第55話 悩み、運命
訓練個室を出る頃には、ディアナ令嬢の顔色が真っ青になっていた。
「ディアナさん。あまり気に追い過ぎず、自分のペースで強くなっていくといいです」
「うん…………」
これ、絶対に気にしてるな。
手加減してあげても良かったけど、それはそれでどの道バレるし、彼女がタイマンがしたいと言い出した時点で、もう負けフラグなのでは?
お嬢様と合流した。
「……ねえ。ベリル?」
「はい」
「やりすぎてない?」
「まさか~彼女の望み通りにしたまでです。それに下手に手加減してたらもっと傷つくんじゃないですか?」
「……それにしてもベリルってディアナさんより強いのね」
「当然でしょう? お嬢様の姫騎士なんですから」
「そ、そうか」
アルと何かを話していたディアナ令嬢が彼に向かって深々と頭を下げた。
まさか……。
やってきたアルが耳打ちをする。
「なあ、ベリル」
「断るっ!」
「あの顔を見て断るなよ!」
「はあ……アルがやってあげたらいいじゃん」
「俺では彼女に圧勝するなんて不可能だ。お前にしかできないぞ。ベリル」
「くう……絶対こうなるのもわかってたから嫌だったんだよな……」
「頼むぞ。親友」
「へいへい……やれるだけやりますよ……」
その日の夕食会場にディアナ令嬢の姿はなかった。
◆
その日の夜。
リンが訪れてきたので、暗い夜空の下、二人で庭のベンチに座る。
まさかこんなにも早く庭を利用する日が来るとはな。
「ねえ。ベリル。やりすぎよ」
「……知ってる」
「せっかくあの人達を刺激しないように負けたフリとかしたじゃない」
「いや~ま~そうなんだけどさ」
「まもなく領主様の耳にも届くはずよ。許されるはずがない」
リンが言いたいことは痛い程わかっているつもりだ。
普通の貴族の娘なら父に連れられ多くのパーティに参席したりする。自分の娘として紹介されるが、お嬢様に限ってはそういうものがない。
あの領主からしたらお嬢様は最初から人形で、ただの駒。クゼリア伯爵家の三男の飾り妻用の娘だ。
「なあ。リン。これから何が起きると思う?」
「……お嬢様の強制送還。奥様にも責任追及はあるだろうし、ベリルの村への免税も終わったら地獄が待っているんじゃないかな。むしろ……それくらいで済めばいい方だと思う……」
「やっぱりそうなるよな。でもまぁ……お嬢様が決めたことだ。何とかするよ」
「っ! キミね! 自分が何をして今どんな立場かわかってる!?」
珍しく怒り出すリンが俺の腕を掴んだ。
本気で俺を心配しての言葉なのがわかる。
「リン。ありがとうな」
「……はあ。ねえ。ベリル?」
「ん?」
「……あたしと逃げない? 王国から出てさ。帝国とかさ。二人で生きていくのもそう難しくないでしょう?」
「すまん。俺はお嬢様を守るって決めたからな」
「……わかった。でも、あたしでは何の力にもなれそうにないわ」
「いやいや、お嬢様の隣で守ってくれていて十分助かってるよ」
「領主様も黙ってはいないと思う。きっと……」
「ああ。それまでに何とかするよ」
リンは無理に笑みを見せて、女子寮へと戻っていった。
◆
数日後。
毎日の風景が変わることはなく、毎朝起きてお嬢様と一緒に学園に行き、午後からはアルではなくディアナ令嬢と毎日稽古の日々を送る。
そんな彼女は毎日のように疲弊した顔へと変わっていった。
何が彼女を追い詰めているのかくらい何となくわかるが、俺がどうこうできるものでもない。
その日も随分と青白い顔色をしていた。
「ねえ。ベリル……」
「はい」
「……ディアナさん。大丈夫かしら」
「大丈夫……ではなさそうですね」
「もう少し上手くできないの?」
「いや、俺が上手くするとかそういう次元の話ではないんです」
「ん? どういうこと? ベリルに勝てないからじゃないの?」
「ええ。俺に勝てないからで合ってます。合ってますけど、その本質は違います。彼女は、俺に勝つということよりもみんなを守れる力がないことの方がしんどいんだと思いますよ」
「みんなを守れる力……それって……」
「ええ。あの日、魔獣にコテンパンにやられてますからね。だから焦っているのもわかるし、本人も理解しているんでしょうけど、心が許さないのかもしれませんね」
「それを知ってるならどうして何もしてあげないのよ」
「お嬢様。以前にもお伝えしましたけど、俺は誰かの人生を変えるつもりはありません。それはお嬢様に対してもです。命に関わることなら全力で守りますけど、守ることと悟らせることは違います」
お嬢様がジト目で俺を見つめる。
「それっぽく言ってるけど、ベリルだって私を悟らせたじゃない」
「いえ。お嬢様の心が死ぬ前に守っただけです」
「なら彼女の心は死んでも良いって言うの!?」
