第58話 ライバル

「へぇ……ダンジョンの入口を防いだのがベリルくんの学友だったのね」


 エヴァネス様にダンジョンの建物の主がディアナだと伝えた。


「はい。ですので……」


「わかったわ。魔石回収がめんどくさいから建物ごと飛ばそうと思ってたけど、やめておくわ」


「あはは……助かります!」


 やっぱりエヴァネス様にちゃんと言っておいてよかった……!


「それで、ベリルくんはそのディアナという女と最近仲良くなったと」


「そんな感じですね……」


「ふう~ん。うちのリサちゃんを置いてけぼりにして?」


「っ!? い、いや……そういうわけじゃないんですけど……ほら、リサってクラスでずっと端っこにいるので中々……」


「……ベリルくん。男ならもうちょっとリサちゃんのためにできることがあるんじゃないかしら」


「はい……」


 てか、そもそもリサは勉強のために入学したんじゃないのか……?


「私としては、ベリルくんがうちのリサちゃんと仲良くしてくれるなら嬉しいわ」


「はい。それもあって、ディアナから毎日ダンジョンで一緒に狩りをしないかと誘われましたけど、断りました。リサと一緒に狩場を回りたいですし」


「そっか。それは偉いわ。じゃあ、これからも転移陣を使わせてあげる」


「ありがとうございます!」


 その日もリサと一緒に廃鉱で狩りを続けた。



 ◆



 翌日になってもう少し詳しくわかったことがあり、クゼリア伯爵令息であったゲイラは勘当され、王国から追放ということになったらしい。しかも縁まで切られたことで、彼はこれから自力で生きていかなければならない。


 あれだけ俺様は貴族様と言っていた彼にどういう未来が待っているのだろうか。


 ゲイラ一派の生徒達もどうやら決闘を貶したということで、首謀者である大柄の男だけ国外追放で、他の生徒達は貴族位を剥奪されて三年間強制労働の刑になったらしい。


 それもあってアルが元々座っていた席と、その後ろにいたゲイラ一派の席がガランと空いてしまった。


 ふと、授業中のリサがどうしているのか目で追ってみた。


 準男爵組は基本的に全員が仲がいい。それは貴族派閥の問題もあるが、みんなが平民に近い感覚があるし、仲間意識も強いからだ。それなのにも関わらず、リサだけが浮いており、周りの生徒達も彼女はあまり意識していない。


 一番後ろの席で一人だけポツンと教科書を覗き込んでいるリサが、少し寂しく思えた。


「ねえ。ベリルくん」


「ぬお!? ディアナさん?」


「リサさんと仲良いみたいね」


「え、ええ。まあ、幼馴染です」


「そうだったの!? じゃあ、一人にしないで連れて来たらいいんじゃないかな?」


「ん……多分彼女が嫌がると思います。みんなの前に出るの嫌うので」


「もったいないわよね。可愛いのに」


 確かにリサは可愛いけど、ディアナが言うとちょっと嫌みっぽく聞こえてしまうから美少女ってすごいなと思う。


 そういやリサって午後の授業の方が大丈夫だろうか? 魔法科だろうし……実技だってあると思うが、いろいろめんどくさいことに巻き込まれていないのだろうか?




 午後の授業。


「あれ? リサ? どうしてここにいるんだ?」


「ベリルくん……助けて……」


 すぐに俺の後ろに隠れるリサ。そして、満面の笑みを浮かべるディアナ。


「ディアナさん?」


「連れてきてみました!」


「いや……ここ魔法科じゃないですし……」


「ん? 彼女、魔法科じゃなくて図書室で自習していたわよ?」


 図書室で自習……というのは、授業を受けたくない生徒のためのものだ。


 というのも、貴族学園は専門分野の授業もあるが、商人系の授業は存在しない。そういうことを学びたい生徒は図書室で自習をするという選択肢が用意されている。がしかし、リサは魔法科だとばかり思っていた。


「ポチ~おいで~」


 ポチを出してあげてリサを守るように囲んであげた。


 もちろん、それを見たお嬢様の目からは炎が灯る。


「リサ。いつも自習してるのか?」


「うん」


 あはは……あれか。教師から学ぶものとかなさそうだもんな。エヴァネス様に教われば十分だろうしな。


 しかも普段の戦い方を見てると、魔法使いの中でもかなり強い部類だろうから、一年生だと学ぶものもなくて退屈するのかもな。


「リサさんが暇そうにしてたから――」


「勉強してた」


「――ベリルくんにべったりできるって言ったら連れて来れたよ」


「あはは……」


 リサもまためんどくさい人に目を付けられてしまったな。


「リサさん。一緒に体を動かしましょう!」


「やだ」


 ん……? リサがちゃんと意思表明を……した!?


