第27話 緊急事態、対人
翌日。
今日も今日でエンブラムダンジョンにやってきた。
ふう……昨日はあまりの衝撃的な絵図を見てしまって夜しか眠れなかったぜ。
「クゥン……?」
ポチが心配そうに俺を見上げる。
「……なあ。ポチ。もし自分が好きでもない人と結婚しなきゃならないってどんな気持ちなんだろうな?」
「ワフッ」
「あはは……お前に聞いても仕方ないよな。悪い。よ~し! 今日もミノタウロスをガンガン倒していくぜ!」
「ガフッ!」
それからポチと思いっきりミノタウロスを狩りまくった。
どれくらい時間が経過したかもわからず、少し小腹が空いたから一度ダンジョンから外に出る。
外は意外にも日が落ち始めており、もうこんな時間なのかと驚いた。
そのとき――――俺の前に一人の男性が真っ青な表情でやってきた。
「ベ、ベリルくん!」
「ん? ムースさんじゃないですか。こんなところまでどうしたんですか?」
「た、大変なことが起きたんだ!」
ああ。ムースさんの表情を見ているだけでわかる。
「お嬢様ですね?」
「ああ……! どうやら何者かに攫われてしまった!」
「屋敷内でですか?」
「そ、そうなんだ!」
屋敷内にまで彼女を攫いに行くなんて、敵は余程の手練れのようだ。
「旦那様に高額の身代金を要求したんだ!」
「そうでしたか。わかりました。俺も急いでお嬢様を助けに行きます。どこら辺にいるのかわかりますか?」
「それは……わからない……でも身代金を渡す場所は街から西外れの小屋になっていたよ」
「そうですか。では俺は小屋近くを調べに行きます」
「わ、わかった! 旦那様には私から伝えていくよ!」
「はい。よろしくお願いします」
僕はそのまま全速力でエンブラム街の西に向かって走った。
大通りを一気に抜けて、そのまま城門を出て外に出る。
エンブラム街の周りは平原が広がっているが、暗闇ならそろそろ街からでも見えないだろう。
「ポチ。おいで」
「ワフッ」
「お嬢様の匂いを急いで辿ってくれ」
「ワフッ!」
鼻を高く上げてクンクンと匂いを嗅ぐと、顔をエンブラム大都市に向けた。
「まじかよ……案内してくれ。人の気配がないところを通ってくれよ」
「ガフッ!」
それからポチを追いかける。
城壁は影移動を使って何事もないように登れた。
影移動って障壁とか真っすぐ登れるのも便利なところだ。
城壁から人通りが少ないところをポチと一緒に走って向かうのは、街の東地区だ。
エンブラム大都市は大勢の人が住んでいるが、当然のように各地区で生活レベルの差がある。
東地区は――――いわゆる貧相地区である。
ゲームではここに用事はなかったから一度も来たことがないが、実物を見るに、かなりの生活の差があるものだ。
道路は傷んでいて壊れた部分が多く、土がむき出しになっていたり、水溜まりができていたり、路地裏には今にも倒れそうな人達が空いた酒瓶を持ち上げ、出るはずのない酒を求めていた。
そんな東地区をポチは迷うことなく走り、ある建物の前で止まった。
見た目は他の家とそう変わらないが……確かに、中には大勢の人の気配が感じられる。
「ポチ。ここにお嬢様がいるんだな?」
「ワフッ」
「よし、影移動ならバレないはずだ。ポチは影の中で待機だ」
「ワフッ」
「わかったわかった。もしものときはすぐに呼ぶから」
「ガフッ」
どうやらポチもお嬢様が心配のようだ。
俺は技【影移動】を発動させて一気に建物の中に入った。
急いで死角を探しては、リキャストタイムを耐え凌ぎ、また影移動で建物の地下へと進んだ。
見た目よりもずっとかび臭く、他の嫌な匂いも混じっている。
さらにはどこかの部屋では淫乱な声が聞こえたりと、中々の場所に来たものだ。
廊下も何事もなく進み、奥の部屋にやってきた。
「やめて!」
お嬢様の声が聞こえる。
「きゃははは! 誰も助けに来やしねぇよ!」
「そ、そんなことないわ! お、お父様なら……」
「おめぇの父な。どうやら……身代金も用意しない様子だぞ?」
「えっ……?」
影移動のリキャストタイムを整えて、扉の隙間から部屋の中を覗く。
いろんな荷物やら置かれているが、なにより気持ち悪いのは部屋の奥に置かれたベッド。
そこに男がお嬢様を後ろから抱いている格好で二人が座っていた。
お嬢様に何らかの危害は加えられなかったようで良かった……が、それも時間の問題か。
「領主め。自分の娘が誘拐されたというのに、誘拐された事実は家の恥だから、身代金は用意しないんだとよ! きゃははは!」
「そんなはず……ない……」
「おいおい。誰よりもお前は父を知っているんじゃねぇのか? きひひひ。まあそんなことはどうでもいい。身代金が獲れないなら、お前を売って金にするだけだ」
……外道め。
「な、何をする気なのよ!」
「何って、お前だってわかるだろ! これから闇市で体を売るんだよ! ここに来た時点で逃げれると思うなよ? それに……きひひひ。どんな味がするのか俺様が最初に味見しておかないとな」
「や、やめて!」
拒絶するお嬢様だが、男の腕力に敵うわけもなく。