「……正直、俺にとって彼女は大事な人ではありません。彼女がこの先どういう未来に向かって走ろうと、干渉したいなんて思ってないです」
「…………」
「冷たいと思いますか?」
「……ううん。ベリルの立場からすれば、ディアナさんと接点なんてまずなかったもの。じゃあ、私から命令するわ。ディアナさんを……わ、私のお友達を元気づけてやって!」
「いやです。それはお嬢様がやってくださいよ」
雪原に住まう雪男すら凍らせるんじゃないかってくらい冷たい視線を送るお嬢様。
そもそも俺がどうこうできるものじゃないでしょうに……いや、方法がないわけじゃないけど……リスクが大きすぎる。
「……私、彼女が……初めてのお友達なのよ。辛そうにしてるところ……見たくないわ」
「はあ、わかりました~できるだけ頑張ってみます~。でもお嬢様も頑張ってくださいよ」
「わ、わかったわ! リンにも聞いてみる!」
リンに聞いても良い答えが返ってくるとは思えないが……。
その日も夕食会場にディアナ令嬢の姿はなく、俺達は誰もいない前方を見ながら黙々と食事をした。
夜。
エヴァネス様の家にやってきた。
「あ~ベリル~お願いがあるの~」
「エヴァネス様~! 何なりとお申し付けください!」
「ふふっ。ポチみたいね」
「ポチと呼んでください!」
「さあ、ポチ。魔石を取ってきてちょうだい」
「魔石……ですか?」
「ええ。王都中から魔石がごっそり回収されちゃって、中々買えないのよ。タイミング悪く魔導機械達の魔石もそろそろ切れそうなの」
「ふむ。わかりました。となると……リサ、すまん。王都地下ダンジョンは俺一人でしか入れないから、今日はお留守番だ」
「は~い」
俺は一人で王都地下ダンジョンに向かった。
王都外れにやってくると、相変わらずデカいビルが建っている。
そりゃそうか。壊れない限りずっとここにあるしな。
ひとまず、前回同様に技【影移動】を駆使して隙間から建物の中に入った。
地下にあるダンジョンへの神殿の奥から、クリスタルを使いダンジョンに入る。
景色が変わり相変わらず赤色を帯びた洞窟の壁がずらりと並ぶ。
「ポチ。前回来たときに人がいたから、人がいない方向に案内してくれ」
「ガフッ! ガフッ! ワンワン!」
「どうした? 急に興奮して。ん? 早くこっちに行けって?」
「ワンワン!」
興奮気味のポチが素早く走っていく。
ポチを追いかけて走りながら、ファイアリザードを斬り捨てる。
エンブラムダンジョンよりは簡単に倒せるというか、あそこは一層から相手の体力が多いからな。
それにしても焦ってるポチは久しぶりに見るな。
入り組んだ道を通りすぎ、やがて見つけたのは――――広い場所だった。
エンブラムダンジョンのボスフロアのように、そこには羽が生えた赤いトカゲと、一人の人がいた。
「まだ……まだ……こんなところで……負けるわけにはいかないっ!」
ポーションを自身の体に掛けて火傷を治した彼女は、赤いトカゲに飛びつく。
ここに彼女がいるってことは――――そういうことだったんだな。全てが繋がった気がする。
焦っている彼女は、赤いトカゲに何度か斬りつけたが、残念なことに効くこともなく、赤いトカゲの尻尾に殴られ吹き飛ばされた。
持っていたマジックバッグの紐が切れ宙を舞い、彼女の体は力無く倒れた。
「まだ……いける……やらないと……いけない……私は……負ける……わけには……」
追い詰めているとは思ってたけど、ここまでとはな。
強烈な勢いで彼女に向かう赤いトカゲ。剣を杖代わりに何とか立ち上がった彼女だが、もう体力など残っておらず、ポーションが入ったマジックバッグも遠くに。
「みんなを……守ら……ないと……」
守る前に死んだら元も子もないだろうに。何をやってるんだか。
…………はあ。
俺は【影移動】から飛び出て、ブラックデイズで赤いトカゲの背中から羽まで斬りつけた。
「ぎゃしゃああああああ!」
すぐにポチが体当たりをして彼女から距離を取る。
ポチが時間を稼いでくれている間に、俺は彼女に向き合った。
「えっ……嘘…………死神の鎌……魔王ベリル?」
「懐かしい呼び名だ。俺を知っているってことは、
彼女の目から一筋の涙が流れた。
――【コミカライズ宣伝】――
先日宣伝させていただきました、私の別作品【レベル0の無能探索者と蔑まれても実は世界最強です~探索ランキング1位は謎の人~】【https://kakuyomu.jp/works/16817330647600783581】のコミカライズが本日から連載が始まります!
カドコミ&ニコニコ漫画からお読み頂けたら幸いです!めちゃくちゃ面白い漫画になっておりますので、まだの方も原作読んでる方もぜひ読んでみてください~!
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