第63話 前世と今世の感覚
俺とルデラガン伯爵様、ディアナだけで個室の練習場にやってきた。
さすがは武闘派というか、個室もちゃんとしていて、学園の個室よりずっと頑丈そうな壁と魔石により防壁だ。
「本当に軽めなんですよね……伯爵様?」
「おう! がーはははっ!」
いやいやいやいや、絶対に軽めにやる感じじゃないじゃん!
「さあ! 好きな武器を取るといい!」
いろんな種類の木製武器が並んでる。しかし、木製大鎌はない。
そういやこういうとき用に木製大鎌も作っておけば良かったな。
どれを使っても変わらなさそうだから、無難に長剣型木剣を選んだ。
「それでいいのか?」
「はい!」
「いいだろ。では――――行くぞ!」
構えただけですさまじい覇気が荒れ吹き、着ている服がなびく。
そして、一瞬体がぶれた伯爵は、一瞬で俺との距離を詰めて殴りかかってきた。
巨体とは裏腹に凄まじい速度だ……だが! 速度ならマスターアサシンでないなら負けるはずもない!
大振りの横薙ぎを木剣で防ごうとした。
俺の木剣と伯爵の木製大剣がぶつかる寸前、彼の攻撃から伝わる気配だけで、それがどれだけ強い攻撃なのかがわかる。
あ……これは大鎌じゃなければ相手にすらならないや。
予想通り、俺の防御も空しく、伯爵の無情な攻撃によって俺は練習場の壁にまで吹き飛ばされた。
「ん? お主。本当にディアナを救ったのか? その程度で?」
「いや……強すぎでしょう……」
「……ほぉ。あれを喰らってピンピンしているか」
ピンピンしてないわッ! めちゃくちゃ腕が痺れてる!
攻撃が当たる寸前で身の危険を感じて、武器を引き気味に相手の攻撃をいなしながら、受けて流れるように吹き飛ばされたからダメージは最小限だ。
クゼリア伯爵の元息子の部下と戦ったときに使った戦法と同じだ。
「はあ……伯爵様」
「うむ」
「俺だけ本物の武器を使ってもいいですか? もちろん――――手加減はしますよ」
「くくくっ。言ってくれるじゃねぇか。いいだろ」
よし。
ここで負けたらわざわざここに来た意味がない。俺がこれからやろうとすることは、ルデラガン伯爵の援助が絶対に必要だ。それがなければあれは遂行できない。
ブラックデイズを取り出した。
「…………なるほど。それが本当の姿というわけか」
「はい。木製の武器を用意しておらずすみません。今度は用意しておくようにします」
「面白い! かかってこい!」
「ではッ!」
舐めた戦いは許されない。そもそも相手が格上なのがわかる。
今まで自分が戦った相手の中で最も強い。
王都で会った騎士団長も強そうだったし、インペリアルナイトも強そうだったが、彼らよりも強い。というか王国で一番強い男と言っても信じるね!
そんな彼を相手に出し惜しみするなんて、失礼というものだ!
影糸を伸ばして一気に加速する。
一応相手は木製武器だし、こちらも大鎌の刃ではなく逆の棒の部分で殴りつける。
バギッ! とぶつかった衝撃が周りに広がる。
改めて伯爵の攻撃を受けてみてわかった。めちゃくちゃ重い! さっきの速度に目を見張るものがあったが、彼の本番は速度ではなく力。見た目通りというか、豪快な一撃が本命だな。
速度で上回る俺は伯爵と距離を取りつつ、止まることなく攻撃を与える。
伯爵は冷静に対応して防戦一方だが、その目は今にも隙を見張っている。
油断すればこっちがやられるのがわかるな。
何度も攻撃を与えるが、とてもじゃないがダメージにはならないか。
一瞬攻撃を緩める。
その隙を逃すことなく伯爵の豪快且つ素早い一振りが俺を襲う。
踏み込みから避けるのは無理。それは俺も伯爵もわかる。
だが――――それもまた狙いだ!
伸ばしていた影糸で体勢を強制的に変更して、伯爵の剣戟をギリギリの距離で通り過ぎるのを待つ。
その瞬間、伯爵と目が合った。
剣戟が通り過ぎたときに伯爵の腹部に付けていた影糸を操作して一気に懐に入る。
次にやるのは当然――――
「技【金剛】!」
狙い通り、伯爵の体から金色の淡い光が全身を覆った。
これを目掛けて全力で殴ったらこっちがやられるって知っている。
伯爵の職能は【英雄】。【剣士】系列から派生する通常ルートは二つ。剣を極める系の【剣聖】。身体能力を極める系の【英雄】だ。
その技の一つに数秒間、ほぼ無敵になるスキルがある。代わりに速度が凄まじく下がるのでカウンターや魔法に耐える一瞬に使うのがベストな使い方だ。
この技の弱点は速度が激減することによって、体勢を整えることができない点。一瞬だから距離さえあれば弱点にならない。だが、今のように彼の懐に飛び込んでこちらは何もしないで【金剛】が切れるまで待てるなら――――最大の弱点だ。
「ぬっ!?」
もう遅いぞ!