それでも暴れるお嬢様の頭突きが、男の顎にヒットする。
「くそが! 舐めやがって!」
男はお嬢様を蹴り飛ばした。
地面に倒れたお嬢様は涙を浮かべた。
「ベリル……助けて……」
「ベリルだあ~? ぎゃははは! あの姫騎士か? あんなやつ、てめぇを守ることよりダンジョンにご執心のようだぜ! てめぇの姫騎士なんざあんなもんだ! ぎゃははは! 今頃――――街の西にいるだろうよ! 俺様の策にハマってな!」
「ベリルは……私が困ったら助けてくれる……今回も絶対に助けてくれる……信じてるんだから……」
「きひひひ。なら祈ってな。そいつが現れるまで、たっぷり楽しんでもらうぞ!」
男がお嬢様に向かって一歩歩いたその瞬間、俺は影の中から飛び出して男の腹部に全力でパンチをねじり込む。
「ポチ! 男を抑えて!」
不意打ちだったからか、男は一撃でベッドまで吹き飛んで口から泡を吹いていた。
すぐにポチが俺の影から飛び出して、男の両足を噛みついて使えなくする。
「べ……リル……?」
「お嬢様。遅れてしまい大変申し訳ございません」
ポカンと見上げる彼女の目から大粒の涙が落ちる。
「お、遅っ……い…………ベリルッ……」
急いで彼女の手と足の縄を解くと、そのまま――――俺に抱き付いた。
「ベリルッ……私……」
「もう大丈夫です。俺はお嬢様の姫騎士です。絶対に守りますから」
「うん……信じてた……」
「ええ。むしろ、遅れてしまって申し訳ございません。まさか屋敷の中で誘拐に遭うとは思いませんでした……それは帰ってから考えましょう。今はまずここから逃げることです」
「うん……!」
「お嬢様。これから何が起きても絶対に声を上げないでください。いいですね?」
お嬢様は歯を食いしばって大きく頷いた。
彼女を守るために……少し残虐なところを見せてしまいそうだから。
ブラックサイズを取り出して、お嬢様をポチの上に乗せて、部屋を出る。
古びた木造の扉は嫌な音を鳴らしながら開かれた。
「ポチ、走るぞ」
「ワフッ」
廊下を一気に走って抜ける。
階段を上っていくと、建物の溜まり場に上がれた。
そこには大勢のガラの悪い者達が、鋭い目を輝かせて外を睨んでいる。
「ん……!? だ――――」
男が声を上げる前に両足を切り落とす。
「ぎゃああああ!」
男の声に集まっていた連中が武器を取り出して俺を睨んだ。
最短ルートで入口に向かって飛び込みながらブラックサイズを振り回す。
もう一人の男を切り伏せたところで、後ろから一瞬で間合いを詰めた男が短剣を突き刺して来た。
技【イングレスアタック】。盗賊系統のスキルで一瞬で間合いを詰める技だ。
カーン!
「何ッ!?」
その技なんてプレイヤー同士の戦いで何度も見てきたし、弱点も知っているつもりだ。
一瞬で間合いを詰めることは、逆に言えば自ら飛び込むということ。そこに合わせてブラックサイズの柄の部分で短剣を叩き落とす。
後方から走ってきたポチが鋭い爪攻撃を相手の背中に与えて吹き飛ばした。
「ナイスポチ! 先に行け!」
「ガフッ!」
ポチが扉に向かって飛び込み壊しながら外に出た。
それと同時に俺に向かってきた男達を相手にする。
「技【スイングサイズ】!」
何人かは攻撃で動けなくなったか、半数以上は俺の攻撃を防いでいた。
さすがに無事に帰してはくれないか。
「技硬直だ! 一気に行くぞ!」
全員が一斉に俺に向かって飛び込んでくる。
実に正しい判断だ。技を使った後には一瞬の硬直時間というのが存在する上に、同じ技は連続で使えないからな。
だがな……リーパー系列の【闇夜を歩く者】の本当の強さはここにあるのだ。
「技【シャドウサイズ】! からの【ダブルスイング】!」
ブラックサイズの刃に大きな黒いオーラが灯り、連続攻撃が正面の男の武装ごと壊して切り伏せる。
そこから動きに体重を乗せたまま、俊敏300の速度に任せた移動をしながら流し斬る。
技がなくたって、今の俺の速度に付いて来れると思うなよ!
空振りに終わった男達の飛び込みを、今度は俺が通り過ぎながら一瞬で切り伏せる。
できるなら命までは奪いたくはなかった……が、やってくるなら俺も反撃させてもらうまで。地下の男は証人として生かしておいたが、ここの連中に用はないから。
――――初めて人を斬った感触は……あまり良いものではなかった。
前世ではゲームだから対人が好きだったが、ここは現実。対人なんて……一生関わりたくないと思っていたが、どうやらそういうわけにはいかないらしい。
総勢三十名。
きっとこいつらに涙を呑んだ者も多いだろう。
エゴ……かも知れないけど、そういう方々に少しでも供養ができたら嬉しいなと思う。
それに、お嬢様を誘拐した罪もな。
「――――刈り取ったぜ……お前らの魂を」
初めて生きている人を斬った感触は、自分の中で正義を口にしてはいるが、それほどいいものではなかった。
できるなら……この先、二度とやりたくはない。
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