第80話 駆け引き

「アル。王妃様もアルも護衛が付いていないんだけど、大丈夫なのか?」


「シャディアン男爵がいれば問題ないだろう。と陛下から」


「うわああああ! 思っていたよりも責任重大じゃねぇか!」


「あはは! それもそうだが、まあ……先日の魔女の件で周辺の警備は厚くしているんだ。王城程ではないかもしれないが、ここに賊がいるなら王国が非常事態になるくらいだからな。気楽に守ってくれ」


「ぐっ……全然気楽じゃないんだが…………はあ」


 アルにはいろいろ文句を言いたい。何せ、王妃様のせいでお嬢様が奪われてしまい俺がここまでしなくちゃいけなくなったからな!


 今度シャーロットさんにいろいろ吹き込んでやるっ……!


 会議に数時間がかかったのもあって、外に出るとみんなが昼食の準備を進めていた。


 すっかりおなじみとなった広場に巨大な鍋がいくつも並んでいる。


「アリス様。ご食事は屋敷で――――」


「嫌です」


「へ?」


「私もここで皆さんが食べているものを食べたいです」


「いやいやいやいや、さすがにアリス様に……」


「アルだってここで食べたことがあるんでしょう? じゃあ、私も食べます」


 アルに視線を送ると、「こうなったら聞かないぞ」とため息を吐いて首を横に振った。


 何となくアリス様の性格がわかってきた。気がする。


「アリス様。では一つだけ約束してください」


「いいわよ?」


「もし美味しくなくても作った人を責めないこと。地面に捨てたりしないこと。いいですね?」


「わかった!」


 それにしても……王妃様ってことは、アルのお母さんだよな? 顔立ちとか髪色とか似てるし。なのに年齢差はあまり感じないというか、王様の年齢から比べると非常に若い。それに上に兄が二人いるんだろう……? 一体、王妃様って何歳なんだ?


 大鍋で作った豚汁のような野菜たっぷりの汁に、父さん達が育てた小麦で母さん達が作った美味しいパンが乗せられたプレートを貰う。


 俺が領主だとしても、アリス様が王妃様だとしても、みんな自力でプレートを貰いにいくのが今のここのルールだ。もちろん、準備してくれるみんなに「ありがとう」と感謝の気持ちを伝えることを忘れない。


 アリス様はそれらを見て、ちゃんと真似ていた。


「ん~! 素朴だけど、美味しくするためにいろんな工夫が感じられる優しい味ね」


「わかるんですか?」


「当然よ! こう見えても長年王室でいろんな食事を食べてきたんですもの!」


「そうだったんですね? どれくらいなんですか?」


「えっとね――――」


 ハッとなったアリス様が俺をジト目で見つめる。


「レディーに歳を聞くなんてベリルくんは失礼ですわよ!」


「あはは、バレちゃいましたか。いや……アルのお母さんには見えない若さですから。しかもアルが長男じゃないんですよね? うちの母さんも俺を産んだのは速かったんですけど、それでもアリス様は若く見えますから。十代って言っても俺、信じます」


「あら、嬉しいこと言ってくれるわね~ふふふっ。でも残念ながらちゃんと年寄りですわよ~あの人より私の方が年上よ」


「えっ!? ほ、本当ですか?」


「ふふっ。見た目が若いだけだからね。他の人には秘密よ?」


「わかりました」


 そのとき、ふと……ある人の顔が浮かんだ。


 アリス様って……もしかして……。


「ベリル!」


「どうしたんですか? お嬢様」


「アリス様を上の温泉に招待したいんだけど、どうかな?」


 上というのは高級温泉旅館のことだろう。


 確かに一番最初に誘うなら王家と思っていはいたし、誘ってもいいのだが――――


「ん……それはちょっと難しいかなと思います」


「えっ……? ど、どうしてよ!」


「まず、旅館に何か不備があるか確認し切れてません。その上にまだ温泉の濃さも確認できてませんから、アリス様を誘うのは少し難しいです」


 お嬢様がムッとした表情になる。


 そのままアリス様を招待してもいいんだけど……ちょっとタイミングがよくない。そもそも王家にこのタイミングで見られたくはなかったし、もしアリス様的にあの温泉が欲しいと言われてしまうと断るのは難しい。


