第84話 龍脈と龍水と温泉

 すっかり遅くなったけど、せっかくならお嬢様もエヴァネス様に紹介してしまった方がいいかなと思って、エヴァネス様と一緒にみんなで転移陣を使って、クロイサ町にやってきた。


 やっぱり転移陣が使えると非常に便利で、一瞬でクロイサ町に着くのはすごいな。


「本当に……転移……」


 ディアナが驚きすぎて一瞬ふらつく。


 そんな彼女を気遣うリサを見たエヴァネス様は、小さく溜息を吐いた。


 廃鉱の入口から階段を降りてクロイサ町の中心地に入るとすぐに、ポロポコ村から来た住民達がエヴァネス様に気付いて、すぐに「エヴァさん!」と嬉しそうに挨拶にきてくれた。


 どうやらポロポコ村を離れることになったけど、エヴァネス様に挨拶できなかったのが悔しかったみたい。


 エヴァネス様はよく顔を出すわけじゃないけど、リサちゃんの保護者なのは知ってるし、祭りの際には顔を出してくれていたからね。


 それに……これほどのべっぴんさん。一目見て忘れることはないだろうな。


 エヴァネス様を皆さんに紹介していると、驚いた表情でお嬢様がやってきた。


「ベリル? どうして町の中にいるの?」


「えっ? 普通に帰ってきましたよ?」


「でも西から来てないよね?」


「えっと、いろいろ事情があって、細かいことは後程話します」


「そう……」


「ん? それにしてもお嬢様はどうして俺達が西から帰ってきてないってわかったんですか?」


「へ? な、な、何でもないわよ!」


「?」


「そ、それより……そちらの女性は誰かしら?」


「ああ。こちらの方を紹介したかったんです。こちらはエヴァさん。リサのおばあちゃんです」


「リサさんの? 初めまして。エンブラム伯爵家の長女、クロエと申します」


「うふふ。君がベリルくんの許婚ちゃんね」


「許婚ちゃん……は、はいぃ……」


 お嬢様、急に顔を赤くしてどうしたんだろうか? さっきもそうだし、もしかして今日体調が優れないのかもしれない。


「エヴァさん。俺の屋敷も案内します」


「ふふっ。あんなに小さかったベリルくんの家が大きくなったわね」


「あはは……何だか気が付いたら領主になりましたからね」


「あらあら、それも許婚ちゃんを助けるためでしょう?」


「そうですね。でもまだです。ちゃんと子爵にならないと――――ん? お嬢様? 顔色があまりよくないですよ?」


「!? な、な、何でもないってば! 私を見るなっ!」


 ベシッて肘で俺の脇腹を的確に突いてくるお嬢様。


 てか今までは痒いくらいだったのに、お嬢様のレベルが上がったからかめちゃ痛い。いい加減、レベルアップして頑丈を上げたい……。


「うぐっ!」


「!? だ、大丈夫? ベリル」


 いやいや……突いたの貴方でしょうに。


「ははは……大丈夫です。最近お嬢様強くなってますね」


「そ、そうね。レベルも上がっているもの」


 このままレベル99になったら……超ゴリラお嬢様になるのでは……?


「何か失礼なこと考えたわね?」


「何でもないです! それより早くエヴァさんに屋敷を案内します!」


 急いでエヴァさんと一緒に屋敷に入った。


 両親とはさっき挨拶をしたので、屋敷内にいたメイド達を軽く紹介して、もしエヴァさんが訪れてきたら最大限もてなすように伝えた。


「ベリルくん。何だか龍水の匂いがするわね。もしかして龍水を掘ったのかしら?」


「ん? 龍水?」


 龍水というのは、通称“錬金水”と呼ばれて、錬金術に必ず使う水で非常に高価なものとなっている。


 そういや、錬金術師のセラファ家が引っ越して来たいってあれほどお願いされたのも、温泉がどうこうって言っていたよな。


「この甘い匂い。龍水の匂いよね」


「あ、温泉水のことですか? それなら――――」


 エヴァさんを連れて風呂場に入った。


 もちろん誰も使っていないのを確認して、男湯にやってきた。


 お嬢様とディアナは少し顔を赤らめて、男湯の中を興味ありげに覗いていた。


「やっぱり龍水を掘っていたのね。最近王都周辺の龍脈の流れに変化があるなと思ったら、ベリルくんが犯人だったのね」


「えっ…………温泉って龍脈の水だったんですかあああ!?」


「あら、それを知らずにやったなんて……ベリルくんは面白いわね」


 お嬢様とディアナ、リンがジト目で俺を見つめる。


「あはは……温泉が龍水だったのか……気付かなかった……」


 てか、ディアナは!? 俺と違っていろんな人と関わりがあったんじゃないのか!?


 見つめたディアナは「私も知らなかった」と言わんばかりの表情をしていた。


「エヴァさん。温泉……じゃなくて龍水は使うとダメですか?」


「ん? そんなことはないわ。むしろ――――逆ね」


「逆……?」


「ええ。龍水は本来なら地中深く、龍脈を守る岩は非常に頑丈だから掘り起こすことなんて無理よ。それもあって龍脈の水は滞りやすいのよね。流れないものはいずれ腐ってしまうからむしろ吐き出してあげた方がいいのよね」


「へ、へぇ……」


「おかげで最近龍脈を感じ取りやすくなったのよ。まさかこれにもベリルくんが関わっているだなんて…………ベリルくん? まさか、君の力で掘り起こしたとか言わないよね?」


