第71話 疑念

「ご主人さ~ま~♡」


「うわあああ!? リ、リン! ど、どうした!?」


 朝一でやってきたお嬢様とリン。


 俺を見つけた瞬間に腕に抱き付いたリンは、わざとらしく自身の程よい胸を俺の腕に押し付けてくる。


「うふふ。おはようございます~ご主人様♡」


「待て待て待て待て。落ち着けリン。何か悪い物でも食べたか?」


「ううん? 食べてないよ?」


「へぇ……ベリルはそういうことをされて喜ぶのね」


「うわああ!? お嬢様!? 視線だけで魔獣を倒してしまうくらい冷たい視線はやめてぇえええ! てか、リン! いい加減に離れろって!」


 何とか彼女を引き離すと、これまたあざとく俺を見上げる。


「ご主人様……このリンの体では不満ですか……?」


「やめい!」


 彼女の頭にチョップを叩き込む。


「あ痛っ!」


「ったく。どういうことだよ」


「どういうことって……私はベリル様に買われた玩具奴隷……これから毎晩ご主人様にご奉仕致しますわ~♡」


「玩具奴隷……? 聞いてないわよ……?」


「お嬢様!? い、いや、あれは形だけというか……リンがああいう形で売られていただけで、そういうつもりで買ったとか助けたんじゃないってお嬢様もわかってますよね!?」


「ベリルがそういうむっつりスケベだってことはわかったわ」


「違うからああああ!」


 興味がないわけではないが……そもそもリンを買い戻したお金だって元と言えば彼女の物だし、そういうのはもうちょっとお互いを知った人達と……くっ!


 その日は一日中、お嬢様からジト目で「スケベ」と呼ばれた。




 夕方はみんなにクロイサに行ってもらい、俺はリサと一緒にエヴァネス様のところにやってきた。


「足が真っ白になって動かない病ね……ふむ……」


「思い当たる病はございませんか?」


「あるわね」


「本当ですか!?」


「他の症状が出ずに、足が真っ白になって歩けなくなるのなら…………大地の祝福という病だと思うわ」


「大地の祝福……?」


 名前からして祝福だというのに、どうして病なんだ……?


「ベリルくんは呪いについてどれくらい知っているのかしら?」


「呪いですか…………こう、相手を弱体化させるものですかね?」


「そうね。祝福はその反対に位置するものね。では祝福は全てがいいのかというと、実はそうではないのよ。例えるなら――――祝福を受ける代わりに、誰かが代償を肩代わりするのは祝福のデメリットね。まあ、デメリット以上にメリットが大きいのが大半だけど」


「大地の祝福って……どういう……効能なんですか?」


「言葉通り。大地が実るわよ。彼女の周囲の土地はきっと豊になってるんじゃないかしら」


 え……? ま、まさか……?


「そもそも祝福なので治すことはできないわ。どんな薬でも治癒魔法や回復魔法でも彼女を元の状態に戻すのは不可能ね」


「じゃあ……ずっとあの状態……?」


「死ぬまでね。足を元に戻すという意味では、簡単に戻す方法はあるわ。単純に――――彼女に呪いを掛ければいい。それで祝福と相殺されるのよ」


「呪い……」


「大地の祝福はかなり強いからね。呪いの薬はかなり強力なモノを作る必要があるし、私が知っている中で作れるのは、多分――――私だけじゃないかしら」


 エヴァネス様だけ……。


 まず今は悩んでいる場合ではない。


「エヴァネス様! その呪いの薬を作って頂きたいんです! 欲しい魔石があるなら取って来ますから!」


「……まあ、私は魔石さえ手に入ればいいのだけれど、条件があるわ。私が作ったことは誰にもバレないように。それと呪いの薬を使ったことがバレれば、ベリル……貴方だってタダじゃ済まないわよ?」


