第61話 選んだ褒美、交渉
遠くからリンを担いでいく人が見えた。
間違いなく領主の諜報員だと思う。もし暗部なら俺を暗殺し掛けているだろうしな。
エヴァネス様のところに向かおうとしたけど、少し心が落ち着かないのもあって、ひとまず寮に戻った。
男子寮の前にくると、ポチの気配がして、庭に向かうとお嬢様がベンチに一人で座って、空に浮かぶ月を眺めていた。
「お嬢様。風邪引きますよ」
「…………ベリル」
「はい」
「私は……このままで本当にいいのかな?」
お嬢様の隣に座って一緒に空に浮かぶ月を見上げる。
「いいんじゃないですか? 悪いのは領主様ですし」
「お父様…………怒っているわよね…………」
「もうそれは……ブチ切れじゃないですかね」
「今からでも……」
「無理だと思いますよ。仮に俺が暗殺されたとてゲイラはもう帰ってこれません。できるのはケジメくらいですよ。それでお嬢様の現状が変わるわけじゃない。それに……言ったじゃないですか。お嬢様は俺が守りますって」
「……うん。じゃあ、命令よ――――メイドがいないととても不便だわ! 新しいメイドは信用できないからリンを取り戻してきて」
「簡単に言ってくれますね。でも……元からそのつもりですから安心して待っていてください」
「……わかった。信じて待ってる」
◆
翌日。
「アル。ちょっといいか?」
「構わないぞ」
「例の件、お願いしたい。それともう一つ頼みがある。できれば今日中に」
「わかった。言ってくれ」
そして俺はアルにとあることを話した。
アルは「ベリルらしくていいんじゃないか? クククッ」と腹を抱えて笑った。
◆
夕飯を食べて少し待っていると、馬車が一台やってきた。
予定通りに行ったようで何よりだ。
そのまま馬車に乗り向かったのは、アルが住まう王城。
すぐに王様の執務室で謁見をした。
執務室にいるのは、王様とアル、俺ともう一人の男が怒りに染まった表情で俺を睨んでいる。
「お久しぶりです。クゼリア伯爵様」
「…………」
おうおう。そんな睨まなくてもいいじゃないか。
「陛下。どうしてここにこの農夫がいるのでしょうか」
「クゼリア卿。先日、卿の
「っ……は、はいっ……」
「貴族の決闘という神聖なものに対して、卿の元息子は決闘に負けてさらに部下を仕掛けるという王国貴族にあるまじき行為をした。それは卿とて責任がある。彼に正式に謝罪をするのが筋というものではないか?」
王様に真っすぐ言われて苦虫を嚙み潰したような表情で肩を落として俺に向いた。
クククッ……! 生粋の貴族で伯爵家という最高位の彼が、ただの農夫である俺に頭を下げなければならないことに、笑みが零れてしまう。
彼の肩の奥に見えるアルが、ちょっと怒った表情を見せる。
アルや……笑うなって言ってもかなり厳しいじゃろ……こんな気持ちいいことなんてないんだからよ!
拳をすっと上げるアル。
はい。静かにします。無表情。無表情。
「ベ、ベリルとやら……不出来な息子が……すまなかった……」
「謝罪を受けます!」
「っ…………な、何か謝罪をこめて……欲しいものがあれば……」
「それなら――――王都のすぐ西にある廃鉱とその周辺の土地を全てください」
「廃鉱周辺の土地……? あの場所は……利用価値など……」
「クゼリア伯爵様の元息子とはいえ、伯爵様ご自身が行ったわけじゃないですから。伯爵様にとって不必要な土地をもらうのが一番良い形だと思います。俺も伯爵様と事を構えたいなんて思ってませんから。何せ、ただの農夫ですし」
「……わかった。だが、我が国は貴族でなければ土地の所有はできないぞ?」
「構いません。それに関しては――――陛下。以前アルフォンス様を助けたご褒美がまだ残っていると思います。私に――――爵位をください!」
「うむ。あのときは我が息子を助けてくれて感謝する。それに王子と伯爵令嬢二人を救った功績なら男爵位を与えられるにふさわしい。反対する者などいるはずもない。ベリル。其方に男爵位を与える」
「ははっ。ありがたき幸せ」
「うむ。ではこれから――――シャディアンを名乗るといい」
「このベリル・シャディアン。男爵として陛下に忠誠を誓います」
「うむ。これからも王国の貴族として王国の力を貸してくれ。クゼリア卿も本日は大儀であった」
「ははっ」
これで一件落着…………とはいかない。
執務室を出た瞬間、クゼリア伯爵が怒りに染まった表情で俺を睨み付けた。
「クゼリア伯爵様。今日中に契約書を送ってくださいね~俺は学園にいますから、そちらに送っていただければ届きますから」
「っ……ああ。わかった。それよりシャディアン男爵」
