第28話 理由、処分

「お嬢様。もう大丈夫ですよ」


「ベリルッ……あ、ありがぁ……」


 ハッとなったお嬢様は俺から視線を外した。


「お、遅いわよ! 私の姫騎士でしょう!」


「申し訳ございません。僕もぶたれちゃうんですか?」


「えっ……そ、そんなことは……しないわよ……」


「いいんですか?」


「い、いいわよ! た、叩いて欲しいなら叩くけど!」


「いや、それは勘弁してください。さあ、帰りますよ。誤解されてもあれなんで、ポチは一旦影に。お嬢様は俺が抱いて行きます」


「えっ!?」


「さあ、行きますよ」


 お嬢様をお姫様抱っこして急いで屋敷に戻った。



 ◆



「領主様。ただいま戻りました。お嬢様は救出しましたのでご安心ください」


「……賊のアジトは?」


 相変わらず冷たい視線で、お嬢様の安否を確認などせずに真っ先に敵を確認する。


「東地区に住んでいる連中でした。詳しい地図は……」


 隣に立っていた執事が地図を広げた。


 準備が早いこと……。


「ここです」


「今すぐに兵を派遣する。内密に」


「かしこまりました」


 執事は一礼して地図を持ってどこかに向かっていった。


「お、お父様……」


「どうして誘拐されたことに気付かなかったんだ」


「も、申し訳ございません……気が付くと……」


 領主はお嬢様に近づき――――左腕を大きく振り回してお嬢様の頬を叩きつけた。


 お嬢様はそのまま地面に倒れる形で、涙を流しながら領主を見上げる。


「これだけの護衛がいながら誘拐されるなど、エンブラム家の恥だ!」


「申し訳……ございません……これからは気を付けます……」


「お前はクゼリア伯爵の三男と婚約した身だ! 婚姻前に体が汚れることがあってはならない!」


「はい……」


「……無能め」


 …………。


 今度は領主が俺の前に立つ。


「よく救出してきた」


「はい」


「追加報酬を出す。それでいいな?」


「領主様。それでしたらポロポコ村の村税を無くしていただけませんか?」


「それでいいなら構わない。お前のおかげで家の恥をかかずに済んだ。ポロポコ村の村税や村民の収入税を三十年間免除する」


「父も村長も喜びます。ありがとうございます」


「うむ。これからも自分の責をまっとうせよ」


「かしこまりました」


 領主は一度お嬢様を睨み付け、屋敷の中に入っていった。


「お嬢様。大変だったんですから、お風呂にでもどうぞ。メイドの皆さん。お嬢様をお願いします」


「「「「かしこまりました」」」」


 集まっていたメイド達に起こされたお嬢様は、どこか糸の切れた人形のようにメイド達に連れられ、屋敷の中に入っていった。


 さて、まずは一件落着……とはいかない。


 最後の仕上げが残ってるな。



 ◆



「こんなところで何をしているんですか?」


 俺の声かけに相手は驚いたようにビクッとなって、こちらを振り向いた。――――笑顔で。


「ベリルくん……! 今回は大活躍でしたね!」


「ええ。これも全てムースさんが迅速に教えてくださったおかげです」


「あはは……それは良かった……」


「ムースさん。それで不思議なことがあるんです」


「どうしたんですか?」


「お嬢様が誘拐されたルートなんです。お嬢様は気が付いたらと仰ってました。時間からして……恐らくは午後のティータイムなのかなと思うんですよね」


「な、なるほど……」


「何か睡眠薬か何かを盛られてしまったのかなと予想しているんですが……問題は部屋で眠ったお嬢様をどこから誘拐できたのか何ですよね」


「それは……どうでしょう……? 私もどうやって侵入したのか調べたいところでした」


「そうですか! じゃあ、ぜひ一緒に調べましょう! 領主様は対策を注力されるみたいで助かりました~誰か一緒に調べてくれたら助かるんですよね~」


「そ、そうですね。じゃあ、どこから調べましょうか」


「そりゃもう……一か所しかないでしょう」


 俺は笑顔で「お嬢様の部屋に行きましょう」と彼を誘った。




 お嬢様の部屋に着いて部屋内を隈なく探しても何かしらの証拠は見つからない。


 そのとき、部屋にお嬢様が帰ってきた。


 相変わらず酷い表情のままだ。


「ベリル……? 何をしているの……?」


「お嬢様が誘拐されたとき、どういう手法で誘拐されたのか証拠を探していたんです。犯行はたぶんこの部屋だと思うんですよね。お嬢様? そこに座って見てください」


 俺は少し離れたお嬢様にいつも座っているソファに座るように指差した。


 何も疑うわけもなく、ソファに座ったお嬢様は俺を見つめた。


「ここ?」


「そうです。そこに座っていて、眠くなって眠りに付いた。ここまでは覚えてますよね?」


「う~ん……大体そんな感じだったかな……」


「ふむ。この部屋でお嬢様を連れ出せるのは扉以外だと、ここのテラスへの窓扉だけだと思うんですよね~でもここまで来るって中々難しいんじゃないかな」


「そう……だと思うわ」


「となると、方法は一つしかありませんね」


「一つ? どういうこと?」


「きっと――――真犯人は屋敷の中にいて、屋敷を熟知した人物。そう思うんです」


「そう……? 私はよくわからないわ……」


「いえ、間違いないと思います。どう思いますか? ムースさん」


「ど、どうでしょう……あはは……」


