第54話 お友達

 次に向かったのは、競技場の入口からトボトボ歩いている女子の背中を追いかける。


「ディアナさん!」


 お嬢様の呼びかけにピタッと足を止めた彼女は、ゆっくりとこちらを向いた。


 ちょっと驚いた表情だ。


「……おと……おと……」


「おと?」


「…………」


「お嬢様。ちゃんと言わないとダメですよ」


「わ、わかってるわよ!」


 顔を真っ赤に染めたお嬢様が怒りだして、またディアナ令嬢に向く。


「……お、おと…………お友達になってあげてもいいわよ!」


 どこのツンデレだああああ! てかこういう人って本当にいるんだな!? 友達になってあげてもいいんだからね。的なことを言う人がいるとは! あははは!


「…………」


 ジト目で俺を見上げるお嬢様。


「ぷくくっ。あ。心が読まれてしまった?」


「やっぱり失礼なことを思っていたのね!」


「ち、違います! お嬢様がちょっと可愛いな~と思っただけです!」


「それをバカにしてるっていうのよ!」


 俺の腕をポコポコ叩いてくる暴力お嬢様。


「ぷっ、あはは、あはははは~」


 そんな俺達を見ていたディアナ令嬢が笑い、それに釣られるかのようにお嬢様も俺も大声で笑った。


 この日、お嬢様は人生初めて友達ができた。


 いや、あれで友達ができるなんて奇跡みたいなもんだと思うんだよな。



 ◆



 午後の授業。


「ただいま~」


「「おかえり~」」


 お嬢様とディアナ令嬢が仲良く迎え入れてくれる。


「用事は終わったのかしら?」


「えっ? ええ。問題なく」


「そう」


 実は、競技場でディアナ令嬢と会ってるとき、遠くでリサが何やら禍々しい何かを出しそうになっていて、急いで彼女を止めた。


 俺を殴りつけた大男をバラバラにするとか言ってたので、全力で止めた。


 これでバラバラ事件に発展したら大変なことになるからな。というかリサがああいう風に感情をむき出しにするのは、非常に珍しい。


 俺のために怒ってくれて嬉しいと伝えたら、何とか事なきを得た。


「あの……ちょっとお願いがあるんだけど、いいかな?」


 ディアナ令嬢が申し訳なさそうに手を挙げながらお嬢様と俺を見つめた。


「どうしたんです?」


「えっと……午後の授業、ベリルくんを貸し切りたいんだけど、ダメ……かな?」


 あざとく首をかしげるディアナ令嬢から『キラ~ン』と音が聞こえるくらい眩しい何かが周囲に広がる。


 うわあ……美少女まじやべぇ……。


 後ろから聞き慣れた声が聞こえる。


「では、その間、クロエ令嬢は俺が守るとしよう」


 アルもまたキラキラしたイケメンオーラをまき散らしながらやってきた。


 イケメン……滅ぶべし……。


「私は構わないわよ。ベリル。ディアナさんの相手になってあげて」


「うっ……」


「あら、私に命令しろと言ったわよね?」


「うわあああ! それ言わないでぇええええ!」


 お嬢様が俺の脇腹をツンツンと押しながらイジワルしてくる。


「はあ……わかりましたよ。それで、ディアナさん? 何をさせるつもりです?」


「タイマン!」


 …………可愛らしい女子が「デート!」とか言う雰囲気で、「タイマン!」って言われると……こう……いろいろ複雑だぜ……。


「それなら俺もお願いしたいな」


「……これが嫌だったんだよ!」


「もう力がバレたのは仕方がないから諦めな。親友」


「くっ……はぁ……わかったよ……」


 アルとは明日にするってことで、今日はディアナ令嬢と半日付き合うことになった。


 基本的に授業は教師にアドバイスをもらいながら、それぞれが研鑽する方式を取っているからか、授業をタイマンで過ごしても問題ないとのことで、ディアナ令嬢が全力を出せるようにと個室にやってきた。


 個室の天井には壁を強化させる大きな魔石が浮かんでいる。


 さすがは貴族学園。こういうところに金を使うのはさすがというものだな。


「今日は私のわがままに付き合ってくれてありがとうね!」


「いえ。ディアナさんを巻き込みたくないとはいえ、酷いことを言ってしまいましたから。その罪滅ぼしとでも思ってください」


「うん! すごく悲しかった!」


 ニコニコ笑顔で話す彼女は、やはり自分の気持ちを素直に言える人なんだなと思う。お嬢様も少しくらい彼女を見習って欲しいぜ。もう友達のように接しているし、少しは感化されるかもな。


