第82話 味方と敵と

 俺はその日のうちに一通の手紙を書いて、シャーロット・ディオニール子爵令嬢に送る。


 本当は今週の休みに彼女の大地の祝福を治して、来週休みにはクロイサ町に招待するつもりだったけど、事が急激に進んでしまい、その約束は守れそうにない。


 そのために謝罪する手紙を先に送って、代わりにより素晴らしいクロイサ町をお見せすると書いて、冒険者ギルドに手紙運搬を依頼した。


 今週末くらいには彼女のところに届くだろう。




 翌日。


 今日はみんなで馬車に乗り込んでクロイサ町に向かう。


 アルは週末までは来れないらしく、俺とお嬢様、ディアナ、リサ、リンの五人だ。


「お嬢様。今日から三日くらい出掛けてきますね」


「狩り?」


「ええ」


「私もいく」


 真っ先にリサが手を挙げた。


「わかった。できればディアナさんも来てもらいたいです」


「私も? わかった」


「……それならリンも連れて行きなさい」


「えっ? お嬢様一人になっちゃいますよ?」


「構わないわ。狩りに行くってことはリンだってレベルを上げるチャンスだもの。それにクロイサ町にだって強い人はいるし、大丈夫よ」


「……わかりました。ではお言葉に甘えてリンも一緒に連れて行ってきます。リンもそれでいいよな?」


「あたしはベリル様の奴隷ですから~どこまでもご一緒します~」


 またお嬢様にギッて睨まれた。


 解せぬ……。


 クロイサ町に着いてすぐに母さんに頼んで俺達だけ一足先に夕飯を食べて、西の森に向かった。




 ポチの上に俺とディアナ。空飛ぶ黒豚のポンタの上にリサとリンが乗り込み、西の森を走る。


「ベリルくん? 急に狩りだなんてどうしたの?」


「とくに理由はないけど、ディアナのレベルを上げておいた方がいいかと思って」


「私?」


「ああ。できればレベルはカンストにしておきたいじゃん? とくに勇者は成長イベントを受けるのにカンストしないと受けれないからな」


「私はありがたいけど……」


「クロイサ町のために尽力してくれた感謝の印と思ってくれ」


「そういうことならお言葉に甘えるよ」


「ディアナは魔族と会ったことはあるか?」


「ううん。ないよ。でも――――私の周りにもし魔族がいるなら、たぶんわかると思う」


「ん? どういうこと?」


「前世ではなかった勇者のスキルがあるんだ。というかたぶん私の転生ボーナスだと思うんだけど……それがあれば相手が魔族なのか見分けできるみたい。魔族ってメインストーリーでも人に化けていたから」