「ん? ムースさん? どうかされましたか? 何か具合が悪そ――――」


 そのとき、お嬢様に急接近したムースは、ポケットから一本のナイフを取り出して、お嬢様の首に当てた。


「ムース!? な、何を――――」


「だ、黙れ! 喋ったら首を斬ってやるぞ!」


 お嬢様ってば、誘拐されて、帰って来たら父にぶたれて、今度は執事に命を狙われてるんだな。


「お嬢様。今日厄日じゃないですか?」


「う、うるさい! お、お前さえいなければ……お前さえいなければ!」


「俺さえいなければ……お嬢様を売り払って余生を楽しめたと?」


「そうだ!」


「……どうしてお嬢様を狙ったんです? お金……だけじゃないですよね?」


「お、お前は何も知らない……私が……エンブラム家にどれだけ尽くしてきたか……それを……領主もこの女も私を奴隷のように扱いやがって! ふ、ふざけるな!」


「あ~それすげぇわかる~」


「は……?」


「お嬢様も領主様もすぐ人を叩くし、威圧的だし、みんなを見下しますよね」


「そ、そうだ! お前もやっぱりそう思っていたんだな!」


「はい。その通りだと思ってますよ。お嬢様ってば、領主様に言われた通り、貴族のふるまいばかりしますもんね」


「あ、ああ!」


「――――でも」


「?」


 これくらいの距離ならただの執事の彼がナイフを動かすよりも先に、俺の方が彼の腕を掴める。


 一瞬で近付いてナイフの内側に、村を離れたときに親友が作ってくれた短剣を取り出して受け止めた。これならどう頑張ってもお嬢様の首を斬ることはできない。


「なっ!? う、裏切ったな!」


「裏切りだなんて失礼な。俺はムースさんが言ったことに頷いただけで――――それがどうした。ですよ」


 ムースの腹部に蹴りを入れて吹き飛ばす。


「ベリルッ!」


「お嬢様。そこで見ていてください」


「う、うん……」


 吹き飛ばされて起き上がったムースが震える手でナイフを俺に向ける。


「あとちょっとだったのに……お前が全てを台無しにし――――ぐはっ!」


「はい。このナイフは危険なので回収ですよ~毒が塗られたナイフなんですね。執事がこんな物騒な物を持つなんてダメですよ?」


「ふ、ふざけるな!」


 まだ蹴り飛ばす。


 それでもムースはまた起き上がる。


 ……こいつ。実は殴られすぎて耐性でもできたのか?


「はぁ……まあ、貴方には同情しますよ。尽くしてきた家なのに貴方に対する敬意も全くなくて、あんな対応されたら嫌になっちゃいますよね。仕事だから辞めるわけにもいかなくて」


 前世だと俺も実父にこき使われて体を壊したら縁を切られた。だからムースの気持ちはわかるつもりだ。


「気持ちは……痛い程わかりますよ。俺も似た経験がありましたから……でもね」


 俺はゆっくり手に持っていた短剣をムースに向ける。


「だからと言って、父に言われた通りに必死に頑張ってきた罪のない少女に怒りの矛先を向けるのはダセェんだよ! 彼女だって毎日必死に生きて、父からも母からも愛情なんて貰えてないんだ! それを誰よりも近くて見てきたあんたが一番理解してあげなくてどうするんだよ!」


「そ、それは……」


「彼女だって幼いころは笑顔で庭を走り、あんたにだってべったりだったはずだ……なのに、どうして彼女を見限ってしまったんだ!」


「わ、私は……」


「……お嬢様を殺そうとしたこと。ゲスどもに売り払ったこと。全て許されることじゃない。そのまま罰を受けろ」


 ムースさんはその場で力なく座り込んだ。


 お嬢様もまた大きな粒の涙を流しながら、遠くにいるムースを見つめる。


 きっと、二人とも後悔しているに違いない。どうしようもなかったすれ違い……その一番の原因は二人ではない。だからこそ……はらわたが煮えくり返る。


「そう……だな……私は……なんて愚かなことを……わかった……君の言う通り……罰を受けるよ……」


「ええ。お嬢様もそれでいいですね?」


「うん……」


 こうしてお嬢様を中心とした一連の出来事は終わりを迎えた。


 ムースを連れて部屋を出る。










 ――――お嬢様の部屋の扉が閉まった瞬間だった。











 目にも止まらぬ速度で三人の男が近付いてきた。


 ブラックサイズを取り出したが、一人の男性に止められ、もう一人の男はムースの口を手で止め、もう一人の男は――――的確にムースの心臓に短剣を突き刺していた。


「動くな。喋るな。姫騎士」


「…………」


「領主様の命令だ。こいつが罰を受けることは許されない。エンブラム家の恥だ」


「…………」


「お嬢様にどう伝えるかは任せる。こいつは誰にも見つからない場所で跡形も残らないだろう」


「…………」


 三人の男はひと突きで絶命したムースを大きな袋に入れて、持ち去った。


 あの一瞬……三人を同時に相手できなかった。それくらい領主には権力があり、あれだけの暗部を抱えているのがわかった。


 …………あれだけの暗部があるなら、ムースの犯行だって事前に予防できたんじゃねぇのかよ!


 領主め……つくづく……やり方が気に喰わない。


 まるで――――前世の俺の父親そっくりだ。


 上から全てのものを見ていながら、味方でさえも必要なくなれば罠に嵌めて破滅させる。


 最後は後味の悪い終わりとなった。

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