第66話 婚約、最低
リンを迎えてから、俺の領地に帰ってきた。
「「「おかえり!」」」
お嬢様にディアナ、リサが迎え入れてくれる。
「すぐにリンを治します。どこか部屋に案内してください」
「あの部屋で問題ないわ!」
近くの部屋に向かい、リンを横たわらせた。
すぐにマジックバッグからリンの両手を取り出す。
右手をお嬢様が、左手をディアナが持って、彼女の元の部位に近付けた。
「さあ、これで治ってくれよ……頼むぞ」
そして、俺はエヴァネス様にお願いして作ってもらった特性ポーションを彼女にふりかけた。
眩い紫色の光とともに、切断された両腕が彼女の体に吸い付く。
エヴァネス様でも部位欠損を治すことは難しいけど、切断された部位を戻すくらいならできるとのことで、作ってもらったポーションは、当然ながら抜群の効き目だった。
「リン。ゆっくりでいい。腕を動かしてみて」
「うん……」
ゆっくり両腕を動かしたリンはまた目に大粒の涙を浮かべた。
「ちゃんと動くよベリルくん」
「良かった。おかえり。リン」
「ただいま……ベリルくん……お嬢様……」
「まったく……私の許可もなくいなくなるなんて、罰としてリンにはこれから一週間お休みの刑だわ」
「あはは……それは罰というより……」
「罰ったら罰だわ! ずっとお休みの刑だから、働くの禁止よ!」
「はいっ……ありがとうございます。お嬢様」
「罰が終わったら、今度はとことん働いてもらうんだからね!」
「はい……」
ふう……これで一件落着だな。
「ベリルくん? エンブラム伯爵様との話し合いは上手くいった?」
「あ」
ああああ! 思い出したくなかったああああ!
顔が熱くなるのを感じる。
「どうしたのよ。ベリル」
お嬢様の顔を見ると余計に…………というか、自然と目がお嬢様の大きなところに向く。
ひいいいい! 沈まれ俺の心! 俺の体! 俺の魂!
「何かあったみたいだね。ちゃんと言いなさい。何があったの」
「…………え、えっと……交渉は上手く……いきました。エンブラム伯爵家からの支援も頂けるようになりました……」
「その短剣……お父様がベリルに? 驚きだわ……」
「え、ええ……それで……条件がございまして……」
「「条件? どんな?」」
お嬢様とディアナの声が重なる。
「三年以内……というか……卒業するまで子爵になれって……」
「また無茶苦茶な条件を……」
「でもベリルくんならできそうだし、良かったんじゃない?」
「そうね……でも、それだけじゃないわね? ベリル」
「ぎくっ……え、ええ、まぁ……もう一つ条件が……」
「何よ! ちゃんと言いなさい!」
「…………エンブラム伯爵様から……お、俺と……お、俺とぉ……」
「?」
「……お嬢様と……婚約を……」
そう話すとお嬢様の顔が真っ赤に染まる。
いやいや、お嬢様ってば、そういう反応始めてみたというか、そういう反応できるんかい! てかこっちまで恥ずかしくなったんだけど!
ディアナに関しては両手で口を塞いで驚いているし、ベッドに横たわるリンは苦笑いを、リサに至っては怒りに全身が震え上がっている。
「ベリルくん」
リサが俺の前に立つ。
「お、おう……」
「――――私とも婚約して!」
「ええええ!? ちょ、ちょっと待ってくれ、リサ。ど、どうして?」
「どうしてって…………私はベリルくんの隣に居たいから。それは今でも変わらない。あの女と婚約するのに私とはできないの?」
「ま、待ってくれ……それにはエヴァさんとの話し合いも必要だし……」
「じゃあ、すぐにおばあちゃんのところに行こう」
「待て待て……ちょっと、俺の頭の整理が追いつかない。落ち着いて! いや、俺が落ち着かなきゃ」
すぐに事態を重く見たのか、ディアナが俺達三人をそれぞれ椅子に座らせて、深呼吸をするように指示をくれる。
「「「すぅー。はぁー。」」」
少し落ち着くのを感じる。
「一度今の現状を整理するね? まず、エンブラム伯爵様からベリルくんとクロエさんの婚約を条件に出されて……ベリルくんはそれを承諾したと」
「うぐっ……は、はい……」
「幼馴染のリサさんもベリルくんが好きだから婚約して欲しいと」
「うん」
「でもそれにはリサさんのおばあちゃん? と話し合う必要があると」
「おばあちゃんに反対されても私は決めたから」
「リサさん? でもちゃんと話し合った方がいいと思う。それに真摯に話し合えば、きっとおばあちゃんだってわかってくれるよ」
「そうなの……?」
「うん。だっておばあちゃんだよ? いつもリサさんの味方になってくれるよ。だからちゃんと話し合おうね? それと婚約の順番なんだけど、それはあまり重要ではないと思う。リサさんが焦る気持ちはわかるけど、今はまずベリルくんとクロエさんの婚約が先に進むべきだと思うんだ。ベリルくんを困らせても大変だからね?」
「……わかった。ディアナの言う通り……だね」
ディアナぁぁぁぁ何て良い奴なんだ! さすが勇者様ぁあああああ!
