第26話 連携、貴族、巨乳
エンブラムダンジョン二層。
一層と景色は変わらないが、空気の重さが変わった。
ゲームでは感じることができなかったけど、こうして実際の肌で触れると中々ひりつくものがあるんだな。
「ガルル……」
ポチが威嚇する方を見ると、通路の遠くに一体のミノタウロスが見えた。
劣化ミノタウロスと比べて一回り大きくて、斧も両手にそれぞれ持っている。
懐かしいな……!
ワクワクするのを抑えながら、ポチと一緒に『影移動』で一気に接近する。
最初の初撃なら確定クリティカルヒットが狙えるのは本当に便利だ。
ミノタウロスの背後から一気に飛び出しながら、連続技を発動させる。これは一層のフロアボスで使ったものだ。
今までボス級魔獣以外なら基本的に一撃だったが、まさかここまでしても一撃で倒せなかったミノタウロスが咆哮を上げながら、こちらに向いて両斧を振り下ろしてきた。
強烈な一撃が地面を叩く。
続けて休む間もなく、ミノタウロスの連続攻撃が俺を狙って何度も繰り返される。
それを一つ一つ丁寧に避けながらも周りの地形や地面の状況、空気、ミノタウロスの目線、次の攻撃の予想をする。
何事にも例外なことはある。
ゲームと違ってここがリアルであること。あの日、キングブラックウルフと戦って思ったのは、戦いに確実はないってこと。
一層でも他の魔獣を狩るときも、絶対に一撃で倒せるとは思っておらず、常に気を張ってきたからこそ、ミノタウロスの攻撃を冷静に避けられている。
ミノタウロスの動きは大体読めた。
今度は俺の番だ。
振り下ろされた斧の軌道を読み、それに合わせてブラックサイズを大きく振り回す。
「ギシャアアアアア!」
魔獣でも痛みは感じるし、凶暴になればなるほどに攻撃は単調になる。
続けて連続攻撃も反対側に体重を移動させながらブラックサイズを振り回しつつ避ける。
命名するなら――――流し斬りかな?
技だけでなく、こういう動かし方も戦いには大事なんだなとつくづく実感する。
ただ……俺に武術などの心得はないから、どこをどうすればより良くなるかはわからない。感覚的にこうしたらいいかと思った動きを試してみた。
まあ、悪くないかな! 流し斬り!
三度目の流し斬りでミノタウロスはその場に膝をついたので、四度目の攻撃を与えると粒子となって消えた。
背後確定クリティカルヒット一回と、通常攻撃四回で倒せるのか。当てたところも通常部位だったし、このセットで確実に倒せそうだな。魔獣って体力に差はないから。
さて、次に試すのは……
「ポチ、次の戦いからよろしくな」
「ワフッ!」
次の獲物を見つけて、初撃は背後確定クリティカルヒットに合わせた連続技。
すぐにミノタウロスが俺に向くが、続いてポチがミノタウロスの足を攻撃して動きを止める。
俊敏が300にもなったので、一度の飛び込みでかなりの速度と距離を飛べるようになった。それを利用して――――流し斬り!
一瞬で通りすぎるミノタウロスを斬りつけて、距離も取れて安全を確保する。
さらにポチが攻撃を繰り返してミノタウロスを一瞬で倒して圧倒した。
「おお~! ポチ! よくやったぞ!」
「ガフッ!」
走ってきたポチをなでなでしてあげる。
一層で連携プレイを見て僕もポチと練習がてらやってみたんだけど、どちらかというとポチが全面的に俺の意志を汲み取って合わせてくれただけではあるが、連携プレイが上手くいった。
「ポチ! 悪いけどこれからは一緒に戦ってくれるか? まだ余裕はあるけど、安全第一でいきたいから」
「ワフッワフッ!」
「そうかそうか~うちのポチは偉いね~」
それから俺とポチは見事な連携(?)で次々とミノタウロスを倒していった。
その日の夕方。
「何かいいことあったの? ニヤニヤしてるわよ?」
「あっ。顔に出ちゃいましたか」
最近ポチを撫でるお嬢様の姿にも慣れたものだ。
それにしても……でかいな。何とは言わないが。
「あ、ベリル。貴方も教養の授業は受けてもらわないといけないわ」
「え”」
「だって、貴方だって学園に入るのだし、貴族のマナーは全然わからないでしょう?」
「そうですけど……俺、護衛のはずなんだけど……」
「護衛でも姫騎士はパーティとか一緒にするわけだし。私だけじゃなく多くの貴族がいるんだから、マナーは守ってもらわないといけないわ。エンブラム家の恥になっちゃうから」
「はあ……仕方ないですね」
「じゃあ、早速明日からね」
「へいへい……」
「午前中に教養の授業をまとめてあげるから」
「さすがお嬢様……! 一生付いていきます!」
「えっへん!」
これなら午後からはレベリングに行けそうだ。
それはそうと、そろそろ素材を売り払わないとな。マジックバッグがあるからずっと貯めっぱなしにしてるから。
まあ、今はまず目の前の教養に集中しなきゃな。
◆
翌日。
お嬢様に宣言された通りに、教養の授業に参加することになった。
そのとき、珍しい人が顔を出してくれた。
「お、お父様……」
相変わらずふてぶてしい態度で、まん丸い腹を揺らしながら登場した領主。数年前にうちの村で会って以来だな。
「お久しぶりです。領主様」
領主は挨拶一つせず、俺とお嬢様を交互に見た。
それにしてもこの人……以前もそうだったけど随分と不気味なのよな。あのときも唐突に命令してきたし、その目からは感情は一切読み取れない。と言っても感情がないとか無表情とかそういうものじゃない。まるで……誰一人寄せ付けない孤独なハイエナのような目だ。
「どうして姫騎士が授業を?」
「は、はいっ。パーティなどでマナーを知らないベリルが何か失礼をしてしまい、エンブラム家に泥を塗らないようにです……」
「いいだろう。それと縁談先が決定した」
縁談先……?
