第62話 もう一人の伯爵
「男爵になったとき、先日の決闘の件でクゼリア伯爵様から王都西にある廃鉱とその周囲の土地を頂けたんです。つまり……あの貧民街は全て俺の領民になりました」
ディアナは納得がいったように、歯を食いしばって頷いた。
「そこで、あの地で援助をしていたルデラガン伯爵様と直接交渉を行いたいです。なのでディアナさんにこれから俺と一緒に伯爵様のところに来てもらいたいんです。それと、ディアナさんを助けたときの謝礼もまだですからね!」
「ベリルって……意外にがめついのね」
「当然です。領主様に対しても同じだったでしょう?」
「そういえばそうだったわ」
「さて、ディアナさん? どうですか?」
「…………一つだけ聞いてもいい?」
「どうぞ」
「ベリルくんとしては……あそこに住んでいる領民達をどうするつもりなの?」
「彼らには――――苗床になってもらいます」
「苗床……」
「彼らがしっかり育ってくれたら俺にとっても大きな力になりますからね。そのために必要なものは何でもするつもりです。今回のルデラガン伯爵様に会うのもそのためですから」
「……わかった。少なくとも彼らを蔑ろにはしないってことなら、私も協力するよ」
「ありがとうございます。ではこれからディアナさんは俺と一緒にルデラガン伯爵領に向かうとして……問題はお嬢様をどうするか。ポチには乗せてもらわないといけないから……」
「それならうちに居てもらっていいよ。護衛もしっかりしてるからクロエさんもベリルくんも安心できると思う」
「それは助かります。お嬢様。ちょっと行ってきますから良い子にして待っててくださいね」
「むぅ……私は子供ではないわ」
「ディアナさん。ではよろしくお願いします」
「うん」
それからディアナのおかげでお嬢様は彼女の屋敷で休んでもらうことになり、俺と一緒にポチに乗り込み、王都を出発した。
◆
「わあ~! うちの馬より、ずっとはやい‼」
ポチに比べられた馬さん可哀想すぎる……。
それにしても……。
「ディアナ。そんなに抱き付かなくても……大丈夫だぞ?」
「へ? ま、まだ慣れないから……」
ポチに乗り込んだ彼女は、後ろから俺を抱きしめている形だ。
確かに少し揺れてはいるが、ポチの特殊能力なのか向かい風は全然来ないし、振り落とされる程に乗り心地が悪いわけでもない。何なら、ディアナや俺くらいならポチの背中に仁王立ちしてても振り落とされないと思う。
まあ……不安がるのは別にいいけど……こう背中に当たってるんだよな……決して小さすぎず大きすぎないちょうどいい感じの…………はあ……。まぁ、お嬢様のあの巨大なものに比べればまだマシだが。
ポチに爆速で走ってもらい、王都から真っすぐ北を目指した。
「うわぁ……もう着いた……」
「ポチ。ありがとうな」
「ポチくん、ありがとう!」
最初こそディアナを警戒していたポチだが、すっかり慣れたようで撫でられても拒否反応は見せない。
「さて、ディアナ。悪いけど伯爵様に会わせてもらえるか?」
「うん!」
王国北はさらに北にある帝国と面していて、王国内では『辺境伯』とも呼ばれているが、これはルデラガン伯爵に最大の賛辞を込めてそう呼んでいるだけで、あくまで位は伯爵であり、王国内の三大伯爵家の一つだ。
ルデラガン領の大都市ブレイブリー。
その城壁はまるで城塞都市を思わせるものがあり、ここが最も戦場に近い大都市なのが感じ取れる。
さらに屈強な兵士達も見え、大都市内部には武器を携帯した者達の姿も王都より見かける。
もちろん彼ら以上に商売に励む商人達の姿もまた大勢見かけることができた。
「王国内でも第二の都とも呼ばれるくらい賑やかな都市なんだ」
「これを見れば納得がいく。ゲームだと殺伐としながらも賑わってたし、帝国が近いから訪れる回数も多かったな」
「ベリルくんって帝国で活動していたんだよね?」
「ああ。ジディガル王国は開始こそ田舎で農夫で始めたんだけど、戦いに目覚めてからはずっと帝国だな」
「え……農夫からスタートしたの……?」
「ああ。ほら、スローライフを送りたかったから。現実でいろいろあったから」
「そ、そっか。ごめんね……?」
「いいさ。もう過去だし、今の俺は今の俺だから」
「…………君は強いんだね」
もしかしたらディアナはまだ前世の事を引きずっているのだろうか?