「なら俺の屋敷の温泉を使ってください。メイド達に事情を伝えて、アリス様とお嬢様達が入っている間、他の人の使用は全て禁止させてください」


「屋敷の温泉があったわ! うんうん! そうさせてもらうね?」


「ええ」


 それにしてもこんなにも嬉しそうなお嬢様は久しぶりに見るな。いや、クロイサに入る彼女はいつも嬉しそうにしてるけど、王妃様と一緒にいるときのそれはまた違う感じだ。


 食事が終わると、またお嬢様とディアナはアリス様を連れて、クロイサを観光しつつ、屋敷の方に向かうという。


 俺はというと、部隊編成のところに来て、顔合わせをした。


 全員覚えるのは難しいけど、クロイサのために働いてくれるみんなに挨拶くらいはしないとね。


 休日ではあるけど、俺が一日自由に動ける日は休日だけだから、編成とか顔合わせにみんなも付き合う感じになった。


 夕方には新しい仲間達を歓迎する祭りが開かれて、みんなでキャンプファイヤーをしたり、踊ったり、楽しそうに過ごした。


 暗くなりすぎる前に王妃様とアルを送るために王城に戻る。




「今日は急にお邪魔したけどありがとうね」


「本当に驚きました」


「ふふっ。アルからベリルくんのことはよく聞いていたからね。ちょっと意地悪してみたかったのよ~」


「そんなところだと思ってました」


 隣のアルが苦笑いをこぼした。


「それで、ベリルくん? あの上の温泉はとても気持ちよさそうに見えたんだけど、いつになったら招待してくれるのかしら?」


「高級温泉旅館ですね」


「ええ。今す――――」


「建物はある程度完成しているんですけど、温泉の源泉をどのくらいに調整した方が一番いいのかと、コース料理を作っていてそろそろ完成しそうですね。あとはうちの食材担当の人が高級食材さえ運んでくれば、今度の休みにでも開店できる・・・・・と思います」


「そう……じゃあ、楽しみに待っているから、真っ先に招待状をお願いね? お金に糸目は使わないから」


「かしこまりました。皆さまに最高のサービスを提供できる形はすでにできておりますので、お楽しみにしていてください」


「ふふっ。楽しみ~」


 王妃様とアルを王城に送った。



 ◆



 空に大きな月が上がっている頃。


 王城のテラスでは王と王妃が二人でワインが入ったグラスを持ち、暗闇を照らす明かりを見つめていた。


「それで、どうだったんだ? シャディアン男爵のところは」


「ふふっ。驚くくらい――――発展していましたわよ」


「ほお……」


「なんと、あの地から温泉が湧き出たようです」


「温泉が……!? それは我が国始まって以来の悲願ではないか」


「はい。せっかくなら――――手に入れたかったんですけど、もう動き出して従業員どころか領主自ら運営する事業として確立させてしまっていましたわ」


「くくくっ。シャディアン男爵は意外と狸だからな。領地で何かやっていると思ったが、まさかそんなことをしていたとはな……だが男爵家だけの力では不可能だろうに」


「ええ。あの町にはルデラガン伯爵の娘とエンブラム伯爵の娘がいて、いろいろ教えてもらいましたわ。どうやらベリルくんは一人の力で両伯爵から支援を取り付けたみたいですわ」


「それは驚いた……なるほど。温泉といい、発展といい……実力通りということだな」


「それに……残念なことに私達の子供もずいぶんと肩入れしているみたいで、温泉のことは秘密にしていたみたいですね。あと数日早ければ…………奪えたのに」


「王国初の温泉地で王都からこんなにも近い距離なら、何をしてでも奪いたいものだが……両伯爵と王子が絡んでいるとなると難しいな」


「その通りですわ。幸いなことに、ベリルくんは王家と敵対するつもりはないみたいですし、お客様として行くことにしますわ。貴方も行くでしょう?」


「そうだな。久しく温泉には入れていないからな。ぜひ一緒にしよう。しかも近いからな」


「ふふっ。数日中には完成すると言っていたので、次週の休日を空けましょう」


「いいだろう。しかし、こうなると王位継承戦はますますわからないものになってくるか」


「ふふっ。みんな私の可愛い子供ですけど……この戦いで勝つのはきっと――――」


 王妃は妖艶な笑みを浮かべて月を見続けた。

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