「……あ」


「…………」


 エヴァネス様は珍しく目を大きくして驚いた。


 むちゃくちゃ可愛い…………ごほん。


「あ! エ、エヴァさん! 実はあそこに見えるのが龍水……えっと俺達は温泉と呼んでるんですが、それを使った高級温泉旅館というのを開店するんです。しかも明日。その中に王族や貴族向けの高級部屋も二つあって、明日に王家を誘っているのですが、もう一つはエヴァさんを誘いたかったんです! 泊まりませんか?」


「あら、それって――――ベリルくんと二人でってこと?」


「……へ?」


 まさかの返事に顔が熱くなるのを感じる。


 後ろから冷たい視線が感じられて振り向くと、お嬢様、リサ、リン、ディアナが視線だけで魔獣を凍らせるくらい冷たい目で俺を見つめていた。しかも、いつの間にかお嬢様の隣に我が最愛の妹のソフィアまでもがやってきて、同じ目で見つめてきた。


「お兄ちゃんって、婚約者がいるのに……浮気するんだ」


 ぐはっ!?


「ふう~ん。エヴァさんはとても綺麗だものね」


 がはっ!


「…………」


 無言のリサが一番怖いんだが!?


「私という奴隷がいながら……」


 奴隷とエヴァネス様は関係なくねぇ!?


「エヴァさん……美女だもんね……」


 いやいや! その男は必ず浮気するよねみたいな前世込みの視線はやめてくれよ!


「ち、違う! エヴァさんにはすごく助けてもらったから誘っただけだよ! 俺と二人とか言ってないからっ!」


「あら~残念。ベリルくんにふられちゃった」


「エヴァさんも俺をいじるのはやめてくださいよぉぉぉ」


 風呂場はみんなの笑い声に包まれた。



 ◆



 お嬢様に転移陣を軽く説明して、誰にも言わないようにと契約書まで書かせてしまった。もちろんディアナとリンにも。


 リンに関しては未だ俺の奴隷となっているので他言はしないが、念のためだ。


 できるなら命を懸けた契約なんてさせない方が一番いいけど、事が大きすぎるがゆえに仕方がないと思う。


 転移陣に入ろうとしたとき、エヴァさんが高級温泉旅館を見つめた。


「ねえ。ベリルくん」


「はい」


「高級温泉旅館って泊ったり、温泉に入るのよね? 露天風呂とかもあるだろうし」


「そうですね」


「ふう~ん。でもまだ大した警備はしていないようね?」


「実はそれが問題ではあるんですよね。明日は俺が警備につこうかと思ってました」


「う~ん。じゃあ、龍水を譲ってもらう代わりに、私が結界を張ってあげるよ」


「本当ですか!? とても助かります!」


「ふふっ。明日まで結界用魔道具を用意しておくわ」


「ありがとうございます……!」


 意外なところで警備の心配が解決しそうで嬉しい。


 やっぱり困ったら助けてエヴァえもん~が一番いいかも知れないな。


 ここまでの流れのおかげなのか、ディアナもエヴァネス様を前に大きく怖がらなくなったが、まだ少し距離感はある。リサ達が近くにいる前提でなら大丈夫そうだ。



 ◆



 翌日。


 朝早くにお嬢様とリンと一緒にディアナのところで向かい、彼女と合流し、みんなでエヴァネス様の屋敷に行き、転移陣を使ってみんなでクロイサ町にやってきた。


「ベリルくん。はい。これ」


 エヴァネス様から不思議な印が施された拳サイズの黒い置石を二つ渡された。


「これが例の結界ですか?」


「そうよ。これを操作すると周囲に結界を張れるし、結界の形も自由自在に決められるので、ベリルくんの好きな形で範囲を決めるといいわ。もう一つはベリルくんの屋敷も必要そうだったから。露天風呂があるんでしょう?」


「うおぉおおお! 助かります! ありがとうございます!」


 すぐに屋敷に戻り、発動させてみる。


 使った感じだと、結界を発動させると周りに見えない透明な壁ができる感じ。見た目は何もないように見えるから視界は通るけど、体は通れない。知らないで歩いていると激突して痛そうではあるから、設置した場所を周知させておかないとな。


 どうやらこちらの結界を発動させているのはれっきとした魔道具のようで、使い続けるのにどうやら魔石が必要のようだ。


 王都地下ダンジョンのところにも転移陣を設置させてもらって、魔石を回収しに行けるように相談しなくちゃな。


 広場に出ると、みんなが集まっていた。


「シャディアン男爵様!」


 ミハイルのお父さんが真っ先に声を掛けてきた。


「本日から高級温泉旅館だけでなく、大浴場を開店させても問題がないようになっております」


 彼だけでなく、準備を進めてくれたみんな、これからここで働くことにワクワクしているみんなが嬉しそうな笑みを浮かべて俺に注目した。


「――――みんな。クロイサ町のために力を尽くしてくれてありがとう。だが、これで終わりではない。ここからが始まりだ。この地からみんなが輝かしい未来を迎えるよう、みんなで手を取り合って頑張っていこう。俺もみんなを支える領主になることをここで約束しよう!」


「「「「「うおおおおおお! 領主様、万歳~!」」」」」


 クロイサ町が雄叫びに包まれた。





――【五章終了】――

 農夫転生をここまで読んで頂きありがとうございます!


 思っていた通りに……五章はクロイサ町の開発パートになってしまいましたね。


 もっといろいろ書きたかったものもありましたが……それはまた六章で皆様を楽しませるようにいろいろ考えていきたいと思います!


 さらに★一万を超えました…!たくさんの応援本当にありがとうございます!

 また六章からの農夫転生も楽しみにしていただけたら嬉しいです。

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