俺は……前世に未練なんてない。それに父さんや母さん、弟達に妹がいるこの世界が、俺にとっては一番居心地の良い世界だ。
もし前世に戻る方法があっても、俺は選ばないのだろう。
ディアナは……いつも明るい彼女ならきっと前世でも明るく友人に囲まれ、温かい家庭で育ったのかもな。
「ここがうちの屋敷だよ~!」
「うおぉ……屋敷じゃなくて城じゃねぇかあああ!」
首が痛くなるくらい見上げないと、尖った屋根のてっぺんが見えない。
「ここは元々別の王国の王都だったみたい。だから屋敷じゃなくて城なんだ」
「ディアナって……何だか王女様みたいだな。そういや辺境伯様と呼ばれているんだっけ? それなら実質王女様だな」
「あはは……そう見えるのかな……私はあまりそんな感じではいないんだけどね」
――――そのとき。
城の中から何人かの兵士がこちらに向かって走って来た。
「ディアナお嬢様!?」
「本物だ! すぐにお守りしろ!」
「領主様にもすぐに連絡だ!」
慌ただしい兵士達にディアナは「あはは……」と渇いた笑いをした。
衣装を着替えるように言われたけど断固反対したディアナは俺の隣から決して離れることなく、一緒にソファに座って待っていた。
「ディアナさん。近くありませんか……?」
「油断すると連れて行かれるから、ここじゃないとダメなの」
周りのメイド達が虎視眈々とタイミングを見計らっているのがわかる。
ルデラガン家って武家なのがわかるくらい、兵士達の質も高いが、メイド達もある程度武術を嗜んでいそうだ。
てか、そもそもレベルとか高そう。そういう教育をしているのかもな。
扉が開いて、一人の男が入って来た。
入った瞬間から、いや、その前からかなり強烈な気配がして、ねっとりとここにいる全員を包み込むような気配は、それだけで彼が強者であるのがわかる。
「お父様!」
「……久しいな。娘よ」
「ただいま。今日は急に戻ってきてごめんなさい。急な用事がありまして……」
男の視線が俺に向く。
それにしてもディアナの父は大きいな。
身長は二メートルくらいありそうだし、全身がムキムキで、見えている肌にも傷が見えているし、顔つきから雰囲気から気配まで全て歴戦の戦士な感じが伝わってくる。
「その男は?」
「初めまして。ベリル・シャディアン男爵と申します」
「シャディアン……? 初めて聞く名だな」
「はい。昨日
「なるほど。お主が我が娘や第三王子を助けてくれたベリルとやらだな?」
「その通りです」
「クククッ。わしを前にしても一切動じないか。娘を救えるだけのことはある」
まあ……普通なら身構えるけど、ディアナのお父さんだしな。ほら、友人のお父さんは怖くない理論……的な?
「本日は時間を作っていただきありがとうございます。あまり時間もないので本題に入らせていただいでも?」
「いいだろう」
お互いにソファに座り、出された紅茶で喉を潤わせる。
「実はあの一件の後にもう一つ事件が起きまして、クゼリア伯爵様の三男のことは聞いておられますか?」
「ああ。聞いている。奴らしくないヘマをしたものだ」
「その謝罪として、王都のすぐ西にございます廃鉱とその周囲の土地の権利を頂きました。現在……あの周辺は私の土地になっています」
「ふむ……」
「そこで今日来た理由としましては、伯爵様が貧民達に援助していたものを――――そのまま援助していただけないでしょうかという交渉に来ました」
じっと目をつぶって聞いていたルデラガン伯爵がゆっくり目を開けて、俺の目を真っすぐ見つめてきた。
それにしてもこの人……迫力すげぇな。
「元々行っていたことだ。継続することはやぶさかではない。だが、あの場をお主が開発するのなら話は別だ」
「当然――――あの場所は開発を進めます」
「その上でわしに援助を?」
「はい! 俺はまだ学生の身分。さらにエンブラムお嬢様の姫騎士をやっております。まだ領主として動けませんし、領民を私一人の力で
「わしに何のメリットがある?」
「あの地はこれから王国の物流の中心になります。さらに最大の観光地となる予定です。そうなると、シャディアン男爵家と繋がりがあった方が伯爵様もいろいろと便利でしょう」
「がーはははっ!」
伯爵の笑い声だけで部屋中が振動して、調度品が微かに揺れる。
「面白い男だな! 一体どこからそんな自信が出るのだ?」
「少なくともディアナさんと一緒にこの場に来て、アポイントもなくその日に伯爵とこうして顔を合わせた上で交渉が行える。これもまた実力だと自負しております」
全部嘘である。実はかなり大きな賭けだ。
てか、どこの馬の骨かも知らない男で昨日徐爵した男爵が実力があるとか口にするのはありえないと思う。
ただ……この賭けに出たのは、少なくとも彼には俺が娘を救ったという恩があること。そこにつけこみたい。
「面白い。だが、それだけでは不十分だ」
まじかよ……何か間違えたか……? てかちょっと甘く見すぎたか?
「わしと――――」
そしてとんでもない言葉が伯爵から放たれた。
「戦え」
「…………へ?」
「お主が我が娘を救ったという実力を見せてみよ」
あ……そういうルートは考えてなかったぞ……。
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