第81話 新たな関係

 翌日。


 今日は授業が終わって、リサと一緒にエヴァネス様のところにやってきた。


「ベリルくん~リエスティちゃんはどう?」


「一生懸命に働いてくれてますよ。どうやらまともにご飯を食べてこなかったみたいで、うちの母さんの手料理にすごく泣いてました」


 目がうるうるになって、ご飯を口いっぱいに入れてもぐもぐと食べるリエスティは、とてもじゃないが魔女ペインとは思えないくらい可愛らしい少女だった。


「ふふっ。楽しそうで何よりだわ。それはそうと、例の呪いの薬。出来上がったわ」


 エヴァネス様は、テーブルの上に紫色の液体が入ったおしゃれな瓶を乗せた。


「前にも言ったけど、この薬、非常に強力な呪いの薬なの。どれくらいかというと、普通の人なら一滴で即死よ」


「そ、即死……」


「そこら辺の劇毒薬なんて可愛いくらい強力なものだからね? その瓶は一滴ずつしか出ないような仕組みになっていて、それ以上使いたいときは頑張って振ればいいけど、そんなときはあまりこないんじゃないかしら。例の大地の祝福の件なら三滴くらいで消滅させられるわ」


「エヴァネス様……ありがとうございます!」


「お代は、クロイサの遥か西にある森深くに住まう森の主、グランドヌエの魔石と素材でいいわよ」


「グランドヌエですね。わかりました」


 となると少し準備がいるか。普通に戦うにはちょっとめんどくさい相手だからな。


「エヴァネス様。ちょっと質問があるんですけど」


「うん?」


「魔女ってお互いが魔女だってわかりますか?」


「う~ん。一言でいえば――――わからないわ。顔を知っていたとしても、魔女は何百年も生きていて覚えていないことがほとんど。ただ魔女の力を発揮すれば、一瞬で思い出すかな?」


「魔法……ってことは何か雰囲気みたいなのがわかるってことですか?」


「その通りよ。王都でリエスティの魔力を感じたとき彼女の存在を思い出したけど、道端で彼女と会っても誰かわからなかったと思うわ」


「なるほど……ん? エヴァネス様は彼女の魔力を感じたと言いましたけど…………リサは学園で魔法を使ったり、エヴァネス様も魔法を使っているじゃないですか? それを他の魔女が感づくってことはないですか?」


「まずリサちゃんに関しては問題ないわ。私が何も考えずに外に出すわけないでしょう?」


 そりゃそうか。エヴァネス様とってリサは世界で一番大事な人だしな。


「リサも私も、体の中に魔女特有の波長を消す魔石を埋め込んでいるの。リエスティちゃんの体にも埋め込んでるから私達が目の前で魔法を使っても魔女だとバレることは絶対にないわね」


 絶対と言い切るくらいだからエヴァネス様はさすがだ。


「よくわかりました。それと、王都で他の魔女の気配みたいなのは感じたことないですか?」


「王都で? ないわね。魔女みたいな人を見つけたのかしら?」


「ええ。年齢はわからないですが、エヴァネス様のように若いままでしたから」


「ふふっ。童顔な種族は魔女以外にもあるし、必ずしも魔女とは限らないわよ。それか本当に魔女か……はたまた本当に童顔の人族かもね」


「その可能性もありますよね。まあ、こちらに危害を加えるような人ではないと思うので、頭の隅に置いておくくらいにしておきます」


 その日は相も変わらず毒々しい見た目なのにめちゃくちゃ美味しいエヴァネス様の手料理を堪能して一日が終わった。



 ◆



 翌日。


 今日の授業が終わると、俺はミハイルと一緒に王都の平民達が住む地区の広場のすぐ傍に建つ大きなビルに入った。


「おかえりなさいませ。坊ちゃま。お待ちしておりました」


 グッドマル商店の本店で、俺とミハイルはすぐに会議室へ案内を受けた。


 中に入ると、広いテーブルを囲っていた大人達が一斉に立ち上がり、俺に向かって深々と頭を下げた。


「お待ちしておりました。シャディアン男爵様」


 ああああ! こういうの本当に苦手なんだよなあああ! しかも自分よりだいぶ年上というか、前世の年齢を足しても俺より年上の方に頭を下げられて「シャディアン男爵様」なんて呼ばれると、こう、体の奥が痒くなる。


