第65話 エンブラム伯爵
大都市エンブラムに着いたのはまだ日が真上に浮かんでいる頃だった。
俺はどこかに寄ることもなく、真っすぐエンブラム家の屋敷に突撃した。
「お久しぶりです。エンブラム伯爵様」
「…………」
相変わらず無表情でふてぶてしい態度でやってきた領主は、不機嫌そうに座り込んだ。
「此度、功績を上げて陛下からシャディアンという名と男爵位を頂戴しました」
「…………」
とりあえず自己紹介したので俺も座った。
「用件はなんだ」
「誤解を解きに来ました」
「誤解……だと?」
「はい。先日ゲイラが行ったことは紛れもなく許されない行為。それはクゼリア伯爵様もエンブラム伯爵様も十分承知のはずです」
「…………」
殺気めいた視線で俺を見つめる。相変わらずこの人はこういうのが得意そうだな。
「これでお嬢様の婚約者もいなくなったことですし、そろそろお嬢様を自由にさせてはいただけませんか? エンブラム伯爵様」
「貴様。言うようになったな」
「嫌だな~俺は元からこうじゃないですか」
「…………」
「俺は伯爵様に任された通り、彼女の身の安全を守るために尽力しました。その上、エンブラム家に汚名がかからないように決闘を受けただけです。そもそも決闘なんて言い出したのは他ならぬクゼリア伯爵側ですから」
「…………」
「ですから伯爵様も……クゼリア伯爵家に損害賠償を請求されてはいかがでしょう?」
「貴様は何をふざけたことを……」
「そもそもお嬢様を貶した上にエンブラム家を貶したのは向こうです。その上に勘当され追放されたことでお嬢様との婚約も破棄されました。それはエンブラム家にとっても大きな損失。それについてクゼリア伯爵家に問い詰めてもいいのではないですか? それとも……伯爵様は仲がいいから見逃しますか? 娘よりも?」
「…………あの娘は元より道具だ。そんなことよりも家の繁栄の方が大事だ。クゼリア伯爵との仲に決裂など許さん」
俺は懐にあった短剣をゆっくり取り出して、テーブルの上に乗せた。
「それは!?」
「ルデラガン伯爵様から直々に頂きました。シャディアン家の後ろにはルデラガン伯爵家がございます」
「…………」
「私としましてもお嬢様の姫騎士の契約期間がまだまだ残されています。その期間中にことを荒立てるつもりなどありません。伯爵様もこれ以上面倒事には首をつっこみたくないでしょう」
「……条件はなんだ?」
ようやく聞いてくれる気になってくれた。やはり……ルデラガン家がバックにいるってことが大きいみたいだな。
もしエンブラム家の暗部が俺を暗殺しようもんなら、バックにいるルデラガン家が黙っていはいないだろう。そうなればエンブラム家としても非常にやりにくくなるはずだ。
三つある伯爵家の中で最も権力が低いというのもエンブラム家だからな。
「お嬢様を自由にさせること。この一件でクゼリア伯爵家以外に責任を追及しないこと。俺に暗部を仕掛けたりしないこと。俺が生まれ住んだポロポコ村に手出ししたりしないこと。暗部のリンを返してもらうこと。以上の五件です」
これが通ればお嬢様もうちの村も安全だし、エンブラム伯爵家とクゼリア伯爵家にけん制もできて一石二鳥だ。
「…………なるほど。ならば、こちらからも条件を出す」
「えっ……?」
いやいや、それはちょっと予想してないが……?
「わ、わかりました。何でしょうか?」
「…………」
領主は元の落ち着いた光のない目に戻り、ふてぶてしい態度で俺を見つめた。
「我が娘のクロエと――――婚約しろ」
「…………へ?」
「さらに貴様は男爵になったと言ったな。学園を卒業して結婚するまでに子爵になっておけ。これが条件だ」
「ちょっ!? 待ってください! どうしてそういう条件になるんですか!?」
「くだらんな。全て貴様が提示したことだ」
「俺が……ですか?」
「貴様は我らにクゼリア伯爵家と事を構えろと言ったな。少なからず、この婚約破棄の一件を誰かに責任を負わなければならない。クゼリア伯爵家に負わせば我が家とクゼリア伯爵家の関係は悪化する。これまであった関係は総崩れだ。それでは我が家に百害あって一利なし。それを上回る条件が必要だ。元々あの娘は政略結婚の道具。貴様のような勢いがある貴族にならいいだろう。それにあと三年以内に子爵になれるなら尚更のことだ」
いやいやいやいや……それはあまりにも予想外だって……。
「まだ貴族になって浅いだけあって、貴様はまだまだ交渉が下手のようだな」
「くっ……」
「もし達成できなかった際には、エンブラム家の総力を持って――――貴様に報復をする」
まじかよ…………あの暗部……俺一人なら何とかなるとしても、村とかいろいろ守れるか? いや、それは何とかなるとして…………そもそもお嬢様はどうなる? リサが言った言葉じゃないが、卒業後に俺に捨てられるという言葉。俺ではなく父に捨てられ……酷い目に遭うのが目に見える。こいつは……平気でそういうことをやる人間だ。
「わ、わかりました……ではもう一つだけ。これは条件じゃなく、交渉です」
「ほぉ……?」
「現在、俺は王都のすぐ西にある廃鉱周囲の土地を受け貰いました。伯爵様も知っての通り、あの地は現在何もなく、ただの荒地と化しています。ですが、これから開発が進み、最大の観光地にするつもりです。三年後までに俺は子爵となります。ですから――――先に俺に投資してください。それならクゼリア伯爵家と仲が悪くなっても悪いことばかりではないはずです」
「利がないな」
「利ならあります。農夫から始まり、エンブラム家のお嬢様の姫騎士となり、今では男爵に土地まであり、この短剣まで頂きました。こんなことできる人はそうそういないと思いますが?」
「…………くくくっ」
わ、笑った!? てか、この人って笑えるのか!?
「貴様は中々に面白いな。ただの田舎の強者で自分の身分を理解しているものだとばかり思っていたら、隠れていたとんでもないトンビだったようだ。いいだろう。ならば、我が家の短剣も預けよ。三年以内に子爵位になり且つその地を貴様の理想の地に成長させてみろ。そして、我が娘を妻と娶り、エンブラム家に最大の貢献をせよ!」
珍しく感情を表に出した領主は、エンブラム家の紋章が入った短剣を一本渡してくれた。
まさかルデラガン伯爵家とエンブラム伯爵家がバックに付いてくれることになるとは。
だが…………俺がお嬢様と婚約……? 一体どうしたらいいのか…………。
いや、待てよ。よくよく考えてみれば、婚約しろとは言われたが、結婚しろとは言われてない。うんうん。きっとそうだ。
つまり、こうだ。全てが上手くいって、お嬢様も好きな人ができたら、最後の最後に婚約破棄して、お嬢様には向こうに嫁いでもらえば問題ないか。
よし、それでいこう。
何だかどっと疲れたが、俺はその足でとある場所に向かった。
もう一人、どうしても迎え入れなくちゃいけない人がいるからな。予想通りというか、すでに屋敷には居ず、売り払われたんだな……。
待ってろよ……リン。一人にはさせないからな。
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