第77話 意外な繋がり

「料理人か……それは少し難しいな」


 授業が終わったあと、ホームルームまでの時間。アルに料理人の相談をしたら、難しそうな表情を浮かべた。


「ベリル。これはあくまで俺の感覚だが、料理人や食材ルートは貴族というより商人が強いはずだ。王国で最も商業が強いのは、商人ギルドとクゼリア家で二分している。だが、全員が全員そこに参加できているわけじゃない。そうでない商人達を探す方がいいかもしれないな」


「貴族じゃなく商人……それって準男爵もってことだよな?」


「商人の多くは準男爵位を得ているからな。そういう人が多いのは事実だな」


「……なるほど。それならちょっと当てがあるな」


 ホームルームが終わり、お嬢様達に一足先にクロイサに行ってもらい、俺は食堂にやってきた。


 そして向かうのは、席の後部、準男爵位の生徒達が集まっているところだ。


「ミハイル。少し時間をもらえないか?」


「俺か? 珍しいな。もちろんいいとも」


 ミハイル・グッドマル。グッドマル準男爵の長男であり、王都やその周辺で商業的に成功しているというグッドマル商会の家だ。


 ちなみに彼とはほぼ毎日顔を合わせている。何故かというと――――寮の同じ部屋で過ごしている仲だから。


 ただまぁ……俺はいつも出掛けていて、彼らとあまり言葉を交わすことはないし、お嬢様やアルのこともあって、普段もそこまで親密に話したりはしない。


 食堂から廊下に出た。


「わざわざ呼んで悪かった。ちょっとお願いがあってな」


「シャディアン男爵に誘われたら中々断れないからな~」


「いやいや、俺は元々農夫上がりだからさ。気にしないでくれよ」


「そうはいくか。いま最も勢いがあるのはシャディアン男爵家だと多くの者は思っているさ。準男爵を飛び級して男爵になったんだからな。それで……そんなすごい男爵が俺にどんな要件なんだ?」


 いつもなら優しい表情をしているが、急に俺を品定めするかのように真剣な表情へと変わった。


「ミハイルを呼んだ時点で察しはついていると思うが、実はここから西にある廃鉱の周辺が俺の領地となったんだ」


「まじか……もう領地持ちだったんだな」


「ああ。色々あってな。現在、あの領地を開発させていていろいろ良い感じに成長しているんだが、どうしても困っていることがあるんだ。それが――――商人。うちの町で商売をしてくれる商会を探しているんだ」


「それでうちのグッドマル商会ってことか」


「ああ。ただ……知っていると思うが、俺はクゼリア伯爵家と仲が悪い。それを念頭に置いてもらいたい」


「ふむ……それは厄介だな……」


「だがそれ以上にあの地は大きくなる。もしグッドマル商会が力を貸してくれるなら……俺も最大の対応で答えたいと思ってる。一度でいいからうちの町に来てもらえないか?」


「わかった。お父さんに相談してみる。その前に一つだけ確認していいか?」


「おう」


「ベリルくんは農夫上がりと言っていたが今は男爵……紛れもない貴族だ。それにアルフォンス様とも仲がいい。それは……言わば第一王子や第二王子と敵対するってことに繋がるんだけど、その認識でいいか?」


「……敵対するとは言わないが、俺はアルを親友だと思っているし、アルが困っていれば全力で背中を押したいと思ってる。もちろんシャディアン家としてもだ。第一王子や第二王子のことはよくわからないが、もしアルを敵だと言うのなら俺の敵にもなるだろうな」


「そうか……わかった。それもお父さんに伝えてみるよ。とりあえず、返事は今夜にでも」


「ありがとう。助かる」


 ミハイルに感謝を伝えて、俺はクロイサに戻り、お嬢様達に現状を伝えた。




 その日の夜。


 寮の部屋に戻ると、ミハイルだけじゃなく、同部屋の生徒、ルイン・セラファとレイナール・シリングも一緒にテーブルに座って談笑をしていた。


「おかえり。すまないが、こちらの二人にも相談させてもらった。ダメだったか?」


「ん? いや、問題ないよ」


「ありがとう。まずグッドマル家としての答えは、すぐにでも招待して欲しいということだ。お父さんはずいぶんと興味を持っていたぞ」


「それはありがたい。じゃあ、ちょうど明日が休日だし、明日にでも来るか?」


「おっけ。明日の朝にお父さんに返事をする約束をしているからな。たぶん大丈夫だと思う。それはそうと、こちらのレイナールくんとルインくんも仲間に入れて欲しいんだ」


「二人も?」


 意外なことだったが、二人とも大きく頷いた。


 最初に少し手を挙げたのはレイナールだ。


 騎士を目指していると言っていた彼は、今でも武術授業では顔を合わせる仲だし、言葉通りにいつも授業に真剣に取り組んでいるのが伝わっている。


「うちのシリング家は元々武家だったんだ。でも……いろいろあって男爵を剥奪されているんだ」


「そうだったのか……」


「ああ。ずいぶんと昔の話だが……それでも騎士として生きる我が家はこれからも騎士を目指している。ただ……それだけでは……実力だけでは難しいことも知っている。そこで第三王子のアルフォンス様の人柄や農夫から一気に男爵になったシャディアン家にならうちのシリング家も力になれるんじゃないかと考えたんだ。ミハイルくんを誘った時点で何かをするとは察している。ぜひうちにも話をもらえないか?」