「う、うむ」


 しかもこうである。


 アルやディアナからも散々注意されたけど、男爵となった俺は王国の貴族として気高く振る舞わないといけないという。


 一番奥に俺の席があってそちらに座り、ミハイルは俺の後ろに控える感じ。


 ここ……グッドマル商会だからミハイルの家なんだけどな……。


「シャディアン男爵様。こちらは普段からグッドマル商会と協力関係にある職人達でございます。これから当社を通してクロイサ町を支えます」


 それから一人一人丁寧にあいさつを受けた。


 小麦を育てる農夫とは違って、彼らはどちらかというと、その原料を使って加工をする職人達だ。


 それこそ、鉄鉱石などを購入して使いやすい鉄のインゴットに加工したり、魔獣の革を使いやすく加工する。さらにそれを使って商品を作る職人もいる。


 グッドマル商会が他の貴族が抱えた商会と違うのは、ここら辺の職人達を繋いで、必要なものを素早く提供してまた商品を売場まで搬送する。そういう中間業と販売を自社で一手に追っているのだ。


 こういう仕事ができるってことは、それぞれの生産者や職人達との信頼関係を築いているってこと。


 それくらいグッドマル商会が彼らに寄り添った仕事をしているのが伝わってくる。それに、皆さんの表情は希望に溢れていて、詳細は伏せているだろうけど、ミハイルのお父さんからクロイサ町がこれから発展すると聞いて、彼らの心を躍らせているのが伝わってくる。


 大人達の紹介が進み、最後の一人となった。


 他の人達とは違って、装備は出で立ちから見て、職人ではなさそうだ。


「初めまして。シャディアン男爵様。私は王都にある冒険者ギルドのサブマスターを務めておりますディランガと申します。以後お見知りおきを」


 なるほど。冒険者だったのか。


「ベリル・シャディアンだ。まさか冒険者ギルドの方からも来ているとは」


「ええ。私の方からお願いしたんです。グッドマル商会は冒険者にとって貴重な商会でして、二日前に商会頭のソルユ殿が何人かの準男爵と一緒にどこかに出掛けてましたから。我々としてはグッドマル商会を敵に回したくなかったので、こうしてあいさつに来た次第です」


 ミハイルのお父さんを見つめると、小さく頷いてくれた。


 監視するためだけではない……のは事実のようだ。


「そこで我らから一つ提案がございます」


「聞こう」


「ありがとうございます。西の町……クロイサ町でしたね。そこに、冒険者ギルドの支部を出させてはいただけないでしょうか?」


「支部……? あの町は冒険者に何かを依頼するほど裕福な者はいないと思うが」


 ディランガは小さく笑みを浮かべた。


「今は。でしょう? 廃鉱時代は私も詳しく知っているつもりです。あそこにグッドマル商会が目を輝かせる町が出来る……なんて中々信じがたいことではありますが、ソルユ様の先見の明は信頼に値します。私の独断ではありますが、それくらいの権利は持っております。ぜひクロイサ町に支部を置かせてください」


 冒険者達がクロイサ町に来てくれるのはありがたい話ではある。そもそもクロイサ町を周囲に宣伝しなくちゃいけなくて、冒険者ギルドを巻き込めるなら、王国全土に温泉地で休みませんか? なんて謳い文句でチラシを回すことも簡単になる。


 ただ、その分……冒険者ギルドが関わると面倒なことも起きるはずだ。なんせ、冒険者は王国に帰属せず、世界で唯一自由が認められてる職業であり、ある程度の実力がある冒険者ならどの国へも自由に出入り出来たり、領主はそれを強制的に・・・・認めないと・・・・・いけない・・・・


 強者が町に入ってくれば、それだけでも緊張感を覚えずにはいられないから。


 それにうちには高級温泉旅館まである。中には犯罪組織と繋がっている者だっているだろうし、彼らを無条件で中に迎え入れてしまうのは…………とはいえ、元からあの地を観光地とすると決めた時点で、これは逃げられない宿命か。


 ならば、せっかくのこのチャンスをもう少し、こちらに良い条件をで取り付けることにしよう。


「ディランガ殿。ということなら――――今週の休日。クロイサ町に招待しよう」


「……許可ではなく、招待でございますか?」


「ああ」


「…………ではもう数人一緒にさせていただいても?」


「もちろん構わない。明日にでも何人がくるのか学園まで手紙を送っておいてくれ」


「かしこまりました――――ソルユ様が目を付けるのもわかる気がします。一筋縄ではいかないお方でしたか」


「それも覚悟の上にここに来たのでは?」


「もちろんです。私も長年冒険者ギルドでいろんな人を見てきましたし、その中でも一番信頼している人の一人が力を貸す貴族……こうなることはむしろ期待しておりました」


 何となく試されたのは感じていたし、彼らと交渉するのも楽しみだ。


 まだクロイサ町の正式的なオープンはしばらく時間がかかりそうだが、王様や冒険者ギルドなどの権力者を出迎える日は間近になった。

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