第59話 暗殺、魔剣

 エヴァネス様のところに向かう前にベッドに横たわってお嬢様のことを思う。


 姫騎士は彼女が卒業するまでの契約。しかも、彼女ではなく彼女の父である領主との契約だ。


 特殊な契約は、途中で破棄することもできず、あるとするなら俺かお嬢様のどちらかが命を落とすこと。それもお嬢様が屋敷外で命を落としたら俺も一緒に死ぬこととなる。


 リサには伝えていないけど、エヴァネス様は何となく察してくれてる気がする。


 きっと、この世界の人族……中でも貴族のことをよく知っている口ぶりだったからな。


 そのとき、俺の影がゆらゆらと揺らいで、ポチが顔を出した。


 ポチが自らの意志で俺の影から……? てかそういうこともできたのか? 今までなら俺の命令なくして影から爪一つ出したことがないのに。


「ポチ? どうした?」


「ガフッ」


「…………そうか。遂に動いたか」


「ワフッ」


「教えてくれてありがとうな」


 ポチをなでてあげる。


 顔を出したままのポチが、再度自分の意志で部屋に出てきた。


 するとポチの全身がゆらゆらと不思議な揺れをすると――――地面に潜って影になった。まるで俺が【影移動】で動いている影のように。


「ポチ……お前……まさか進化していたのか」


「ワフッ」


 なるほど。影状態だと喋れるのか。


「その状態といつも俺の中に入っている状態とは違う影なんだな?」


「ガフッ!」


「なるほど……わかった。その状態はどれくらい維持できる?」


「ワフッ」


「まじかよ……動かないか誰かの影に憑依すればずっと……か。ははは……エヴァネス様からポチは大当たりだと言っていた意味がようやくわかってきた」


 リサの使い魔も相当大当たりに見える。何しろ、巨体による体当たりはポチをも凌駕しているのに、空を飛べるし、実はああ見えて非常に頑丈だ。俺のブラックデイズでも貫けるかすら怪しいくらいに頑丈だ。


 ポチと比べて強い点はあるが、さすがに速度に関しては完全にポチに軍配が上がる。そう思うと、うちのポチはスピードとアタックに特化した使い魔だ。まさに俺の【リーパー】系列の職能と瓜二つの性能だ。