「さあ、ここにいればベリルくんも近くですよ!」


「うぅ……」


 ちらっとお嬢様を見るリサ。


 この二人、あの日からずっと仲が悪い。まあ、ほぼリサが悪いんだけど。


 そのとき、俺の腕にしがみついてきたリサは、お嬢様とディアナに向かって、またとんでもないことを解き放った。


「学園が終わったらベリルくんに捨てられる女達」


「リサ!? 待て待て!」


 その言葉にお嬢様もディアナも表情が凍り付いた。


 どうしてこの子はいつもこういう棘のある言葉を……って悩んでる場合じゃなかった!


「お嬢様! ディアナさん! リサは悪気があったわけじゃなくて……その、ちょっと表現が独特なだけです!」


「そこまで言うからには、はっきりとさせようじゃない!」


「お嬢様!?」


 怒ったお嬢様がリサの前に仁王立ちする。


「少なくとも私は貴方より――――うちのベリルのことを知っていると自負しているわ!」


「っ! わ、私の方が……ベリルくんを知ってるから!」


 …………なんつう不毛な戦いだ。俺を知ってる知らないとか何の関係が……いや、そもそも俺に捨てられるとか何とかの前に卒業したら、みんな大人になってバラバラだろう……。


「はいはい! じゃあ、私が問題を出すからクロエさんとリサさんで勝負しますよ! 判定はベリルくん本人で!」


 うわぁ……これ、俺の選択肢はないよな。てか……どちらの判断をしてもお嬢様とリサという負けフラグでは!?


「では一問! ベリルくんが好きな食べ物は?」


「「…………」」


 …………。


 …………。


 二人とも手を挙げない。


「はい。次の問題です!」


「やめてくれ! それ以上は! 俺の心のダメージがああああ!」


「だって、ベリルってば、何を食べても美味しそうに食べるんだもの」


「ベリルくん……何でも好きそうだから……おばあちゃんの料理全部好き……」


「一問は引き分けで! では次の問題! ベリルくんが好きな女の子のタイプは?」


「「妹かな?」」


 二人の声が被る。


「うちのソフィア世界一可愛い……ソフィアに会いたくなってきた……帰りたい……」


「二問も引き分け! では最後の問題です! ベリルくんが休みに真っ先にやることは?」


「「狩り」」


 またもや声が被った。


「あぁ……今すぐにでも狩りに行きたい……レベリングに……」


「最後も引き分けです!」


「引き分けでは勝負にならないわ」


「ふふっ。クロエさんもリサさんも、ベリルくんのことはとてもよくわかっていて羨ましいです。私はまだベリルくんのことはよくわからないけど、こうして二人にとってベリルくんが大事だってわかったから」


 二人に近付いたディアナは二人の手を握り、握手をさせる。


「ベリルくんを思う心は変わらないもの。きっと仲良くなれるよ。私も仲良くしたいし! それにリサさんは卒業後は捨てられるって言ったけど――――私は多分そうならないと思うよ」


「……?」


「ベリルくんはクロエさんをとても大切にしてるし、リサさんだってとても大切にしてるから。捨てるとか捨てないとかじゃなくて、ちゃんと二人を見てくれると思う。だって、ベリルくんの優しさは誰よりも二人が知っているんじゃない?」


「それは……」


「当然ね。それにベリルは私の姫騎士だもの!」


「卒業すれば終わる」


「なら――――卒業が終わっても姫騎士になってもらうわ」


「またベリルくんを縛るつもりなの?」


「……ううん。そんなつもりはないわ。姫騎士になってもいいと思えるように頑張るだけ」


「負けない」


「私もよ。でも……」


「?」


「今の私では何一つ勝てそうにないのも事実。だから今はできることをやるわ」


「……負けない」


 お嬢様がそんなことを思っていたとは知らず、少し驚いた。


 まあ、嫁ぎ先を奪うきっかけを作ったのも俺だし、そこら辺はそれなりに責任を取らないとな。お嬢様が無事に自分が進みたい道を進めるように。


「これからライバルとして気持ちをぶつけるためにも、ここで稽古よ!」


 ディアナに乗せられて、リサも結局は木剣を握ることに。


 しかし、あまりにも当然というべきか、リサはすでに高レベルなのもあって、お嬢様を子供のように扱っていた。


 ただどこかお嬢様の動きに合わせて手加減をしつつ、彼女に合わせた打ち合いをする。


 仲がいい程喧嘩するとか何とか。


 ひとまず、お嬢様とリサが少し打ち解けるようになったのは良かった。


 最初から二人には仲良くしてもらいたいこともあったからな。


 ふと、ディアナが「一つ貸しだよ?」と言わんばかりの視線を俺に送っていた。


 はあ……ディアナの一番の狙いはたぶんこれだな。




 そして、その日の夜。


 遂にクゼリア伯爵令息の件が領主のところにバレたことで大きく動くことになった。

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