【金剛】が切れるジャストタイミングで、ブラックデイズの棒の部分で伯爵の腹部を強打した。
「勝っ――――え? は?」
俺の予想だと伯爵が吹き飛んでいるはずなのに、俺の強打を受けたのにも関わらず、その場に立ち尽くしている。しかも目を輝かせて俺を見下ろす。
う、嘘やろ?
「がーはははっ! お主、本当に強いじゃないか! がーはははは!」
あのまま殴られてるとこっちがかなり被害を受けていた。なのに、伯爵は大笑いをしながら俺の背中をバンバン叩いてくる。
「え、えっと……伯爵様?」
「がーはは! 合格じゃ! お主に賭けてみることにする!」
「まじっすか……あはは……嬉しいなぁ……」
「がーはははっ!」
何が嬉しいのか大声で笑う伯爵に、一瞬とはいえ勝ったと思ったのに全然攻撃が効かなかった俺の傲慢さに自信が無くなる。
はあ……合格ならいいか……目的は果たしたしな。
そのまま伯爵様に連れられ、強制的に食事会に参加することになった。
食事会では多くの人を紹介されたけど、全員を覚えるのは無理がある。
ただ、中で一人だけ名前を覚えることになった男がいた。
「初めまして。俺はルデラガン伯爵様の部隊の隊長をしているノア・スクイエラと申します」
「ベリル・シャディアンです」
「……ベリル様はディアナ様と一緒にここまで来られたそうですね」
「はい。俺の使い魔に一緒に乗って来ました」
「そうですか……失礼だとは思いますが、ディアナ様とはどういう関係で……?」
「ディアナさんとですか……? 同じ学園の学友です。俺が姫騎士を任されているお嬢様とディアナさんと友人なので」
「なるほど……」
やけにディアナのことを気にするんだな。
そのとき、ちょうどディアナがやってきた。少し申し訳なさそうな表情で。
「ノア様。お久しぶりです」
「ディアナ様。お久しぶりでございます」
お互いに深々と挨拶をする二人。
何だか二人ともぎこちないな。
「まさかこれほど早く会えるとは思いもしませんでした」
「そ、そうですね……私もです……」
ん……?
それからは当たり障りのない話をして、目を泳がせるディアナを見かねて、その場を後にした。
どうやら何か事情があるようだしな。俺に聞かれたくないのだろうな。
食事会は俺達の時間がないこともあり、手短に終わることになった。
伯爵とノアさんに何人かの兵士に見守られながら、俺はディアナと一緒にポチに乗り、大都市ブレイブリーを後にした。
「ずいぶんと仲良い人みたいだな?」
「……ノアさんのこと…………だよね?」
「ああ」
「…………仲……良さそうに見えた?」
「ああ」
「…………」
俺の背中に頭を付けるディアナ。
「どうした? あの人にあまり会いたくなかったのか?」
「……正直言うと、うん。ノアさん…………私の婚約者なんだ」
「ぶふっ!? そ、そうか。伯爵令嬢だもんな。それも仕方ないんじゃないか。というか、悪い人には見えなかったんだが」
「そうだね……とても良い人だよ。誠実だし、お父様の部隊で隊長までなったくらい強いし……」
「なんだ。良い人でよかったじゃん。おめでとう?」
「…………」
「……どうした? 気に入らないのか?」
「ううん。十分すぎるくらいありがたいんだけど…………」
何かを言おうとして言わないディアナ。
ああ。何となく理由がわかったな。
「前世の感覚が抜けないから、碌に付き合うこともない相手と結婚するのは嫌か?」
「…………正直に言うと…………うん。私……嫌な女かな……?」
「さあな~彼らからしたらそうかもな。ほら、うちのお嬢様も父に言われて人形妻になれとか言われたんだぜ? この世界の感覚からしたらそれが当然なのかもな。貴族生まれの女性に恋愛結婚なんて難しいんだろうよ」
「……うん。でも、お父様もノアさんも……私に好きな人ができれば、そちらを選んでくれていいと言ってくれて……でもそこまでして彼を待たせるのも申し訳ないなと思って……」
「ふう~ん。なるほどな。大体わかってきた。なあ、ディアナ」
「うん?」
「それなら――――待たせればいい。だって、彼が勝手に待つって言ってるんだし、もし待てないならそこまでの人として見限ればいいんじゃないか? もう少しわがままに生きればいいと俺は思うぜ。前世を引きずる気持ち、すごくわかるから」
「そう……だね。ありがとう。ベリルくん」
「おう。何かあったらいつでも相談してくれ」
俺達は一気に駆け抜けて、その日のうちに王都に帰ってきた。
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