第53話 決心

 昼食会場にて、ニヤケ面でこちらを見ているゲイラと、酷く落ち込んでいるディアナ令嬢、うちのお嬢様が食事をしている。


 どうやら朝の一件が噂になっているらしく、上級生達の視線までこちらに向いている。


 貴族同士の決闘はわりと頻繁に起きて、いろんなことを決闘で決めたりする。


 もちろん本人同士の問題でも決闘には代理を立てることができて、今回はゲイラの代理に同クラスの大男になると思われる。


 ふと、お嬢様がゲイラに何かを言いかけようとした。


「あ。お嬢様~」


「――――え? う、うん?」


「クゼリア様から決闘の申し出があったじゃないですか」


「そ、そうね」


「決闘って、受けないと貴族の誇りに傷が付くらしいですよ? だから――――お嬢様が止めたとしても、それはエンブラム家の大きな損失になりますよ」


「それは……」


 それからは何も言わず、お嬢様も決闘を取り下げてもらおうだなんて言葉は一言も話さなかった。




 昼食後。


 競技場にやってきた。


 ここに来るのは二度目だが……いい思い出は何一つないな。


 競技場の観覧席にはすでにたくさんの生徒達がいて、中には教師の姿までいる。


 ゲスい笑みを浮かべたゲイラとその手下達が腕を組んで俺を見ていた。


「よく逃げなかった! 農夫風情め!」


 まあ、よく吠える犬だこと。


「お嬢様」


「ベリル……」


「俺はお嬢様の姫騎士です。命に代えてでも貴方を守ります。まあ、姫騎士だからっていうのもありますが…………お嬢様にはもうちょっとのびのびと生きて欲しいなと思いますよ。両親と食事をしたことも数える分しかないとか、普通じゃないですって」


「それは……」


「だから、これからはもう少し自分の意志で生きたらどうですか? ――――俺はお嬢様の姫騎士ですから、何があっても味方ですし守りますよ」


 お嬢様を残し、俺は競技場の中央にやってきた。


「お待たせしました。誰が相手ですか?」


「俺だ! がーはははっ!」


 こいつは以前俺をぶっ飛ばした上に、ゲイラにくだらない提案をしてたな。


 あのときはお嬢様の意志を尊重して、波風を立てないようにしたが……今回ばかりは同じようにはいかないな。


 ゲイラ達も競技場の向こうの観客席へと向かい、俺と大男はお互いに対峙している。


「よく受けたな。お前程度で俺様に勝てると思うのか?」


「ん? むしろ……お前ごときが俺に勝てると?」


 大男の顔が怒りに染まる。


「言ってくれるじゃねぇか。前回は俺様にぶっ飛ばされたが……今回はあれくらいで済むと思うなよ? 一年くらい動けなくしてやるぜ!」


「ふう~ん」


「生意気な……さっさと始めてくれ!」


 司会を任された生徒がマイクを持ち、開始の合図をする。


「では、クゼリア伯爵家の代理とエンブラム伯爵家の代理の決闘を始めます! ――始め!」


 合図と共に大男が飛び込んでくる。


 その大きな拳で俺を殴ってきた。


 俺はその拳を――――






 避けることなく、受けた。






 バゴーンと大きな音を響かせて、俺の体は投げつけられたボールのように吹き飛ぶ。


 ああ……くそ。痛ぇな…………これならステータス【頑丈】を上げておけばよかったな。


 職能【グリムリーパー】は完全な回避とカウンター型の超アタッカー。前世の知識もあって、レベルも実質170あるから、こうして攻撃を受けるなんて想定してないが……こんな弱いやつの攻撃でも、もろに受けたらめちゃくちゃ痛いな。


 せめて制服じゃなくて、マリアさんに頼んで買ってもらった防具ならよかったが……そんなことを言っても仕方がない。


 俺の体が地面に何度かバウンドして、その度に体に痛みが走る。


 そんな俺を容赦なく相手は殴りつけてきた。


 二度目に吹き飛び、口から血を吐き出した。


 ああ……リアルな体の痛みは久しぶりで……やっぱり痛いな。


「がーはははっ! てめぇごときの雑魚が俺様に勝てるはずないだろ! 五体満足で帰れると思うなよ!」


 重い体を起こす。


 何の対処もせずにもろに受けたせいか、少し頭がクラクラする。


 そのとき、後ろからお嬢様の声が聞こえた。


「ベリル! 今すぐ棄権しなさい!」


 大男の三度目の攻撃はドロップキックで、また強烈な痛みと共に俺は壁まで吹き飛んだ。


「ベリルッ!」


 上を見ると涙を浮かべたお嬢様が俺を見下ろしている。今にも身を乗り出して落ちそうになっているけど、リンが彼女を止めているおかげで落ちてはこない。


 はは……そんな高さから落ちたら痛いだろうよ。お嬢様。


「…………なあ。お嬢様」


 まるで時が止まったかのように、俺とお嬢様は目が合った。


「体が痛いのなんて、いくらでも治せるし、そのときだけだ……でも、知ってるか? 心が痛いのは一生続くんだ。命って……生きるってなんだろうな? 息を吸ってご飯を食べて眠るだけか? そうじゃないだろ……自分の頭で考えて、自分の足で歩いて、自分の口で言いたい事を言って……それが生きるってことだろ。俺は大した姫騎士じゃないかもしれない。でもな……貴方を守るって決めたんだ。男に二言はねぇ。契約なんて関係なく俺の意志で貴方の姫騎士になったんだ。だから……辛かったら俺の名前を呼べよ。お嬢様。俺が何とでもしてやる。俺は――――貴方の姫騎士だ」


