五章
第67話 情けない男
あまりにも一度にいろんなことがあって何が何やらよくわからないけど、俺は今……リサと一緒にエヴァネス様に会いに屋敷に向かっている。
お嬢様はディアナに任せることにして、リサとの問題もいろいろ進展させないと彼女自身が納得しないからだ。
ポチに乗り込み平原を走る。
ポチを選んでくれたのもリサだったな。
俺の背中に抱き付いているリサの温もりが伝わってくるが、今までなら何てことなかったけど、今回の婚約の一件で自分の心臓の鼓動音が聞こえるほどだ。
何だかこれも彼女の好意だと思うと、普段とは景色も違うように見えるものだな。
思い出すのは、転生する前の自分。
母が亡くなって、父の言いなりとなり、学校に通っては勉強一筋。交友関係も全て遮断して、友人はおろか女子とは話したこともない。
大学を卒業しても父の会社に入社したが、そこで待っていたのは権力をかざす父と、それを見真似る上司達。同期や先輩は次々と体を壊しながらも高給という釣り餌にしがみついていた。
後輩のミスをかばって、一緒に三日三晩眠らずに仕事をして――――彼と俺は体を壊し、俺は父に捨てられることとなった。
そのときだって思ったことはある。どうして父から逃げないのかと。
――――どうしていいかわからなかった。
逃げるって……どうすればいいのか、やり方がわからなかった。
でも、“ワールドオブリバティ”をやるようになって俺は初めて“自由”に向き合うことができた。
今まで俺は“父の言いなり”という…………いわば……言い訳をして自由を恐れていたに過ぎなかったってことを。会社をクビになったあの日からは本当に毎日が楽しかった。あの日……“ワールドオブリバティ”が終わるあの日までは。
一度ならず二度目の絶望から目が覚めて、こうしてベリルになった俺は心優しい両親のもとに生まれて弟妹とも仲良く、最初は村人達と険悪だったけど今では普通になったし、悪いことも全て含めてとても幸せな人生を送っていられると思う。
そんな俺にもまさか婚約者ができるなんて思いもしなかったし、誰かが自分を好きになってくれるなんて思ってもなかった。それに……いまだに自分が誰かを好きになるという感覚がよくわからない。
俺は……ちゃんと彼女達に向き合えているのだろうか?
「なあ、リサ」
「うん?」
「その……なんだ……婚約って簡単にするもんじゃないと思うんだ」
「知ってるよ」
「…………」
やっぱそうだよな……リサだって覚悟もなく“婚約”って言葉を口にしたりしないよな。
「あとさ、婚約しなくても一緒にいることだってできると思うんだけど…………それに自分で言うのも変だけど、俺……リサに何かすごいことをしてあげたりした感じないし……」
「ううん。私はベリルくんにたくさんもらった。ベリルくんと出会ったこと、今でも一番幸せなことだと思ってる」
ま、まじかよ……こう……女子に真っすぐ言われると…………くっ! しかし、これでは後出しじゃんけんみたいで嫌というか、リサが俺を好きでいるから俺も好きになるって……ちょっと違う気もするというか……。
てか、そもそも人を好きになるってなんだ……? そもそも俺は誰かを好きになんてなかったこ――――。
ふと、エヴァネス様の顔が浮かんだ。
ああああああああああ!
「ポロポコ村を見て、学園を見て、人族はどんな種族なのかよくわかったよ。両想いって言うんだよね? お互いに好きなことを」
「お、おう……一応そうだな……」
「でも好きって気持ちは別に両想いである必要はないんじゃないかなって思った」
「ど、どうして?」
「だって、ベリルくんは当然のように私達に優しくしてくれるけど、それは私達が好きだからじゃなくてベリルくんが優しいからするのであって、私はそんなベリルくんが好きだし、ベリルくんに好かれてるから好きになったんじゃないから」
何だか……リサが大人になってる⁉
「だからベリルくんがいろいろ悩むのもわかるけど、私はベリルくんを好きだって言うし、婚約したい」
「お、おう……あ、ありがとぅ……」
「最初から両想いじゃなくてもこれから両想いになればいいだけだし。好きっていろんな形があると思うし、おばあちゃんもよく言ってた」
「エヴァネス様が?」
「人族は必ず何かに対して理由を探すんだって。でもベリルくんは理由とか関係なく私達に接してくれるから。私はそんなベリルくんのままがとても好き」
ああああ! こう何度も好きって言われると俺の心臓が持たんが!?