「それで、どうして俺とタイマンがしたいんですか?」


「ベリルくんって……レベル18と言う割に……戦い慣れてるよね? しかも、見た目以上にずっと強い。あの日……私は何もできなかったのに」


「何もできなかったことを恥じる必要はありません。みんなそれぞれ抱えているものがありますから」


「……だからこそなの。私は……強くならなければならないから」


 そう言いながらマジックバッグから数本のポーションを取り出した。


「ほら、ちゃんとポーションも用意してきたから、私がケガしても気にしなくて大丈夫よ!」


 勝てない前提でのことか。


「そこまで覚悟があるなら少しくらい付き合いますよ。でも後から俺が痛めつけた~とかお嬢様に泣きつかないでくださいよ」


「もちろん! 私からお願いしたんだし!」


「じゃあ、さっそく始めましょうか」


「よろしくお願いします!」


 伯爵令嬢だというのに、こんなにも礼儀正しいというか。伯爵はどういう育て方をしたのかとても疑問に思う。王国の貴族みんなこういう育て方をして欲しいくらいだ。


 木剣を取り出して対峙する。


 さっき戦った男とは大違いで、まるで隙がない構えだ。


 いつもの可愛らしい表情から一変し、強者そのものへと変わる。彼女から伝わってくる気配もまた強者そのものだ。


 一気に距離を詰められて、俺の急所を的確に狙って攻撃を繰り出す。


 速度も非常に速く、今までこうして戦った人相手なら一番強い。


 ひとまず様子を見るために攻撃を全て躱す。


「嘘……私の俊敏……100に達しているのに……」


 悪いな。俺は200だから。


 それに彼女のスキル補正より俺のスキル補正の方が高いはずだから、総じて俊敏だけで倍近く差があるはず。


「その剣術は自分で?」


「ううん! お父様が武人なの!」


 へぇ~ルデラガン伯爵って実は強い人なのか?


「なるほど。非常に効率が良い剣術ですね。何よりいつでも離脱できる距離を意識した剣術だ」


「やっぱりわかるんだね」


 話しながらも、彼女の攻撃は止まることはなく、全てを避け続ける。


「まあ、これでも対人は慣れていますからね」


「ベリルくんってのどかな村で生まれ育ったって、クロエさんから聞いてるのに」


「のどかな場所程、危険も多いですからね」


「なるほどね……!」


 さて、そろそろ反撃といこうか。


 久しぶりにあれをやろう。


 ディアナ令嬢の動きに合わせて、彼女の攻撃の先を見切って、彼女の武器を握っている手を軽く木剣で突く。


 それに反応したディアナ令嬢だったが、加速している自分の動きのせいで避けることはできず、俺が伸ばした木剣に自らの勢いでぶつかる形になった。


「痛っ……」


「すごいですね。まさか、剣を落とさないなんて思いもしませんでした」


 ゲームでもよく使っていた戦法だけど、みんな驚いて武器から手を放すのに、痛みがあるにも関わらず放さないのは、さすがは武家の娘ってところだな。


 赤く腫れた指の痛みを我慢しながらも、剣を構える彼女。


 真剣だとは思っていたけど、只事ではない気がする。


「ベリルくん。一つお願いがあるんだけど」


「どうぞ?」


「私は今までお父様や軍部の方々に手ほどきをしてもらってるの。レベルもしっかり上げてきた。だから……同年代の君とどこまで戦えるか試してみたい。本気で相手をして欲しいんだ」


「なるほど。自分の腕がどれくらいか知りたいってことですね」


 彼女は小さく頷いた。


 正直、俺からしても彼女は強いと思う。貴族学園に入って同年代をよく見てきたけど、彼女と渡り合えるのはアルくらいなものだ。


 だが、彼女の目はアルや他の同年代ではなく……俺を見据えている。


 環境も良く、強い職能まで持っている彼女の……プライドなのかもしれない。


「いいでしょう。少し本気で相手してあげますよ」


「っ……お願いします」


 彼女の体から澄んだ金色のオーラが立ち上る。美しいの一言だ。彼女の心そのものを表すかのような。どこまでも真っすぐで、強くなりたい理由も何となくわかるくらい。


 ――――だが。


 それこそが彼女の弱点そのものだ。


 構えた瞬間に木剣を彼女に向かって投げつける。


 同時に走り出して、プチテレキネシスサイズを再現する。


 彼女が木剣を打ち払ったタイミングで飛び蹴りをするが、読まれていたようでギリギリで避けられた。さらにその隙に攻撃までしてきた。


「当たらなかった!?」


 距離が離れたが、その間に展開させていた技【シャドウ】の影糸を彼女が避けた先にくっつけておいたので、一気に加速して――――彼女の腹部を蹴り飛ばした。


 防ごうとはしていたものの、さすがに速度に付いて来れず、モロに受けた彼女は壁まで吹き飛び、大きな音を響かせて地面に倒れた。


 ちょっとやりすぎたのかな? いや、これくらいしないと……彼女の装甲・・は突破できまい。


「っ……」


 痛みに可愛らしい顔を歪めながら起き上がった彼女は、また剣を構える。


「学園一はこの程度ですか? ディアナさん」


「ま、まだっ!」


 全力を出していくつもの技を発動させた彼女は強かった。だが、そのどれも俺に届くことはなく、全て躱され反撃ポイントになっただけだった。


 ふっ。まだまだ甘いな。その程度では俺に届かないぜ。なんたって――――


「はあはあ……と、届かない……どうして……」


「綺麗すぎるんですよ。全てが」


「綺麗……すぎ……?」


「剣術も戦術も何もかもが真っすぐで騎士らしいというか。戦いってちょっとずるいくらいがちょうどいい。貴方の攻撃は――――読みやすすぎなんです。魔獣相手ならまあ、悪くないかな?」


「で、でも! あの魔獣には私の力は全然効かなかった!」


 急に大声で怒り出す彼女は、すぐにハッとなって、「ご、ごめんなさい……」と謝った。


 やはり、あの日のことをずっと悩んでいたんだな。


 彼女はポーションを取り出して飲み干すと、また俺に木剣を構えた。


 しかし、その剣先は――――最初とは比べ物にならないくらい迷いのあるものだった。

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