第57話 事情

 翌日。


 久しぶりに講堂に集められて新しい校長が自己紹介をした。


 何と言うか……前任の老人校長とあまり変わった感じはなく、話してる内容や雰囲気も似てて、貴族学園の校長って天下り先のような気がしてきた。


 その日の午後の授業の時間となった。


「え。ディアナさん? 今日もですか?」


「うん! ダメ?」


「はい。ダメです」


「どうしてよ!」


「次の出番はアルですから」


「そっか……確かに私ばかり独り占めしてもいけないね……わかった。じゃあ、今日はクロエさんを誘ってみようかな!」


 ようやくディアナとのタイマンがひと段落して、アルと一緒に個室に入った。


「ディアナ令嬢と上手く行ったみたいだな?」


「ん? ん~そうでもないんじゃないかな。何かが根本的に解決したわけじゃないし。でも彼女が抱えてた悩みは少し知ることができたし、また彼女らしく頑張るんじゃないか?」


「……ほお~昨日までそんな素振りはなかったのに、ベリルはいつの間にディアナ令嬢と?」


「ぬあっ!? い、いや、ほら、昨日夜たまたま外を歩いてたら会ったんだよ。そのときちょっと話したんだ」


「へぇ……夜に、たまたまね……」


 いや、本当にたまたまだから! まさかあのダンジョンにいるとは思わなかったから!


 そういや、あのダンジョンを覆う建物は彼女の家だったよな。


 彼女は前世の知識を使ってわざとあそこに建物を建てたのか。


 ちょっと理由が気になるから今度聞いてみよう。


「それはそうと、アルも俺とタイマン希望なのか?」


「もちろんだ。俺も今日まで訓練を疎かにしたことはない。レベルもしっかり上げてきた。そんな俺がベリルにどれだけ通用するか試してみたい」


「わかった。ただ、一つだけ言っておくぞ」


「うむ」


「俺は――――たぶんめちゃくちゃ強いから、気を病むなよ」


「……ああ。知っている。あの日、気を失う前にあの魔獣から感じたプレッシャーは相当なものだった。少なくともボス魔獣クラスと思われるが、あれを一人で倒せたみたいだしな。騎士団長と戦うつもりで挑む」


 騎士団長ってあの大剣のおっさんか。あの人もめちゃくちゃ強そうだったもんな。今の俺では……彼に勝つことはほぼ不可能だろう。そもそも彼が持っていた大剣からして、最高ランクのレジェンダリア級の装備に見える。


 となると、まだそこに手が届かないブラックデイズやデュランデイズでは相手にならない。その上に俺の職能はまだ【グリムリーパー】。まだリーパー系列では中位だ。もう一段階上げないとかなり厳しい。


 ディアナも職能【勇者】とは言っていたけど、それはまだ進化する前だから、今の俺に手も足もでないが、仮に次の進化先だったなら、あの魔獣も完封しているだろうし、俺も勝てなかっただろう。彼女もそれは知っているはずだ。


「わかった。じゃあ、いつでもかかってきてくれ」


 一度深呼吸したアルの表情がいつもの優しいものから、戦士のものへと変わる。


 アルも重いモノを背負っているようだな。


 それからアルとのタイマンが始まり、ディアナ同様――――ボコボコにしてあげた。



 ◆



 その日の夜。


 ちらほらカップルが離れたベンチに座ってる中、俺はお嬢様と二人っきりでベンチに座っている。


「やっぱりポチが一番ね~」


 気持ちよさそうにポチを撫でるお嬢様。


 うんうん。うちのポチのモフモフは最強だからな。よくわかる。


「それで? わざわざベリルから呼んだのはどうしてかしら?」


「えっ。お嬢様が……鋭い……だ……と」


「殴られたいの?」


「ぼ~りょ~くはんた~い」


 お嬢様が肘で俺を突いてきた。


 結局殴られたんですけど!?


「お父様の件ね」


「はい。アルから聞いた通り、ゲイラ氏の勘当が決まりましたし、お嬢様の婚約も自然と破棄ですけど、肝心なクゼリア伯爵との関係を拗らせたのは俺ですから」


「違うわ。ベリルじゃなくて、ゲイラ自身がやっただけ」


「――――と言っても領主様は許してはくれないでしょうね」


「……うん」


「そこで俺から一つ提案があります」


「……いいわ。全部ベリルに任せる」


「えっ? 内容、聞かないんですか?」


「……ふふっ」


 ポチを無心に撫でまわしていた手が止まり、彼女は笑顔を浮かべて俺を見つめた。


「私が困ったらいつでも助けてくれるんでしょう? 私は……信じているだけだから」


 あの日、きっとこうなるとわかっていたんだろうな。それでもお嬢様は自立を選択した。ならば……それに応えるのが姫騎士というのもだ。


「全てお任せください。お嬢様が学園を卒業する日まで何があっても守り抜きますから」


 …………契約はお嬢様が学園を卒業するまで。卒業後のお嬢様は……どうなるのだろうか?



