第70話 帰る場所

「このような格好で申し訳ございません」


「いいえ。ベリル・シャディアンと申します。アルから何を言われたかはわかりませんが、ただの男爵です」


 シャーロットさんが目を丸くして俺とアルを交互に見て、笑みを浮かべた。


「ふふっ。アルフォンスが言った通りの人だね」


「だろう? ベリルくらいなもんだよ」


「え”……俺……また何かやっちゃった?」


「くくっ。ベリルはそのままでいい。気にするな」


「そ、それならいいが……それより、シャーロットさんは……何かの病ですか?」


 彼女は少し寂しそうに笑った。


「はい。歩けなくなる病のようです」


「ようです……?」


「ええ。原因がわからない病気なんです」


 原因がわからない病気……か。そういうものもあるんだな。


 というか、この世界はいろんな職能があるし、教会もあって、そういう対策は十分にできているとばかり思っていたが……そうではないのか?


 そういや村に住んでいた頃も、エンブラムで暮らした頃も、病という病を目にしてなかったな。


「アル。ちょっと聞いてもいいか?」


「ああ」


「いろいろ調べたんだろ? 結局、アルもわからなかったってことだよな?」


「……そうだ」


 王子ともなれば詳しい人とも相談したはずだろうし、文献だって探せたはず。“ワールドオブリバティ”は書籍の量がとんでもないはずだし、知識は十分にあると思う。


 ふと思い出すのはエヴァネス様の宝物庫。あそこにはこの世界の全ての本があると言っても信じられるくらい本がたくさんあった。


「ちょっとさ。病状を見せてもらえない? 詳しいとかじゃないけど、ちょっと思い当たるところがあってさ」


「!? シャーロット! お、俺からもお願いしていいか?」


「アルフォンス……ええ。わかった。何をすればいいの? ベリルくん」


 そういや、意外とフレンドリーというか。すごくおしとやかに見えるが、アルとも気楽に話しているし、そういう性格かも。


「足が動かない以外に症状はないんですよね? 例えば、食欲がないとか」


「ご飯はたくさん食べれるわよ~! でも太るから少ししか食べないようにしてるかな」


 あはは……体重管理は確かに重大なことだな。


「じゃあ、動かないという足を少し見せてください」


 頷いたシャーロットさんは、布団を退かした。


 そこには綺麗な色白の足が並んでいるが、どちらかというと血色が悪く思える真っ白だ。


「元々こんなに白かったんですか?」


「ううん。動かなくなってから段々白くなったわ」


 何となく足に血が流れていない気がする。ただ、俺は医学にも精通していないし、知識もない。ただ、これが普通の状態ではないことだけは確かだ。


「俺も調べられる範囲で調べてみます。ありがとうございます」


「ふふっ。見ず知らずの私のために……アルフォンスから聞いた通りね」


「い、いや……アルからどんなことを言われたかはわかりませんが、シャーロットさんがアルの婚約者じゃなかったら、多分気にすることはなかったと思います」


「そういうことにしておくわ。それと……私ともフランクに話して欲しいけどダメかな?」


 少し驚いてアルを見つめると、笑顔で頷いてくれた。


 アルもそうだが、彼女も身分とかあまり気にしないのかな。


「ベリル。そもそも君は男爵だ。貴族位の子女よりも身分は上だぞ?」


「それはそうだが……ん……まだ自分が貴族である実感はわかないな」


「あんな立派な町まで作ろうとしてていい加減諦めろ」


「ベリルくんは町を作っているの?」


「ええ。王都のすぐ西にある場所で今絶賛町づくり中です」


「行ってみたい!」


「じゃあ、町が完成したら一番に誘いますよ。うちのお嬢様や伯爵令嬢様もいるので、きっと楽しいと思います!」


「わあ! 楽しみにするっ! アルフォンスも一緒に行こうね!」


 それから俺とアル、シャーロットさんの三人でひたすらに喋り倒した。


 暗くなる前に帰らないといけなくなって、車椅子に座った彼女がテラスから手を振って俺達を見送ってくれて、俺はアルと一緒に王都を目指した。




「どうだった? 俺の婚約者は」


「そうだな……太陽のような人……だった」


「くくっ。あのベリルでもそう思うんだな!」


