第64話 開発開始
王都のディアナの屋敷に帰って来たのは、空がすっかり暗くなった頃だった。
その日の解散になったけど、ディアナはあの一件で少し思いつめているようだ。
そういや、ディアナって良くも悪くも思いつめるタイプのようだな。あのときだってみんなを守れなかったって思いつめていたし、ノアって男も待たせておけばいいのにな。
翌日。
朝一にアルに昨日の件を伝える。
「なあ。アル。昨日ルデラガン伯爵様に会ってきてさ。こういうの貰ってきたんだけど、どういう意味なんだ?」
俺は小さな短剣を前に出した。
「それは……ルデラガン伯爵家が君のバックに付いたという証拠さ。何があったとき、ルデラガン伯爵家が責任を取るという意志表示だ。まさか……俺よりも先に君がそれを手にするとは思いもしなかった……」
「ん? アルはこれが欲しかったのか?」
「当然だ。それがあるってことは、王国内の軍部全てが力を貸してくれると言っても過言ではない。王国内の軍に関わる全ての者はルデラガン伯爵の弟子みたいなものだからな」
まじかよ……あの人むちゃくちゃ強かったしな。それにディアナの父さんという割には、結構老けていたというか、六十歳くらいに見えてたもんな。
まあ、あれだけの大貴族。子供をたくさん産んでいるのかもな。
「なるほど。それを聞けて良かった。ありがとう」
「ああ。次は何をするつもりなんだ?」
「次はもちろん――――エンブラム伯爵様を何とかしないとね。ただまだ少し早いから先にうちの領地を整備かな」
「ほほぉ……ベリルはお金もかなり持っているのだな?」
「いや、全然ないぞ。ルデラガン伯爵様からたっぷり吸い取るつもりだが?」
「…………ベリルって本当に常識知らずというか……恐ろしいな」
「褒めても何もやらんぞ」
「褒めてない」
「ぐっ……」
ふと見たディアナは少し空元気だったが、それでも昨日程ではなく、普通に過ごしていた。
◆
授業が終わり、俺はお嬢様とディアナ、リサを連れて廃鉱の貧民集落にやってきた。
どうやら昨日のうちに兵士から新しい領主のことは聞いていたようで、俺がくると、すぐに全ての人達が集まった。
「初めまして。領主様。私はこの集落をまとめているスイランと申します……」
一番年長者って感じの女性だ。七十くらいのおばあちゃんかな?
「俺はベリル・シャディアン男爵である。これからこの地の領主となった。以後お見知りおきを」
「「「「ははっ!」」」」
みんな俺に向かって跪く。
…………あああああ! やめてくれえええええ! 俺はこういう待遇を受けたいわけじゃないんだからああああ!
「お嬢様。お願いがあります」
「うん?」
「あとは任せた!」
「え!? どうして私なのよ!」
「だって……俺が人の前で喋れると思います!? てか誰かに命令するとか絶対嫌ですよ!」
「領主でしょう!?」
「俺よりお嬢様の方が似合いそうじゃないですか! お嬢様ならできる! 俺は金だけ持ってきますから。と言っても、こちらのディアナさんの家から援助してもらうだけですけど」
「あなたね……はあ……わかったわ。でもどうしたいかくらい教えてくれないと、私の勝手にベリルの領民をどうこうするのは違うわよ」
「ひとまずの目標は生活力の向上ですね」
「そういうことならわかったわ。じゃあ、領民達の指揮は私が何とかするから。でも上手くいかなくても文句言わないでよね」
「もちろんです!」
溜息を吐きながらお嬢様は領民達に何かを話し始めた。
さて、次。
「ディアナさん。ということなので援助は変わらずお願いしますね。むしろ、今までバレないように我慢していた分、やっちゃっていいですよ」
「ふふっ。そういうところまでバレてしまったのね。ベリルくんならそう言うと思って、ほら!」
ディアナが指差した方向から無数の馬車が走って来た。
「おおお! さすがはディアナさんだ! 資材の件はよろしくお願いします」
「任せておいて!」
ディアナさんも見送り、リサと二人っきりになった。
少し離れたところから子供達が不安そうにこちらを見ていた。
大人達は事情を知っていても、子供達にとっては何が起きたのか理解するのはまだ難しいのだろう。
「リサ。頼みがあるんだが、子供達にお菓子を配ってくれないか? 大人はいいから」
「……それでベリルくんの助けになるの?」
「当然だ。子供とは領地の未来だ。そんな彼らを蔑ろにするのは愚の骨頂さ」
「わかった。じゃあ、さっきもらったお菓子を配るね」
「よろしく!」
リサが子供達のところに向かい、お菓子を配り始めた。
最初こそは警戒されていた子供達だけど、やはりお菓子の力は偉大だ。それに、リサって近寄りがたい雰囲気はあるけど、近づけば怖い人じゃないし、何なら可愛いのも相まってすぐに人気者になれると思ったのが大正解のようだ。
さて、一人残った俺はそれぞれの行動を見ながら領地の現状を把握する。
このままではとてもじゃないが、ここを町や村と呼ぶのは難しい。せいぜい集落か。
「ポチ。肉を調達するぞ」
「ガフッ!」
久しぶりにポチの背中に乗ってスキルを【サイズマリオネット】に転換し、技【ダブルテレキネシスサイズ】を使って森の中の魔獣を狩り始めた。
ここ周辺は人が少ないのもあって、魔獣の数が多い。しかも王都が近いのもあってそれ程強い魔獣はいないが、彼らにとっては十分強い魔獣かも知れない。
そういや、ゲームでは魔獣は倒せば定期的に復活していたけど、この世界の魔獣はどういう仕組みで復活するのだろうか?
仮にここに村を作ったとして、これだけの数の魔獣がいては自由に採取もできないだろうと思う。今度エヴァネス様に詳しく聞いてみるか。
その日はひたすら肉を集めて、領民達に全て与えることにした。
領民達は今までなかった多くの支援物資や食材に涙をして何度も俺達に感謝を口にした。
まあ、こういう恩を売っておけば、彼らは領民としてしっかり働いてくれると思うし、そうなれば集落から村に、村から町に成長したときにスムーズにことが運べると思う。
その日から俺達は毎日領地を訪れては、それぞれができることを精一杯やった。
ディアナは毎日のように物資を運んでくれて、どうやら自分が貯め込んでいたお小遣いまで全部使ってくれたみたい。これはいつか返せるときが来たら、利子も付けて返したいなと思う。
リサは子供達に大人気で、彼女もまた「リサお姉ちゃん!」と呼ばれることにご満悦のようだ。どうやらリサは純粋な子供達となら普通に話せるし接することができるようだな。これも……お嬢様やディアナと仲良くなったおかげかもな。
お嬢様に関しては、わりとむちゃくちゃな政治をしていたけど、何だかそれが様になるというか。こういう群れの先頭に立つ人がしっかり立っているだけで、みんなの士気が上がるようだ。
俺はというと、毎日狩りをして、食えない程の食材を確保し続けた。
◆
一週間が経ち、休日がやってきた。
「お嬢様。ディアナさん。リサ。集落をよろしく頼みます」
「「任せて!」」
「ベリル。リンを絶対に連れて来てちょうだい。メイドがいなくてとても不便なのよ!」
「はい。任されました」
お嬢様は最近では毎日のように朝と夜にリンの名前を口にするな。それくらい仲良くなっていたってことだな。
俺はポチに乗り込み、最後の決着をつけるために、王都の東にあるエンブラム伯爵家に向かって出発した。
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