「話か……と言っても、うちの領地で仕事をしてもらえないかって話だが……」


「それならシリング家も力になれると思う! 父も祖父も長年騎士を目指していて、実力は確かにあるんだ! 領地ともなると警備も大変だろう。うちを護衛部隊として雇ってはもらえないか?」


「それはとても魅力的な提案だな。今いる狩人組はあくまで狩りができる程度で、戦闘や護衛向きではないから、そういう人材が欲しかったところだ。ではぜひシリング家にも来てもらえるか?」


「もちろんだ。父上にはすでにシャディアン家については伝えている。明日早朝に伝えに行くさ」


 正直、今はまだ良くても、温泉がちゃんと開店したり町開きしたら、絶対に足りないと思っていたのが警備だ。


 辛うじて俺の【覇道】のおかげでレベルは上がりやすくなった。とはいえ、いくら農夫や平民の職能をレベル99に上げてステータスを上げたところで、スキルが貧弱すぎて、職能【騎士】のレベル50一人に全滅なんてありえる。


 それも装備に差があるならまだしも、まだ装備もまともじゃないし、警備をしたいと思う住民もそう多くない。


 それに対してシリング家のように騎士になりたい家とそれに連なる者達ならば、こちらから願ってもない頼みだ。


「あ、あのっ! う、うちも……」


 ルイン・セラファ。セラファ準男爵の長男だ。


 普段から自己表現はあまりせず、ミハイルと仲が良い生徒っていうイメージで、寮にいるときも自分から声をかけてきたりはしない。個人的に彼くらいの距離感が俺は一番好きだが、俺は逆に言えば、そこにいてもいなくてもいい関係……ということになる。


「セラファ家はどういうことが得意なんだ?」


「うちは代々から錬金術をやっているんだ……ぼ、僕は錬金術の才能がなくて……代わりに魔法が使えるから錬金術に必要な魔石を調達するのが目標で……お母さん達は優秀な錬金術師なんだけど……中々素材とか場所とか確保ができなくて……あと龍水が中々手に入らなくて……でもいま一番勢いがあるシャディアン家が支援してもらえたら……きっと素晴らしいものが作れると思うんだ! お母さん達の長年の夢を……叶えさせてあげたいんだ……だ、ダメ……かな?」


 くっ……ルインは男だが、小動物のようにちっこい可愛さがあって、目をうるうるして話す姿に……こう……胸をくすぐる何かを感じてしまう。


 もちろん、それが理由で誘うつもりはない。何より彼の提案もまた非常に魅力的なものだ。


「錬金術一家だったんだな。それならこちらこそ願ってもない提案だ。正直……俺はまだまだ知り合いが少なくて、まさかこんなに近くに、これほどまでに才と情熱にあふれた家があるとは思いもしなかったよ。ぜひセラファ家もうちの町を見てもらいたい」


「う、うん! ぼ、僕も早朝に行ってくる!」


「お、おう。それにしても…………三人とも家が王都にあるのに寮に入ったんだな?」


 ミハイルがクスッと笑って答えてくれた。


「それはそうさ。寮は費用がかからないし、その上に支援も多い。家に往復するだけでも時間がかかるから、それならいっそのこと寮暮らしで図書館で勉強したり、訓練場を使ったりした方がよっぽど有意義だからな」


「なるほどな……じゃあ、そういう熱量を持った生徒の家はかなり信頼に値するってことなんだな」


「そうとも言えるな。まあ、必ずしも家だけではなく本人の熱量もあるんだろうけどな」


「領地開発にいろんな人の知り合いを増やさないといけないな……あぁ……嫌だなぁ……」


「ははは。いま一番勢いのあるシャディアン男爵様は人と関わるのが苦手なんだな」


「そうなんだよ……なあ、ミハイル……! お前に任せた!」


「おいおい。それはありがたいけど、まだうちと契約したわけじゃないんだから」


「それはそうだが、俺はぜひミハイルに人選を任せたい……!」


「ベリルくんのことだからめんどくさいから俺に押し付けてるんだろうが……俺からしたら嬉しい限りだからな。もちろん、この先、ことがいろいろ上手く運んだらコネの件は任せてくれ」


「うおおお! やっぱり持つべきは友だな! 明日、アルも紹介するよ」


「「「それは恐れ多すぎ!」」」


 そして部屋が笑い声に包まれた。

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