てか俺、一応婚約者いるんですけど!? ゆくゆくお嬢様が好きな人ができたら終わる運命だとしてもさ!
あれかな? ここは異世界だし、貴族は奥さんを複数持つことも普通みたいだから、そういう倫理観でいいのか? でも前世の倫理観があああああ!
そういやディアナもめちゃくちゃ悩んでいたよな……! なのに俺ときたらあのとき……「もう少しわがままに生きればいいと俺は思うぜ」なんてカッコつけて言ったんだよな!
うわああああああ! 恥ずかしい! 全俺が恥ずかしいと叫んでいるううううう!
「あ、ベリルくん」
「お、おう」
「婚約者がどんどん増えても私は気にしないから」
「ああああああ! ふ、増えないから! てかまだリサとも決まってないから!?」
「むひっ」
その笑い方も何だか久しぶりに見るな。後ろだから見えないけど、絵にかいたように想像できるな。
「なあ。リサ。その……婚約の件とかもろもろ言ってくれて嬉しかった。まだ俺の気持ちとか……俺もよくわかってないからリサのことが世界で一番好きだとかは言えないけど……その……もし婚約できるなら婚約者として頑張るよ」
「頑張らなくていい。ベリルくんはベリルくんのままでいい」
「そ、そっか……よくわからんが頑張る」
そして、エヴァネス様の前にやってきた。
「ダメよ」
冷たく一言だけ放たれた。
「リサちゃんが決めたことだとしても、ベリルくんにはすでに婚約者がいるし、うちのリサちゃんが二番目だなんて、許しません」
に、二番目かぁ……やっぱそうなるよな……。俺でもそう思ってるくらいだし……。
「反対してもベリルくんの婚約者になるもん」
「なるもんって……リサちゃん。婚約者になるってちゃんとわかってるの?」
「うん。ずっと前から調べたよ。ほら、こういうこともするんでしょう?」
リサが一冊の本を開いて見せる。
そこには何やら絵が描かれていた――――
「うわああああ! リ、リサ! それをすぐにしまって!」
とても十二歳の女の子が見ていい絵じゃないだろ! 誰だよ! こんなエ〇本を書いたやつはよ!
「あら、ちゃんと勉強していて偉いわ」
エヴァネス様!?
「それはそうと、知ってるならなおさらリサちゃんはそれでいいの?」
「うん。ずっと前から決めてたけど、伝え方がわからなかったから。ようやくわかった」
伝え方が……わからなかった?
「ベリルくんがエンブラムに行って一年。私、すごく辛かった。それがあの頃はどういう風に言っていいかわからなかったから……今はちゃんと言える。私、ベリルくんがすごく好き」
あぁぁぁ……美少女にこう何度も好きって言われると……ある意味しんどいんだな……。
「リサちゃんの気持ちはわかったわ。じゃあ、ベリルくんはどうなのかしら」
「お、俺は…………その…………二人の前で言っていい言葉じゃないかもしれませんが……いまだに自分が誰かに好かれたり好きになるってよくわからなくて…………でも! エヴァネス様のところに来るのはすごく楽しいですし、リサと一緒にいるのもすごく楽しいです。リサにも言いましたが世界で一番好きだなんて……カッコいいことは言えないんですけど…………リサが俺を好きでいてくれるなら……」
「あら、それってリサちゃん以外からも好かれたらいいってこと?」
「それも考えてみたんです。どうなのかって。でも確実なのは――――少なくともリサ以外から言われても婚約者になりたいなんて思わないというか……これがリサを好きな気持ちなのか俺もまだよくわからないんですけど……」
「まったく……男らしくないわね」
「やっぱりそうですよね……」
「わかったわ。じゃあ、もう一度言うわ。私は二人の婚約を――――認めません。だから、その覚悟を見せてちょうだい。二人とも。条件は一つ。今から三年後、学園を卒業するまでお互いをもっと知って、卒業した日にもう一度二人の想いを聞かせてちょうだい。それまで変わらないのであれば、認めてあげてもいい」
「エヴァネス様……」
「おばあちゃん。うん。そうする」
あぁ……何だかお嬢様に対してもリサに対しても…………俺って本当に情けない男だな……。
誰かに相談…………あ。そういや相談できる奴がいたな。明日相談してみるか。
エヴァネス様に婚約の許可はもらえなかったけど、おかげでリサも今すぐ婚約というのは諦めてもらうことになった。
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