「さて、次は――――クロエさん」
「ほえ?」
「先日、ゲイラさんと婚約が破棄されたばかりだけど、これからは正式にベリルくんが婚約者になったからね。ちゃんと理解できてる?」
「う、うん……たぶん……」
「なら良かった。最後にベリルくん」
「はいっ!」
「しっかりしてね」
「あ、あい……」
ふふっと笑ったディアナは「おめでとう」と言ってくれた。
自分だって婚約者の件で大変だろうに……。
「あ、でもさ。お嬢様との婚約は、お嬢様が好きな人ができたら俺から婚約破棄を申し出るから、エンブラム伯爵様と婚約しろと言われただけで結婚しろとは言われてないから。だからお嬢様は――――」
そのとき、お嬢様の目に涙が浮かぶ。
えっ……?
「ベリルくん!」
ディアナの怒った声が部屋中に響き、お嬢様は部屋から飛び出してしまった。
「……最低」
そう言い残したディアナはお嬢様を追いかけた。
ええええ!? な、何でだよ! お嬢様だって不服な婚約なんだろうし! 好きな人ができたら譲るって言ってるのに……?
リサは俺を見上げて、親指を立てた。
リンは…………酷く冷たい目で俺を見つめていた。
◆
部屋から逃げたクロエを追いかけたディアナ。
大きな建物の裏側に逃げたクロエがうずくまり、ディアナもその隣に座った。
「ねえ。ディアナさん」
「うん?」
「私……やっぱり魅力ないのかな……」
「そんなわけない! クロエさんはとても綺麗だし……その……胸も大きいから男性の方にとても人気だし……」
「……でもベリルは……」
「……ベリルくんって、なんかいつも
うずくまったクロエは小さく頷いた。
「今はまだ向いてもらえないかもしれないけど……これからまだいっぱい時間はあるし、最近はクロエさんも大活躍してるって彼も嬉しそうに話してたよ?」
「ほんと……?」
「うん。クロエさんが婚約破棄されて、周りの人達から陰口で言われているのも……ベリルくん知ってるけど何もできないって……でも最近のクロエさんはとても楽しそうで、ここに来るといつも明るくて笑顔だって嬉しそうに話してたもの」
「……ベリルは……私と一緒にいて楽しいのかな……?」
「それは難しい質問だね……きっと今でも村に帰りたいんじゃないかな? でもそんなことを言っても仕方がないというか……過去を悩むより未来に向かって歩こう~ってね。私も……そうしようって決めたから」
「ディアナさんも……?」
「ええ。私にも……不相応なくらいとても素敵な婚約者がいるのだけれど……まだ向き合えてないから。しっかり向き合って……自分らしい……ううん。自分の本当の答えを出したいなと思うんだ。クロエさんもこれから見つけにいこう。ベリルくんとの関係も応援するよ!」
「ディアナさん……ありがとう……」
「ふふっ。それに私……すごく嬉しいんだ。だって……ベリルくんがうちのお父様から短剣をもらって……クロエさんのお父様からも短剣をもらって……それって、ベリルくんにとって私とクロエさんは同等な存在ってことでしょう? どちらが上でも下でもなく……伯爵令嬢としてじゃなくて、本当の意味でクロエさんと友人になれた気がしたから」
「……ええ。私もそう思うわ」
「ちょっと恥ずかしいけど……実は、私……友人と呼べる人がいなくて。クロエさんと仲良くなりたいと思ってたんだ」
「ふふっ。私も。ずっと昔から勉強ばかりだったから」
「クロエさんってとても物知りだもんね。何でも知ってるというか。すごい武器だと思う!」
「そ、そうかな?」
「町のみんなもとても頼りになるって言ってたわ。これからもクロエさんの活躍楽しみにしてるから! 私も負けてられない~!」
「ふふっ。うん。私にできることを頑張っていくわ。ベリルのことも……ちゃんと向き合えるようになりたい」
「そうね。でもベリルくんって相当鈍いよ? ちゃんと覚悟しないとね」
「……ええ。ベリルになんか負けないわ!」
元気になったクロエをディアナは優しい眼差しで見守る。
だが、自分の心の中に芽生えた婚約者への葛藤もまた大きくなるのを彼女自身も感じていた。
――【四章終了】――
農夫転生をここまで読んでいただきありがとうございます!
ここで四章終了になります~!
四章はいかがだったでしょうか?
作者的には怒涛の展開に次の展開にワクワクしながら書けてとても楽しかったです!
明日からは五章……ここからは街の発展やらがあり、六章にはまた大きな戦いがありそうな予感がしてます!(いかんせん、プロットなにそれの状態で書き続けているのでどうなるか私にもわからず、どうなるか自分が一番楽しみだという……笑)
まだ恋愛話が少し続くのでベリルを見守ってくださると嬉しいです!
そんな感じでまたのらりくらり書いていきますので、次章もぜひ楽しみにして頂けたら幸いです!
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