欲しい。もちろん強制するつもりはない。あくまで待遇の良さで提案するつもりだ。手始めにこの土地にギルド支部を建てる。その代わりに仕事を斡旋してもらうだけでいい。あとは冒険者達がこの地で働きたいか選ぶだけでいい」


「……あまり冒険者ギルドが国の要人に組みするのはよくないですが……お互いに利害関係である。ということでしたらこちらにも大きな利がございますから、断るはずもありません。上位冒険者パーティーの常駐に関しても最大限に協力させていただきます」


「うむ」


 俺はディランガさんと握手を交わす。


 冒険者達にとっても悪い話ではないし、何よりここが彼らの憩いの場となるなら尚更冒険者達に治安維持をお願いするのが一番良い方法だと思う。


 そこにシリング準男爵家の警備隊が加わって二つの勢力で警備をすれば癒着も防げる算段だ。さらにアルやルデラガン伯爵まで巻き込み、騎士まで巻き込めば三つの勢力が町を守る。そうなれば、癒着などできるはずもない。


 すぐに冒険者ギルドと契約を交わして、ギルド支部建設と仕事提供を代わりに、彼らからは人材確保と仕事斡旋を取り付けた。


 これによってよりクロイサ町の平和が安定するってことだ。


 高級温泉旅館では高級な部屋の片方に王様と王妃様が泊まり、もう片方にはエヴァさんとリサが泊まった。


 お互いに離れているので誰が泊まっているのかわからないし、エヴァさんからもらった結界のおかげで、通路以外でお互いに出入りすることもできない。


 反対側の五つある通常部屋には、冒険者ギルド職員組、上位冒険者パーティー組が二部屋、グッドマル準男爵家擁する準男爵家達の男組と女組で二部屋が埋まった。


 一応部屋内でもそれぞれ眠れる部屋で別々に泊まれるので、同じ部屋内で男女に分かれることもできる。


 翌日。


 十分にもてなされたからか、王様も王妃様も非常に好評で、また泊まりたいと何度も言っていたので、これから定期的に紹介状を送らないといけなさそうだ。


 温泉に泊った冒険者組や準男爵組にも非常に好評なのは言うまでもなかった。


 その上で、温泉ではなく宿屋に泊り、大浴場を経験した平民組も大いに喜んでくれて、これから冒険者ギルドの王都全土に温泉地として宣伝してもらえることになった。


 さらに俺の狙い通り、職人達もクロイサ町へ引っ越すことになり、それを取りまとめるグランが悲鳴を上げていたのはちょっと面白かった。

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