第69話 名づけ下手
「そろそろ村の名前……ですか?」
お嬢様は大きく頷いた。
廃鉱前集落を村にする計画がどんどん進行し、何日も経過した。
今ではポツポツと家も建ち始めている。
それを見ながらお嬢様は真剣に悩んでいたみたいだ。
「ベリル。ここまでみんなに頑張ってもらってるのに、ここの名前がないと不便だし、何よりも――――ベリルの町だってことを伝えるのが難しいから。ちゃんと考えてよね」
「ふむ…………名前か。それ俺が決めるんですよね?」
「そ、そうなんだけど…………」
お嬢様が俺の隣に立っているポチに視線を向けた。
「ベリルはいくつか候補を出して。私が決めるから」
いま絶対にポチみたいな名前を付けるかもしれないから予防線張ったよな!?
「何か不満あるのかしら?」
「い、いえっ! 町のことはお嬢様にお願いしてますし、従います!」
「よろしい。それと……」
「それと?」
「…………その、お嬢様っていうの…………そろそろ辞めた方がいいんじゃないかな……」
「へ? どういうことですか?」
「んもぉ! 貴方と私は婚約者同士よ! 以前のような関係じゃないもの! だ、だから……その……名前で呼んだらいいんじゃないかしら!」
「嫌です」
即答した。
それと同時にお嬢様の暴力キックが俺の足を襲う。
「ぼ~りょく~はんたい~」
「はあ……」
「まあ、お嬢様が言いたいこともわかるんですけど……その……まだ俺はお嬢様はお嬢様というか、これからもずっとお嬢様というか、俺が男爵になってもお嬢様の姫騎士であることは変わりませんから。嫌ですか……?」
「…………嫌ではないわ」
「ならいいじゃないですか。呼び方も重要かもしれませんけど…………俺はまだお嬢様のままでいて欲しいです」
「…………わかったわ」
「それにしてもお嬢様の知識のおかげでみんな助かってるみたいでありがとうございます。ここの領主としていくら感謝してもしきれません」
「そ、そう?」
「ええ。困ったらお嬢様に聞けば何でも解決策が見つかるってみんな驚いてました。ちなみに俺が一番驚いてます」
今度はお嬢様の肘が俺の脇腹に刺さる。
もちろん、全然痛くない。
「ま、まあ、私の知ってることが役に立ってるならいいわ。それに……私も……すごく楽しい」
なるほど。お嬢様としても嫌々やってるわけではないんだな。
まあ、数年間お嬢様を見てきた身として、こんなに笑顔でいるお嬢様なんて初めてだからな。嫌々ではなく楽しいなら良かったし、こうして彼女の口からちゃんと聞けてよかった。
「よし、名前、決まりました」
「もう決まったの? 言ってみてちょうだい」
「――――クロエモン」
「却下よ」
「え~! めちゃくちゃいいと思ったのに……」
「それって私をバカにしてるのかしら……?」
「いや……本当にいい名前だなと思ったんですけど……」
お嬢様がジト目で見ながら「やっぱり却下。違う名前」と念を押してきた。
それからしばらく考えたけど、中々良い名前は思いつかなかった。
◆
さらに数日が経過した。
毎日学園で授業が終わると集落に向かう日々を送っていると、あっという間に時間が過ぎる。
そして、今日はアルとの約束の日だ。
お嬢様達はみんなで集落に向かうってことだ。
そういえば、今日からリンも復帰するとか何とか。
これでようやくお嬢様の安全が確保できるのはありがたいことだ。
学園で待っているとアルがラフな格好でやってきた。
「アル。今日はどこに行くんだ?」
「以前一日でルデラガン伯爵に会って来たよな? あれってどうやったんだ?」
「あ~あれは、ほら、うちのポチに走ってもらったんだ」
ポチが影から姿を現して、アルに顔を近付ける。アルも慣れた手つきでポチを撫でてあげた。
「ポチってそんなに速いのか」
「一応ルデラガン領のブレイブリー大都市までなら一日余裕持って往復できるな」
「すごいな……では、もう一度北を目指してくれ。ブレイブリー大都市よりは近いからな」
「お、おう」
アルに言われた通り、俺とアルはポチに乗り込み、王都から北を目指した。
◆
「この街だ」
丘の上から見える一つの大きな街が見える。
王都から大都市ブレイブリーの中間地点から西に向かったところにある場所だ。
わりと平和な街で、周りに現れる魔獣も弱い部類のものだ。
俺は王国スタートだったものの、ほとんどを初心者御用達の始まりの街ルイナで過ごしている。ルイナ街は俺が育ったポロポコ村の近くにある街だ。
フィールドが広すぎる“ワールドオブリバティ”では何年もプレイしても行ったことがない場所がたくさんあるのだ。
「ここはディオニール子爵が治めているディアリア街さ。見た目通り、とてものどかな場所で、特産品も美味しい食材が多い」
「ふむふむ……俺が生まれ育った村を少し思い出すな。規模感は全然違うけど、雰囲気がすごくいい感じだ」
「さあ、さっそく中に入ろう」
入口の兵士はアルの顔を覚えていて、詰所から多くの兵士達がアルに挨拶に出て来た。
街の入口からゆっくり歩いて大通りを歩いていても、住民達が手を振るくらいアルが存在は彼らに認知されているようだ。
大通りを真っすぐ進み、中央広場を越えてさらに奥まで進んだところに、広大な敷地が広がっており、大きな木はないけど綺麗な草が前面に広がっていて、緑色の波のように美しく揺れていた。
そんな敷地の向こうに大きな屋敷が一つと、さらに離れたところにもう一つの屋敷が見えた。
すぐに中から執事が小馬車でやってきた。
「アルフォンス様。いらっしゃいませ」
「急な訪問、失礼する」
「いいえ。我々はいつでもアルフォンス様を歓迎しておりますから。ただ申し訳ありませんが旦那様は街を離れておりまして挨拶できない点だけご了承頂ければなと思います」
「もちろんだ」
「では離れまでご案内致します」
「よろしく頼む」
執事は俺のことはあまり詮索せずに入れてくれて、小馬車に乗り奥にある屋敷にたどり着いた。
周りにはやけにお花畑が広がっていて、自然なのか作ったのかわからない綺麗な川が流れている。
屋敷の玄関が開いて一人の中年女性メイドが深く頭を下げた。
「アルフォンス様。いらっしゃいませ。お嬢様がお待ちしております」
「ああ。ありがとう。すぐに向かおう」
何となく、アルの横顔がうきうきしている気がする。
屋敷中も非常に清潔に保たれていて、調度品はあまり置かれてないが、花がたくさん飾られている。
二階に上がり、ある部屋に入った。
「アルフォンス……?」
部屋の奥から綺麗な声が聞こえた。
「シャーロット。今日は紹介したい人がいて急に来てすまない」
アルと一緒に部屋の中に入る。
そこには、大きなベッドとその上に横たわっている金色の髪が美しい少女が一人、驚いたように目を丸くしてこちらを見ていた。
「手紙にも書いたが、こちらがあのベリルさ」
あ、あのベリル!?
「ベリル。こちらはシャーロット・ディオニール子爵令嬢。俺の――――許婚だ」
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