「なるほどな。そういや魔族ってどれくらいいるんだ?」


「ん~五人かな?」


「五人!? 思っていたよりずっと少なかった……」


「そうだね。それより魔女族の方が圧倒的に多いし厄介かな……呪いなんてばら撒かれたら、対策するのはかなり厳しそう……」


「魔女か。この前の魔女の仕業らしかったしな」


「そうね。前回のようにならないよう……私も強くならなくちゃ」


 それは……俺もその通りだな。


 もしクロイサ町にSランク冒険者が来て暴れでもしたら、誰も対策できなくなる。俺も急いで次の――――最後の進化をしないとな。


 その日から西の森の奥で強力な魔獣狩りを始めた。


 当然だがボーナスが入らないから俺のレベルは一向に上がる気配はなかった。



 ◆



 西の森に来て三日目。


「ずいぶん奥まで入ってきたね……」


 ディアナが周りを見渡しながら話した。


「うん。そろそろここでいいかな」


「どうしたの?」


「ここに拠点を作れば、今後便利になるからな」


 そして、俺はマジックバッグから転移陣のナイフを取り出して、地面に突き刺した。


 念のため場所がわかりやすいように、森の中でも最深部がわかる樹木の色が変わるところに設置した。


 こうすれば樹木色が土色から黒色に変わったところに入れば、最深部に入れるって寸法だ。


「えっ……!? そ、それって!」


 次の瞬間、魔法陣が弱く光り、中から夜でもわかるほどに燃えるような真っ赤な長い髪をなびかせた美しい女性が現れた。


「エヴァさん。お待たせしました」


「いいのよ」


 微笑んでくれるエヴァネス様。






 ――――そのときだった。






「み、みんな! 離れてッ!!!」


 大声を上げたディアナは、その場で剣を抜いて――――エヴァネス様に向けた。


 俺は間髪入れずにエヴァネス様の前に立ち、ブラックデイズを取り出す。


 それに同じく反応したリサとリンも俺の傍からディアナに武器を向けた。


「ディアナ。その剣を下ろせ」


「みんな!? そ、その人に近付いちゃダメだよ! み、みんな……殺され……」


「落ち着け。こちらはリサの保護者のエヴァさんだし、俺はもう五年以上仲良くさせてもらっている」


「ベリルくん!? あ、貴方……本気で言ってるの!?」


「俺は本気だ。もしディアナがエヴァさんに剣を向けるなら――――俺が君を殺す」


 ディアナは驚きのあまり瞳孔が見開いて息も荒く、全身から凄まじい量の汗を流している。


 手に持った剣もとてもじゃないが振るのも厳しいと思うくらい震え上がっていて、まともな思考ができているとは思えない。


「リン。命令だ。死んでもエヴァさんを守れ」


「はい」


「ディアナは俺が抑える」


 彼女が先に手を出す前に俺から飛びついた。


「ベリルくん‼」


 今のディアナは俺の大鎌に反応すらできずに呆然と俺を見つめるだけだ。


 そんな彼女の腹部を大鎌の柄で強打する。


 鈍い音が響いて、ディアナが吹き飛んでいく。


 地面に彼女が叩きつけられると同時に、彼女の剣もカランカランと音を立てて地面に転がった。


「ディアナ。落ち着け」


「ベリルくんこそっ……ど、どうして……あの人を庇う……の!?」


「エヴァさんは俺の恩人だし、君も仲良くしているリサの実のおばあちゃんだ。そんな彼女を君は今日初めて会ったはずなのに貶すなら、俺は君を一生許せない」


「ベリルくん……」


「それと――――エヴァさん。すみません。こちらの彼女は俺に預けてもらえませんか?」


 このままにすると、ディアナがエヴァネス様に殺されかねない。


「ベリルくんの学友さんだったよね?」


「はい。リサの友人でもあります」


「…………いいわ」


 ふう……。


 それにしてもディアナがこんなにも驚くってことは…………彼女がどういう存在なのか知っているってことだよな。


「エヴァさん。リサとリンと先に屋敷に戻ってもらえませんか? 彼女と二人で話したいんです」


「任せたわ。リサちゃんとベリルくんの奴隷ちゃん。行くわよ」


 エヴァネス様とリサ、リンが魔法陣の上で光の粒子となって消えた。


「さて、これなら他の誰もいない。ディアナ」


「ベリルくん! ど、どうしてあの人のところに!?」


「たまたまうちの村の北に住んでいたんだ。さらにたまたま知り合いを通して彼女と知り合って、たくさん助けてもらえた」


「う、嘘よ! そんなはずないわ!」


 俺は転移陣のナイフを前に出した。


「このナイフも彼女に作ってもらったものだ。彼女の家に転移陣を繋いでここまで一瞬で飛べるようにしてるんだ。効率よく狩りをするためにエヴァさんに無理を言って君とリンのこと、お嬢様のことも伝えている。許可はもらっているが、まさか君が彼女に剣を向けるとは思いもしなかったんだ…………彼女は“ワールドオブリバティー”に大きく関わる存在なんだな?」


 ディアナは大きく頷いた。


「事情はわかった。だとしてもエヴァさんは違うと思う。今まで俺が見てきた彼女はそれくらい優しい人物だったし、これからも俺とリサの味方でいてくれると思う。その上でもっと言うなら――――ディアナ。君にとっても大事な出会いだと思う」


「私……に?」


「君はこの世界で唯一の勇者。正体がバレれば…………命が狙われてもおかしくない。エヴァさんがどういう存在なのかは知っていると思うからさらに言うと、彼女くらい強い人と親密になった方が絶対に君のためにもなるはずだ。だから落ち着いて俺の話を聞いてくれ」


「ベリルくん……」


「せっかく出会えた同じ故郷の人で……せっかくこんなに仲良くなれたんだ。そんな人を…………殺したくはない。でも俺は君ではなくエヴァさんの方がずっと大事だ。例え――――世界を敵に回しても俺はエヴァさんの味方であるし、君の敵にだってなる」


「私は……」


 これ以上、彼女にかけられる言葉はない。願うことなら彼女に納得してもらいたい。


 巻き込む形にはなってしまったが、もし彼女がエヴァさんと敵対するならいずれは起きることだ。少なくともリサと付き合いがあるなら。


「…………」


 ディアナは――――酷く悲しそうな目で涙を浮かべた汚れた顔で俺を見上げた。

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