 ◆



 翌日の午後の授業。


 今日はアルじゃなくてディアナの出番だから、二人で個室にやってきた。


 目を輝かせるディアナに苦笑いがこぼれる。


「二人っきりだから普通に呼ぶからな」


「うん!」


「そういや、一つ聞きたかったんだけど、あのダンジョンのこと聞いてもいいか?」


「ダンジョンがどうかしたの?」


「ほら、建物って“ワールドオブリバティ”には存在しなかったから」


「あ~あれはね。言い訳だよ」


「言い訳……?」


 訓練を始める前に個室の中央で地べたに座って話すことに。


「前にも少し言ったけど、廃坑町の貧民集落があるでしょう? 元々王都に住んでる貧民達だったんだ。ベリルくんも気づいていると思うけど……この国は貴族が全ての権利を掌握してる。平民達は虐げられているんだけど、それがあまりにも当然のような感じなんだ」


「ああ。うちも農夫一家だから痛い程思ってるよ」


「うん……それを異常だと思ってる人が一人もいないんだ。そこで、私なりにいろいろやってみてわかったことがあって、何とか意識改革ができることがわかったんだ」


「意識改革……」


「たとえば、うちのお父様も他の貴族程ではなかったけど、平民のために生きるなんて思わなかったんだ。でも民がいなければ私達は生きていけない。【ノブレス・オブリージュ】を説明したら理解してくれて、今は民を大事にしてくれる貴族になったの。でもそれで…………」


「ディアナが気に病む必要はない。俺も貴族達の考え方が好きじゃないからな。ディアナの考え方、努力、すごく立派でいいと思う」


「ベリルくん……うん。ありがとう……」


「お、おい! 何故泣く!?」


 急いでハンカチを彼女の頬に当てた。


「中々わかってくれる人がいなくて……最近ベリルくんのせいで泣いてばかり……」


「俺が悪いみたいな言い方しないでくれ!」


「えへへ。ごめんなさい」


「お、おう……」


「それでね。王都中の貧民達を何とかしたいなと思ってて、言い訳をいろいろ考えて、私が学園に通うための屋敷を建てるって言い訳であそこに建てることにして、貧民達が追い払うことにしたの。せっかく追い払うなら王都近くで建物もまだ使える廃坑町がいいなと思って」


「……ノブレス・オブリージュどこいった」


「王都にいるよりいいでしょう!? それに私のお小遣いで支援しようと思ってたんだよ。なのにお父様が、王都中の貧民を追い払ってしまおうと言い出して……貧民達に支援までしてくださったんだ」


 それって……意識改革のせいというものか? それとも……意識誘導の可能性があったりする? そもそも【勇者】は世界にたった一人だけだという。ならば、好意を持った人から好かれても何ら不思議ではないか……?


 いや、まだ確証が持てないのにディアナを意識誘導や思考誘導などを行う詐欺師のようなモノだと断定したりするのは早計だ。


 それに意識改革については俺もいろいろ気になることがある。


 少なくともお嬢様が貴族の娘として覚悟を決めていたのに、今ではその枷から外れている。


「お父様も何か目的があったのかはわからないけど……でもおかげで王都から虐げられる貧民が消え、あの場所に屋敷を建てたおかげでダンジョンも発見されてめでたしめでたしって感じになったよ」


「発見されたんじゃなくて発見させたんだろ?」


「そう~とも言うかな!」


「それまでダンジョンは見つかってなかったんだよな?」


「私が調べた感じだと、誰も入った形跡はないかな? 初めて見たのがベリルくんだよ?」


「なるほどな。まあ、使われてなくて有効利用ならいいんじゃないか。独り占めした鬼畜奴もいるもんだなと思ってたから」


「酷い!」


「内情を知らないとそう思うだろ!」


「えっと、ベリルくんさえ良ければ……毎日一緒に……」


「あ、それはやめておく」


「…………」


「ごめん。言い方を間違えた。出来ないと言った方が正しいか?」


「出来ない……?」


「まあ、俺だっていろいろあるんだよ。男の子だから」


「それは女の子だもんのネタでしょう~懐かしい~」


「くくっ。本当に懐かしいな」


「うん……またたくさん話したい!」


「おう。まあやることはやるか。事情がわかったんならタイマンの仕方とかいろいろ教えるよ。俺で良ければ」


「ほんと!? すごく嬉しい! お願いします! ベリル師匠!」


 師匠……か。そんな大した者になるつもりはないが、彼女には俺なんかと比べものにならない重い物を背負ってる気がするし、少しくらい付き合ってやってもいいか。

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