 お嬢様の大きくて可愛らしい目に大きな涙が浮かぶのが見える。


 俺だけではお嬢様の心まで守ることはできない。けれど、今のお嬢様の周りには仲間がいるじゃないか。リンだって、領主の言伝を言ったけど、彼女は彼女なりにお嬢様に尽くしているじゃないか。ディアナ令嬢だって……アルだって……貴方を見ているんだよ。


 だから――――


「だから――――言え! 自分の口で! 俺に命令しろ! どんな理不尽も俺がぶった斬ってやる!」


 たった一秒。


 その刹那にお嬢様は何を思ったのか、俺には知ることなどできない。


 けれど――――彼女は自らの意志で涙を拭いていた。











「ベリルッ! 私の姫騎士なんだから……ちゃんとしなさい! 負けることは許さないわ! だから……だからっ……勝って! 誰にも負けるな!」











「ああ。お安い御用だ」


 大男が呆れた表情で俺の前に立つ。


「何を寝ぼけたことを言ってるんだ。てめぇが俺様に勝つなんて無理だろ」


「……ふう。いや~人生初めて全力で殴られてみたけど、痛いな~普通に痛いわ。だから今度はちゃんと【頑丈】も上げるか。いや~昔の俺バカだな~」


「は……?」


「気にすんな。独り言だ。木偶の坊」


「……てめぇ! ぶっ殺す!」


 ああ……あくびが出るくらい遅い。


 大男の拳が俺を横切る。ギリギリで避けて男と目が合った。


 ねえ。今、どんな気持ち?


 俺は全力で拳に力を込めて――――男の腹部を強打した。


 ボガーンと強烈な打撃音が響いて、男の体が反対側の壁まで吹き飛んで、壁に激突して埋まった。


「おいおい。俺のお嬢様を泣かせたのに、まさか一発で終わるんじゃないよな?」


 静まり返った競技場を歩いて反対側の壁に向かい、壁に埋もれて気を失った大男を抜き出して、ムカつくから地面に叩きつけてみた。


 こういうのを死体打ちって言うんだよな。


 まあ……これ以上やったら本当に殺しかねないからここまでだな。


 はあ~一撃かよ~もっと俺を見習えよ! 頑丈1のまま、お前の攻撃を三回も耐えたんだぞ! レベル18だから補正も全然ないし、めちゃくちゃ痛かったんだぞ!


 俺はゲイラに向かって指を差す。


「おいおい。クゼリア伯爵家の代理はこんなもんか~?」


「ふ、ふざけるな! お前ら! 全員でやれ!」


「雑魚は何匹いても同じだ。全員でかかってきな!」


 俺の挑発に乗り、その場にいた男七人が飛び出してきた。


 はい。一人目。二人目。三人目。…………数えるのもめんどくさいな。


 というか、久しぶりの対人戦だな。初めての対人戦もお嬢様を助けたときだったよな。今回は助けたって感じではないけど……もしかしてお嬢様って……みんなから嫌われている!?


 あっ……これはお嬢様には言わないでおこう。絶対あの人ブチ切れるから。


 そんなことを思っていると、床には七人がすでにダウンしていた。


「あ。終わってたか。つまらん。まあいい。クゼリア令息! 決闘は決した! 貴殿がおこなったエンブラム家に対する無礼の数々、この場で詫びるがいい!」


「ふ、ふざけるな! これはイカサマだ! お前みたいな雑魚が勝てるはずがない!」


 そのとき、一人の男が競技場のステージに飛び降りて来た。


「双方、そこまで。我が名は、アルフォンス・デル・クロセーム・ジディガル第三王子である。この決闘は我が見届け人となった。勝者はエンブラム伯爵家の代理。さらに貴族の神聖な決闘のルールを無視し、相手に複数の人数を仕掛けた蛮行は許されない罪である!」


「そ、そんなバカな……」


「ゲイラ殿。其方は負けたのだ」


 ゲイラはその場で絶望した表情で足を崩し、大声で泣き叫んだ。



 ◆



 競技場の裏に戻ると、ダダダッと勢いよく走って来る音が聞こえて、姿を見せたのは――――当然ながらお嬢様だ。


「お嬢様。ただいま~」


「っ……このバカベリルッ! 何で最初からボコボコにしなかったのよ! ベリルなら余裕だったでしょう!」


「……俺は姫騎士ですから。貴方の意志に反することはできません」


「姫騎士は……私の意志なんて気にせず……好き勝手に出来るっていつもなら言うくせに……どうして今回ばかりは……こんなにケガまでして……」


「あれ~? お嬢様ってば、泣いてますぅ~? 俺のためにあのお嬢様がぁ~? ………………あれ? お嬢様?」


 いつもなら飛んでくるはずの言葉が飛んでこない。


「…………」


 そんな彼女は、俺の胸に頭を寄せた。


「バカ……心配したに決まってるじゃない……バカ……」


「あはは……ちょっと受けてみたんですけど、めちゃくちゃ痛いっすね。でもまぁ……お嬢様が受けてきた心の痛みに比べれば屁でもないですよ」


 お嬢様は俺の胸の中で静かに泣いた。

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