 確かに“呪い”って言葉だけで魔女と関わりがあると言っているようなものだし、俺はともかくリサやエヴァネス様にまで危害が及ぶかも知れない。


「買います。使うか使わないかはあとで決めればいいので……それに使わなくてもエヴァネス様が作ってくださる強力な呪いの薬があれば、いつか使い道は必ずありそうですし」


「ふふっ。ベリルくんじゃなければ作ってあげないわよ?」


「ありがとうございます! 一生付いて行きます!」


「あら、リサちゃんじゃなくて私なの?」


「あ。その件で……俺なりにいろいろ考えてまず最初にってわけじゃないですが……うちの村の名前をお嬢様とリサの名前を足して付けてみました。クロイサって。俺が帰る場所って意味です」


「ふう~ん」


「いつかエヴァネス様も住みたくなるような町を目指します!」


「ふふっ。期待してるわ。リサちゃん。良かったわね」


「うん!」


 ずっとニコニコッと笑っていたリサが嬉しそうに声を上げた。




 クロイサに着いてすぐに俺はディアナのところに向かった。


「ディアナ。ちょっと二人だけで話せるか?」


「いいよ~」


 まだみんなは住民達と仕事に打ち込んでいるので、俺はディアナと二人で村が一望できる廃鉱の前にやってきた。


 転移陣が置かれた場所を隠している大岩の上に乗り、一緒に村を眺める。


「私を誘うなんて珍しいね?」


「お、おう。ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ。ディオニール子爵って知ってるか?」


「うん。知ってるよ~。うちの領地と王都の間に領地を持つ貴族ね。貴族にしては珍しく領民を大事にしている貴族よ」


「……あのさ。ディアナって“ワールドオブリバティ”のメインストーリーとかは進めていたんだよな?」


「そうだよ」


「何かその貴族に関わるクエストはなかったか?」


「う~ん。覚えている範囲ではないかな……どうかしたの?」


「ちょっとな。ディオニール子爵で最近変なことはないか?」


「変なこと……? う~ん。そういう噂は…………あ」


「? 何かあったのか?」


「あるほどじゃないけど……五年くらい前からディオニール子爵領がものすごい豊作が続いていて、領民達が幸せになっているくらいかな?」


「ものすごい豊作……?」


「うん。でもちょうどその頃から令嬢さんが歩けなくなったって噂は聞いているかな。何度か舞踏会で会ったことはあるんだけど、彼女は貴族の間であまり評判がよくなくて……」


 アルを連れて裏庭に逃げるような人だし、貴族達からしたら破天荒すぎるのかもな。


 それにしても……領民のため……か。


 そもそも王国の貴族はみんな自分達のことしか考えていないはず……ルデラガン伯爵家にノブレス・オブリージュが伝わったのも、ディアナは自分の影響だと言っていたしな。


「アルの婚約者が彼女なのは知っているんだよな?」


「ええ。とても有名な話よ。そもそもディオニール子爵は古くからの家柄だけど領地があまり肥沃じゃなくて、子爵位の中ではあまり力はない方かな……アルフォンス様とディオニール子爵令嬢が婚約したことでまた力を取り戻したとお父様が言ってた」


「なるほどな。ありがとう」


「何か気になることでもあったの?」


「まあな。それはそうと、以前魔族がどうこう言っていたけど、あれもメインストーリーに関わっているんだよな? ちなみにメインストーリーってこの先どうなるんだ?」


「ん……それが……私にもよくわからないのよね」


「よくわからない?」


「うん。起きるはずのイベントがいくつか起きなかったり、起きたものもあったり……それに“ワールドオブリバティ”のメインストーリーが一番関わるのは、ジディガル王国ではなくて、大陸中心の帝国だもの」


「それはそうか。ジディガル王国とか田舎中の田舎として有名だったもんな。俺も最初に田舎王国だって選んだしな」


「うんうん。魔導機械も生活分以外はほとんどないし」


 それからメインストーリーに関する内容を少し言われたけど、王国にいる俺達にはあまり関わりがなくて、それでもディアナが勇者である以上、この先に魔族と戦うことも考えなければならないと思った。


 これでしばらくの予定が全て決まった。


 村の発展を最優先にしつつ、エヴァネス様に売る魔石のためにボス魔獣を探し、対魔族のことを考えてディアナのレベリングも大事にしないと。


 そんな俺だったが、翌日、村でまさかの事件が起きた。

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