「ったく。俺のことを美化して伝えすぎだ! ――――それより、シャーロットさん。一瞬も辛そうにしなかったな」


「ああ。初めて会ったときは舞踏会だったが、挨拶に疲れた俺を連れて裏庭に逃げるくらい元気な令嬢だったんだ」


「あはは! 容易に想像できるな! 歩けるようになったらどこまでも飛んでいきそうだもんな」


「そうさ。彼女はいつだって……前向きだ。足が動かなくなったときだって弱音一つ吐いたことはなかったし、これで動けない人達の気持ちを知ることができるって、何事にも前向きに考える彼女に…………それまでいつも後ろ向きだった俺は、救われた気がしたんだ」


「第三王子って難しい立ち位置なんだろうしな」


「ああ。近付くのは誰もが権力争いのためであって、アルフォンスという一人の人を人と見てる人は誰もいなかった。彼女とベリルくらいだな」


「わ、悪かったな……権力争いとかよくわからないからよ」


「くくっ。それでいいと思うぞ」


 そもそもアルが王子だと知らなかったからな……伯爵令息なのかなとは思ったけど……。


「今日ここに来たのは、俺が命を代えてでも守りたいと思った人を紹介したかったからだ。ベリルは誰かを好きになる感覚がわからないと言ったな? 難しい感覚……とは思うけど、好きという言葉に執着せずに、一緒に居たい人でいいんじゃないか? 一緒に居て楽しい人。彼女のためなら何でもできる気がする人。眠る前に思い出す人」


 ずっと思う人……か。


 いろいろ考えてみる。


 お嬢様。リサ。リン。ディアナ。アル。ソフィア――――エヴァネス様。


「なあ。アル」


「ん?」


「恋人と友人って違うのかな?」


「違うだろうけど……根本的な思いは一緒じゃないか? ベリルは友人のためにも命を懸けて守ろうとするじゃないか」


「はは……そんな立派なもんじゃないが……まだちゃんとは理解できてないけど、何となく……アルがシャーロットさんを好きな気持ちはわかった。俺にとって好きな人……まだ言える程じゃないけど、向き合いたいと思うよ」


「それなら彼女を紹介した甲斐があったというものだな」


「ああ……ありがとう」


「何。俺も彼女に会いたかったというのが一番の目的だがな」


「くっ! こいつ……惚気やがって!」


「ベリルは毎日だろ?」


「そ、そんなんじゃねぇよ!」


 顔が熱くなるのを感じた。



 ◆



 アルを見送って、真っすぐ廃鉱前集落にやってきた。


 すっかり夕方になって、広場ではいつもの祭り騒ぎが広がっていて、遠くからでもお嬢様達が楽しそうにしてるのが見える。


 遠くからリサが俺を指差すと、みんながこちらを見て手を振る。


 はは……遠くからでも嬉しそうにしてくれるのがわかるし、何だか俺まで……笑みが零れてしまうな。


 広場に行くとみんなから「おかえり~!」と言われて、帰る場所があるって本当に幸せなことなんだと感じることができた。




「アルフォンス殿下とデートは楽しかったの?」


 お嬢様が目を細めて俺を見つめる。


「思ってた以上に楽しかったですね~」


「ふう~ん」


「それよりお嬢様。町の名前。決まりました」


「また変な名前じゃないわよね?」


「もちろんですよ! ここの新しい名前は――――クロイサです!」


「…………? どういう意味なの?」


「……お、俺が帰るところは……もうポロポコ村じゃなくてここだって意味です」


「えっ?」


 俺を待っていてくれるお嬢様とリサの名前から取っただなんて……恥ずかしくて言えるか!


 てかそもそも却下されそうだし、ここは通すしかないっ!


「……いいんじゃない?」


「えっ? 反対しないんですか?」


「反対しないわよ。この前みたいなクロエモンなんてふざけた名前じゃなければいいと思うし」


 クロエモンめちゃいい名前だと思ったんだけどな……。


「ん? でも今回もクロが入っているわね」


「あ、あはは……気のせいじゃないですか? ほら、俺って黒色好きじゃないっすか。大鎌とか服とかポチとかみんな黒ですし」


「そ、そうね……」


 この集落――――いや、すっかり村となったこの場所の名前を『クロイサ』とすることに決めた。

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