「はい」
「……これからは同じ王国の貴族……あまり勝手なことをすれば貴族社会ではやりにくくなるぞ」
「ご忠告ありがとうございます。さっきも言いましたが俺は伯爵様と事を構えたいわけじゃないですから。今回の一件は不幸の事故ですよ」
「…………いいだろう。今後は身の回りのことをよく考えることだ」
「はい。本日はありがとうございました」
頭を下げるとクゼリア伯爵は先に去っていった。
はあ……貴族も楽じゃないね。
以前アルに貴族にならないかと言われてもすぐに返事はしなかった。
だが俺がお嬢様を守れるとしたら、こういう方法を取る他なかったし、アルもそれを見越してのアドバイスだと思う。
つくづく……こんなすげぇやつが親友になってくれたのは嬉しいね。
だがここで終わりではない。むしろ――――スタートだ。
俺はすぐに学園の男子寮に戻った。
空はすっかり暗くなったというのに、驚くことに本当に今日中に廃鉱とその周囲の土地を譲るという契約書が届いた。
すぐにサインをして、俺は正式にあの土地の所有者になった上に、男爵となった。
◆
翌日。
朝一でお嬢様と一緒に食堂でご飯を食べる。
今日は学園が休日なので、学園は寮生達だけだからガランとしてる。
「あ。お嬢様。俺、男爵になりましたんで」
「……え?」
「昨日男爵になりました。あと、王都の西にある廃鉱とその周りの土地の所有者になりました」
「…………」
お嬢様が俺のほっぺをにゅーっと押してくる。
「おひょうひゃま、いたゃいでひゅ」
「やっぱり夢じゃないわよね」
「普通それって自分のほっぺをつねるんじゃ? ちょっ。待って。俺のほっぺをつねるな~!」
「ベリル? 一体何をしたらそんなことになるの?」
「まあ、いろいろありましたから。それと今日はちょっと忙しく動きますから、お嬢様も付いて来てください」
「私も? 構わないけど……」
俺とお嬢様は美味しい朝食を食べて、すぐに学園を出て、ある場所に向かった。
「ん? ここはどこかしら?」
「入ればわかります」
大きな正門の前に立つと、警備の人が不思議そうな表情で俺達を見つめた。
「どちら様でしょうか」
「ディアナ令嬢の学友です。こちらはクロエ・エムブラム伯爵令嬢です」
「!? 少々お待ちください。すぐにお繋ぎ致します」
待つこと二分程。
扉が勢いよく開くと、目を丸くしたディアナが出てきた。
「クロエさんにベリルくん!?」
「こんちは~ディアナさん。相談があって来ました!」
「う、うん! どうぞ入って!」
「お邪魔します~」
屋敷内は洋風な作りになっていて、白色の大理石が敷き詰められてとてもとても綺麗だ。
通路を進んだ先にリビングのような場所に付いた。
「最高級の紅茶を準備してちょうだい」
「かしこまりました」
「さあ、二人とも、こちらにどうぞ」
ふわふわした高級そうなソファーに座る。
お嬢様とは比べ物にならないくらい愛されてるのがわかるな。
お嬢様も珍しいようで周りとキョロキョロして部屋を見ていた。
「まさか二人が来てくれるなんて思わなくてびっくりしたよ」
「あ。そういえばベリル。私、まだ聞いてないわよ? どうしてここがディアナさんの屋敷だと知っていたのかしら?」
「先日、たまたま歩いていたらディアナさんと会ったんです。夜に女性一人にするわけにもいかず、送った場所を覚えてたんです。ディアナさんは夜のランニング中だったみたいです」
「…………ずいぶんと綺麗に言葉が出るわね?」
「そういうことにしておいてください」
「……わかった」
ディアナがあたふたしながら俺とお嬢様を交互に見つめる。こういうところがまた可愛いというか何というか。
「あまり時間もないので今日来た目的を先に言うんですけど、ディアナさん」
「は、はい!」
「俺、男爵になったんです」
「…………へ?」
「ほら、以前アルとお二人を救った褒美を陛下から賜らなかったんですよね。今回男爵位をもらうことにしたので、これから王国の男爵になりました。名前はシャディアンです」
「ええええ!?」
「私も今日初めて聞いたわ……本当ベリルらしいというか何というか……」
俺は普通にしてるだけだけどな……!
「お、おめでとう?」
「ありがとうございます。ただ……報告がしたいからここに来たのではありません。今日来たのは他でもなく――――交渉に来ました」
ディアナは少し目を丸くすると、真剣な表情で俺を見つめた。
美味しそうな紅茶が運ばれてきて静かに飲み、俺は交渉を始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます