第60話 とある暗殺少女の結末
◆リン◆
最後に彼が去るとき、酷く辛そうな表情をしていた。
彼は……不思議と誰とも関わろうとせずに、でも少し関係を持つと不思議なくらい優しくなる。
そんな彼を……私は裏切った。
領主様からの命令で、彼を始末するのが私に与えられた命令。
クゼリア伯爵様と領主様が会う前に彼を始末すれば、この一件を何とかできると判断したからだと思う。
領主様の暗殺部隊が全力で対応すれば、彼を暗殺することもできただろうけど、時間がないから私に命令が下った。魔剣【村雨】まで使用許可が出た程に、領主様は必ず彼を暗殺したかったみたい。
けれど……彼は私が想像するよりもずっとずっと強かった。
二年間も一緒に過ごしたはずなのに、彼の底力は見えていなかった。
でも…………これで良かった。
彼が傷つくくらいなら、私が失敗したかった。でも手を抜いたら絶対にバレる。だからできる限り……彼に本気で挑んだ。
その結果、私は望み通りに両手を失って魔剣まで奪われた。
これで……私は領主様に処分される。
もし私が彼に殺されていたら、彼にあまりにも残酷な記憶を刻むことになる。それだけはしたくなかったし、魔剣を奪われても両手があれば、また彼を狙わなければならない。両手がなければ……もう印を結ぶこともできない私はただの道具にしかならない。暗殺者として使い物にはならない。
彼ならきっと領主様の暗殺も何とか耐えて生き延びることもできると思う。
不思議と彼の周りには人が集まって、人が嫌いだというのにお節介で……かっこよくて……優しくて……。
女神様。どうか……私の命はどうなってもいいから、彼をお守りください……。
◆
私が彼に負けて、エンブラムに戻されてから何日も経過した。
両手と魔剣を失った私の処遇は、貴族の玩具として売り払われることになった。
処刑するよりもこっちの方で多額のお金を産み、私はこの先、地獄のような日々を過ごすことになるからという。
もし私が死んだと知ったら彼はきっと自分を責めるだろう。意外と彼はそういう性格だから。
それを思うと、処刑されずに済んで良かった。
私が……耐え続ければいいだけ。
彼を裏切った私に与えられる罰として……私を……初めて友と呼んでくれた……彼のためなら……どんなことも耐えられる。
また数日が経過し、私はとある建物に移送された。
周りのメイド達に体を清められ、綺麗だけど裾の短いドレスを裸のまま着せられ、顔も綺麗に化粧された。
豪華な部屋で待っていると、外が何やらざわめいたり、拍手の音が聞こえる。
「これからお前は競売に掛けられる。大人しく自分の魅力を伝えて少しでも金を吊り上げるんだな」
ああ……ここは闇オークションだったのね……。
懐かしいな……これで二度目か…………。
もう何年も前に、忌み嫌われている黒髪の私は村から追い出され、人攫いに見つかってしまい、売られてエンブラム家に引き取られた。
暗殺の素質があって次第に暗部の候補生として過ごしていたのが……少しだけ懐かしい。
「おい。117番。お前の出番だ」
117番は私に振られた番号だ。
少しでも……彼が憂いに思わないように、私は生きたい。
だから、自らの足で、部屋から二度目のステージに出た。
華やかな照明がステージを照らしているが、客席は真っ暗でみんな仮面を被っている。誰もが……卑しい視線で私を見つめる。
「本日の奴隷の一人です! 両手は失いましたが、非常に可憐で、何といっても――――黒髪でございます! さらに処女ですので、皆様の素晴らしい玩具になるでしょう!」
ああ……せっかくなら……彼に初めてをあげたら良かった。ううん。初めては……彼が良かったな……それだけが後悔かな……。
「ではこちら銀貨の一万ルンからスタートになります!」
「十万!」
「おっと! さっそく、大銀貨宣言ありがとうございます! 他はございますでしょうか!?」
それから次々と吊り上がる。
自分に値段が付けられていくのは……二度目と言ってもあまりいい気分がしない。
それでも……私は自分が選んだ道を堂々と生きると決めたから……。
そのとき、会場に澄んだ声が響いた。
「五千万」
その声に会場がざわめく。
「ご、五千万!? き、金貨五枚宣言がございました!」
でもそんなことより……その声は……。
前方に座っていたふくよかな人があたふたしながら「六千万!」と声を上げた。
「七千万」
「は、八千万だ!」
「一億」
「バ、バカな……欠損玩具に一億……だと? そんなバカな……」
「だ、大金貨宣言がございました! ほ、ほ、他の方は……いませんよね?」
司会の人すら声が震えている。
でもそんなことよりも何より……この声は…………。
一億を宣言した男はゆっくりとこちらに歩いてきた。
「時間がもったいない。支払いはこの場でさせてもらう。彼女は連れて帰るぞ」
そう話した男は、ステージに金貨十枚を乗せた。
ステージの照明によって輝く金貨を、司会が急いで確認する。
その刹那。私は彼と目があった。けれど、涙でどうしても彼の姿がぼやけて見える。
これは……彼を裏切った私への罰としての夢なの?
「おいで」
彼の澄んだ声が聞こえる。
「どうして……」
「ったく。来ないなら力づくで連れて帰るぞ」
次の瞬間、私の体は何かに引っ張られて、気が付くと、仮面を被った彼の顔が目の前にあった。
「司会さん。支払いに問題はありませんね?」
「は、はいっ! 問題ございません! こ、こちらか契約書でございます!」
「じゃあ、この女は俺のモノってことで」
彼は私を抱きかかえたまま、堂々と会場を後にした。
「気分はどうだ? リン。てかまだ泣いてたのか」
「ベリル……? 本当に……キミなの?」
「おう」
彼は優しく私の頬を拭いてくれる。
何度も……何度も……。
「手がないと不便そうだな。まあ、いつも生意気だし、ちょっとくらいはいいか。いや……ちょっとどころじゃなかったな。すぐに治してやるからもう少しだけ我慢してな」
「どうして……? どうしてキミがここに……どうして私を……」
「ポチ、よろしく!」
「ガフッ!」
「どうしてか……そもそも悪いのはリンじゃないしな。悪いのは全てあのクソ領主だし。それと、あの金もお前の金だから」
「私……?」
「ああ。二年も一緒に狩りをして、魔石は全部俺が管理してたからな。リンはいらないと言っていたけど、パーティーだし、普通に考えれば折半するのが常識じゃん。あの一億は全てリンの取り分だっただけ。だからリンが稼いだ金でリンを買っただけ。わかったか?」
「わからない」
そんな私のおでこをツンと突いた彼は、大きな溜息を吐いた。
「じゃあ、もう一回説明するからよく聞いとけ」
律儀な彼はもう一度同じことを説明してくれた。
知っている……けれど、それは私が望んだもので、そもそもパーティーも私が彼を見張るためだと彼も知っていたはず。それを鑑みてのことだったのに……。
「わかったか? また泣くなよ。てかそんな泣いたらそろそろ涙が枯れちゃうんじゃないのか? それともどこか痛いのか? ポーション飲む?」
その声にまた我慢することができなかった。
彼はいつもそうだ……人が嫌いだというのに……私のことも嫌いなはずなのに……いつも優しくて……。
「なあ。リン。この世界ってクソだよな。理不尽でさ。望む通りにいかなくて、力があっても自分より強いやつがうようよいて……俺達はそれなりに強いつもりだったけど、ちっぽけな存在だなって……だから決めたんだよ。せめて自分の手が届く範囲は守ろうってな。また力を貸してくれ。リンの力が必要だ」
「私……でも……キミを裏切って……」
「嘘つけ。わざと両手を切り落とさせて時間稼ぎしたんだろうが。全部知ってるからな。それと、お嬢様が待ってる。リンがいないって毎日怒ってるから何とかしてくれよ……それにいろいろ状況が変わったからさ」
「私、また……キミの隣にいていいの?」
「おう。むしろ頼む」
「…………うんっ……私も……キミと……一緒に……居たいっ……」
「ああ。泣くのはそれで最後にしてくれよ」
「うんっ……ごめん……」
「謝んなって。こちらこそ、来るのが遅くなって悪いな」
「ううん……全然……遅くないよ……」
彼は私の体を引き寄せて、優しく抱きしめてくれた。
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