第68話 ダンス

「――――なるほど。この短期間にそんなことが起きたから、好きって何か教えてくれ……だな?」


「はい! アル様!」


 アルが腕を組んで、小さく微笑みながら俺を見下ろす。


「好きって気持ちが何かか…………それもまた難しい問題だな」


「そ、そうなんだよ! 急に好きって言われても……すげぇ困るというか……」


「じゃあ、俺から一つ聞いてもいいか?」


「お、おう」


「今のベリルはクロエ令嬢と婚約しているのだろう?」


 俺は頷いて返す。


「ならベリルにとってクロエ令嬢はどうなんだ? この先、彼女に好きな人ができて婚約を破棄するかもしれないのはわかった。だが、ベリルは一番大事なことから目を背けている」


「一番……大事なこと……?」


「ああ。それは――――クロエ令嬢がベリルを好きになったらどうするのかだ」


「…………はん?」


 お嬢様が……俺を……好き?


「ぷあはははは! んなわけあるか! お嬢様が俺を? そんなことあるわけがない~」


 アルが溜息を吐きながら俺の肩に手を乗せる。


「ありえないなんてことはありえないんだよ。それに、少なくとも二人は両想いじゃないのかもしれないが、今の現状は婚約している。このまま時間が経てば、必ず婚姻を結ぶ必要がある。それを理解して受けたんじゃないのか?」


「そ、それは……」


「まさか、クロエ令嬢が絶対にベリルを嫌いになって、他の男が好きになると確証があって交わした約束ではあるまい」


「…………だから困ってるんだよ! う、うちの両親はほら……お互いに好きで結婚してるし……でも貴族は必ずしもそういうわけじゃないんだろ?」


「ああ。婚姻全てが両想いなんて……むしろ珍しいくらいだ。でも逆に言えばそうではない婚姻ばかりでもない。ちゃんとお互いに納得して婚姻を結んでいる夫婦もかなり多い。クロエ令嬢はどう思っているかわからないが……少なくともエンブラム伯爵と約束を交わした時点で――――」


 アルが俺を指差す。


「――――ベリルはクロエ令嬢に真剣に向き合うべきだ」


「は、はいぃ……」


「と、そうしようとしたら、今度は幼馴染からも婚約してくれと言われてアタフタしてるんだったな」


「そうなんだよ……アルぅ……助けてくれぇ~!」


「わかった。じゃあ、今週の休みに時間を作ってくれ」


「今週だな! わかった! よろしく頼む!」


「お、おう。それはそうと、俺も村に行っていいか?」


「村ってうちの?」


「ああ。何なら夕飯もご馳走になりたい」


「ええええ!? 平民の中でもかなり格下の飯だぞ……?」


「だからだ。俺はもっと平民の暮らしを知っておくべきだと思うんだ。それと俺が王子ってことは隠したい。ベリルの一人の友人として行きたい」


「…………はあ。アルって変な物好きだよな。わかった」


「助かる」


 そんなこんなことがあって、今日からアルも一緒に村に行くことになった。


 本来なら授業が終わって夕飯を食堂でご馳走になるのだが、これからは村に真っすぐ向かうことにしている。


 村に向かう馬車には俺とアル、お嬢様、ディアナ、リサが乗ることになった。男子が一人増えても元々八人乗りの馬車だから狭くは感じない。


「そういえば、ちゃんとした紹介はまだだったな。こちらはリサ。ウィッチャー準男爵令嬢だ」


「アルフォンスという。同じクラスだから気軽に呼んでくれて構わない」


 リサはディアナにべったりくっついて、小さく頷いた。


「はは……かなり人見知りをするが仲良くなると普通に話してくれるからな」


「うむ。ベリルとは幼馴染か。羨ましい限りだな」


「ん? 羨ましい?」


「ああ。それよりベリル。さっきから気になることがあるんだが」


「お、おう?」


「クロエ令嬢と一切顔を合わせないんだが何かあったのか?」


 アルの声に俺とお嬢様はビクッとなった。


「あ、あはは……そ、そんなことないぞ! 気のせいだ!」


 こいつめぇえええええ! 知っていながらわざと吹っ掛けたな!


 ニヤニヤしながらしてやったりな感じで笑うアルだった。




 しばらく馬車に揺られて、廃鉱前集落に着いた。


「おぉ……? かなり形になってきたな」


 昨日と今日だけでもずいぶんと建物が建ち始めている。


「領主様~おかえりなさい~」


 集落で一番元気がいいと言っても過言ではない女の子のメイちゃんだ。彼女は以前ディアナに頼んで俺達の心配をしてくれた心優しい子だ。


「ただいま。今日はずいぶんと建物が形になったんだな」


「はいな! 領主様のおかげで皆さんが嬉しそうに張り切ってくれたんです! 今週中にもみんなの家ができるかもって!」


「そうか。それはよかった」


 それにしても早すぎないか? あれか? 異世界だからこそステータスが高いから力仕事はかなり効率がいいとか。


 その証拠に、前世ならありえない光景が広がっている。一人の男が両手に大きな木材を自分の背よりも高く積んで軽々と歩いている。


「それに領主様から言われた通り、一時間で五十分働いて十分休んでは守ってます! 昼食もしっかり食べて、お昼寝時間もちゃんと設けました! 皆さん、とても働きやすいって!」


 前世のこともあって、ホワイトな働き方改革をしたかった。


 エンブラム大都市でいろんな人の仕事を見たけど、基本的に丸一日働いて眠ってとかを繰り返してる上、給金と呼ばれている給料は大した額でもない。うちのポロポコ村ではより酷い現状があったからな。


「うむ。メイちゃん。これからも現場監督者として目を光らせてくれよ!」


「はいな~! 頑張ります~!」


 メイちゃんくらい気が利く子なら現場監督に一番向いていると思うから、大人ではなくわざと彼女に任せてみたけど、大正解のようだ。


 それから俺達に気付いた大人達がやってきて、みんな感謝を口にする。


 その中でも一番気になったのは、誰しもが――――お嬢様に深く感謝をしている。


 お嬢様も一人一人顔と名前を憶えているみたいで、全員の顔と前回送ったアドバイスを全て覚えていた。その姿にステータスや職能を越えた、個人の才能というものを間近で見れた気がする。うちのお嬢様スーパー天才なのかもしれない。


 まあ、そんなことよりも、お嬢様は学園や屋敷だとずっとムスッとしてるけど、ここにくるとずっと笑顔でいる。やっぱり女性は笑うのが一番いいし、お嬢様も楽しそうにしてるから、毎日ここに来て大正解なのかもな。


 広場として使われていた場所は、より広くなって王都並みの広場の広さになっている。


 いずれここが大きな町になったときに、多くの人が行き交う場所になるだろう。


 そこでは超巨大な鍋がいくつか並び、スープがコトコトと音を立てて美味しそうな匂いを周囲に広げている。


 俺達もその輪に混ざり、夕飯をご馳走になる。


 さすがのアルは最初こそどうしていいかわからなさそうにしていたが、意外なことにお嬢様がわかりやすく解説してくれて、すぐに馴染んでくれた。


 今しばらくここではみんなで毎日食事会が開かれる予定で、年齢や性別関係なく、みんなが毎日楽しそうに食事をしながら親睦を深めている。


 食事が終わると、みんな踊ったりする。


 前世では参加せずに見ているしかなかった運動会のダンスのように、中には楽器に見立てて音を奏でる人もいて、音質はお世辞にもよくはないけど、とても心が躍る音楽に、いつの間にか体が自然と揺れてしまう。


 メイちゃん達が一斉になだれ込んで、俺やアルの手を引いて、広場中心の大きな焚火キャンプファイヤーに連れて行かれた。


 一気に顔が熱くなるのを感じる。


 しかし、すぐに後ろからお嬢様やリサ達までやってきて、みんなが躍ってるフォークダンスのようなものを真似て踊るようにする。


 何度かここで見たことはあったけど、踊るのは初めてだというのに、俺以外のみんなはすぐに順応して踊れている。しかもアルもすぐに覚えてみんなに負けじと劣らず踊り始めた。


 俺も夢中になって踊っていると、相棒にお嬢様がやってきた。


「ふふっ。ベリルも下手なことってあるのね」


「だ、だって……躍るって人生初めてというか……」


「ダンスの授業を頑なに断っていたからだよ」


「そ、それは…………はあ……ちゃんと受けておけば良かったです」


「そうね。でも遅いってことはないわ。ちゃんと教えてあげるから」


「うぅ……ありがとうございますぅ……」


 それからお嬢様から一つ一つ丁寧に教わって、踊りというものを覚えていく。


 生きていく上で踊りが必要かと聞かれたら、俺は迷わず「いいや」と話すだろう。


 では、踊りを覚える必要性はないかと聞かれたら?


 その問いには――――










 ――――覚えた方が人生百倍楽しいって答えるだろうな。

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