「ポチ。悪いが……お嬢様を守ってくれるか?」


「ガフッ」


「ああ。心配すんな」


 また影から顔だけ出したポチを撫でてあげると、影になって離れていく。


 俺はその足で男子寮を出て、ゆっくり歩いて王都外に出た。



 ◆



 実は意外に夜一人で歩くのは久しぶりだ。


 空から差す青い月の光が暗闇を照らして静寂に包まれた森や遠くから聞こえてくる木の揺れ、葉っぱが動く音だけが静かに響き渡る。


 王都を囲む城壁からずいぶんと離れて、東の森に近い場所についた。


「そろそろ出てきたらどうだ?」


 俺の声に応えるかのように、前方の木の影から一人の女性が現れた。


「やっぱり気づいていたんだね」


「ああ。何だか懐かしいな? ――――リン」


「そうね。エンブラムでは毎日一緒だったのに……今ではほとんどキミと一緒にいる時間がないから」


「悪かったな。それで拗ねたのか?」


「…………」


 彼女はゆっくりと黒い短刀二振りを取り出した。


「それがお前の本当の武器か」


「ええ。今まで見せたことがなかったわ」


「残念だ。俺はリンのこと仲間だと思ってたのにな~」


「…………ベリルくん。私はキミのこと……仲間だと思ったことは一度もないわ!」


 少し冷える夜空の下。より周囲の気温が冷え込む程に彼女から放たれる殺気は本物だ。


 一瞬で距離を詰めてきた彼女の黒いオーラが立ち上る魔剣にも似た短刀二つが容赦なく俺に斬りかかってくる。


 右手にデュランデイズ、左手にブラックデイズ。彼女の両短刀を塞いだ。


「残念だったな。俺も――――見せてない本当の姿がこれだ!」


 スキル【エクスキューショナー】。


 俺が前世で進んだルートで、長年俺を支えてくれた古い友人のような、古い相棒のような存在だ。


「っ……!」


 彼女は【シーフ】系統の職能。その中でも上位である【くのいち】。忍術に秀でた職能だが、それよりも暗殺に長けた職能になっている。


 ゲームではイマイチ効果がわからなかったが、金属製武器をぶつけても音がしない・・・・・理由がわかった気がする。


 俺の大鎌と彼女の短刀が何度もぶつかっても金属の音一つ響かない。ただただ風に揺れる葉っぱの音だけが流れ、俺達は何度も何度も刃を交えた。


「忍術は使わないのか?」


「…………」


 使いたくても使えないのは知っている。


「あ、ちなみにポチはいないから安心しろ。お嬢様を一人にしておくわけにはいかないからな」


「…………」


「いつもならおしゃべりなのに、今日は静かだな。残念だよ」


 彼女がどうして俺を暗殺しようとしたのかくらい知っている。それにこの太刀筋…………本当に吐き気がするくらい……悲しいものだ。


 またリンと何度も刃を交える。


 次第に彼女の顔からおびただしい量の汗が流れる。


「その魔剣。あまり長時間使えるものじゃないだろ。そろそろ手放したらどうだ? 命くらいなら助けてやるよ」


「…………舐められたものね。でもキミはそういうところが甘いから私に負けるんだ!」


 次の瞬間、魔剣を地面に突き刺す。


 一瞬で俺の周りに黒い魔法陣が浮かび、鋭い黒棘が無数に俺に向かって生えた。


「知ってるさ。お前が強いくらい。それに――――意外と慣れてるんでね。対人は」


「う……そ…………」


 呆然とするリン。


 それも当然だ。必殺だと思っていた裏技を一度も見ることなく攻略されたら驚く。


 あの魔剣は【村雨むらさめ】というもので、切れ味こそ同ランクの武器の中では最下位だが、特殊能力があり、装着時に全てのアクティブスキルが使用不可になる。代わりに攻撃を与えた相手に剣戟ではない闇属性の防御無視ダメージを与えることができる。


 ただ、俺に効かない理由はたった一つで、俺のステータス抵抗の数値が50+200であり、デュランデイズの特殊能力で闇属性攻撃のダメージを強制的にカットしてくれる。その全てで闇属性の特殊な攻撃は全て防げる。


 さらに地面から突き刺した無数の黒棘だが、これにも明確な弱点がある。


 地面に広がっている魔法陣は、実は通常魔法と同じ魔法陣だ。普通に触れることはできないが、スキル【エクスキューショナー】には、それをぶった斬る技・・・・・・・・・がある。


「技【サークルブレイカー】。全ての魔法陣を切り裂き、発現を阻止できる技だ」


 リンはその場に剣を落とし、力が尽きたように崩れた。


 余程疲れたのか、息を吸う度に肩が上がる。


「命は助けてやるよ」


「…………っ!」


 もう力が残っていないはずの彼女は、俺に向かって体当たりをする。


 それが効くはずもないが……。


 いつものリンからは想像もできないような、力が尽きた彼女の体術は非常に遅く、俺に当たることもなかった。


「はあはあ……」


「もう帰れ」


「油断……したねっ!」


 次の瞬間、いつの間にか口に短い隠し刃を咥えた彼女が俺の懐に飛び込んできた。


 至近距離というのもあって、また俺の両手が大鎌で塞がれていたこともあって、避けることができなかった。


 だから――――






 俺は彼女の両腕を切り落とした。






「うぐっ……あぐ…………」


 痛みを必死に堪えて崩れるリン。


 そんな彼女は――――小さく笑みを浮かべていた。


「暗殺は失敗したな。お嬢様を守ってくれていたことと、今までよくしてくれたから命だけは助けてやる。でもその両手と魔剣は罰として俺が持って帰るぞ。奪いたければ、今度は仲間を連れてくるんだな」


 俺は地面に落ちた彼女の両腕と魔剣【村雨】の二振りをマジックバッグに入れた。











 これがお前が望んでいた結果なのかよ……。


 俺は彼女を置いて、その場から去った。

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