「かしこまりました……」
「今日の夕食を一緒に食べることになっている。準備しておくように」
「はい……」
領主はまるで興味がないように言い放つ。
自分の娘の縁談先が決まったのなら喜ぶなりするだろうに……一切そのような感情は見えない。
領主はゆっくり歩き、執事の前に立った。
「姫騎士が授業を一緒に受けていると聞いていないが……?」
「も、申し訳ございません……わたくしもたったい――――」
ベシッ!
領主は左手の甲でムースさんの顔にビンタをした。
「も、申し訳ございませんでした!」
「無能め」
冷たい視線を送った領主は、そのまま去って行った。
いやいや……ムースさんが悪いわけじゃないだろう……てか、お嬢様よ……言わなかったのかよ……。
シーンとなった空気だったが、講師が無理矢理笑顔を作り授業が始まった。
何事もなかったかのようにお嬢様と俺のマナー講習会が始まり、貴族パーティの基本的なマナーを学んだ。
授業が終わり、お嬢様と一緒に昼食を食べるが、以前のような明るい感じはない。
だからと言って何か声を掛けることもしないがな。
昼食を食べてから俺はいつも通りにエンブラムダンジョンに向かった。
それにしても……縁談ということは、婚約者ってことだよな。
日本では婚約なんて早々聞くものじゃないし、ゲームでもそんな感じのことなんて見たこともない。もしかしたらメインクエストやサブクエストにそういう類のものがあったのかも知れないけど、俺は受けたことがない。
当然と言えば当然なのか、貴族社会である異世界では婚約が普通にあるんだな。
◆
「ベリル……? 珍しいわね。夕食時間まで帰ってくるなんて」
「はい。縁談の場に同行させていただきたいと思いまして」
「そう……」
「お相手の顔を覚えておかないと、お嬢様の護衛が難しくなりそうですので。念のため同行させてください」
「構わないわ。貴方は……私の姫騎士だもの。私が拒否しても貴方の意志で傍に立つことすら可能だもの」
やはり、姫騎士という仕事って相当大きな権力を持っているよな。
俺の意志一つで、お嬢様が眠っている部屋に侵入しても誰も文句言えず、お嬢様ですら文句が言えない。それくらい姫騎士というのは大きな存在だ。
だからこそ、姫騎士というのは事前に相手との綿密な関係性を築いてから契約するものだ。
なのにお嬢様と俺は一度も会ったことないのに姫騎士の契約を交わしているし、お嬢様もそれに納得している。
今ではポチがいたりしてそれなりに話せるようになったからいいが、どう考えてもおかしい。
そもそもそれだけ娘にとって重要な立ち位置なのに、あの日、まだ俺の実力も測ることもなく護衛を言い出した領主には……違和感を覚えてしまう。
少なくとも奥様が領主の正室であることと、お嬢様が二人の子供なのは間違いない事実。
ゲームの世界なのに、ちゃんと血液検査で親子関係とか一発でわかるみたいで、貴族は生まれたばかりの赤ん坊と父との血縁関係を調べる習わしらしいから、実は種違いってこともない。
まあ……俺が悩んだところで何か変わるわけではないが……気には留めておこう。
お嬢様はいつもよりも綺麗なドレスを着ているが、より胸を強調したデザインのものになっている。
そんな彼女を追いかけて会場に入ると、領主と奥様がテーブルに座っており、その対面には少しやせ細ってた中年男性と、若い男が座っていた。
「お待たせしました。クロエ・ア・エンブラムでございます」
「うひょ~!」
おいおい……男。一瞬で興奮してるじゃないか。
彼の視線の先には――――当たり前のようにお嬢様の巨大な胸だ。
いやいや……初対面でそれかよ……まじかこいつ……。
「伯爵。隣の彼は?」
「田舎上がりの姫騎士だ」
「なるほど。それは信用できるということだな」
「ああ」
……遠回しに田舎ディスってます?
俺は遠くに立ったまま会食の様子を見続けた。
基本的に奥様は静かに食事を食べながら相槌を打つだけ。
領主と相手の父が淡々と話し合う。
お嬢様はいつも授業を受けているときのように目が死んだまま、食事を食べる。
その向かいには目を輝かせてお嬢様の胸だけを見続けてる男。
あまりのカオス過ぎる状況に理解が追いつかないが……これもまた貴族のやり方なんだろうな。
相手の男は食事が終わって帰る際にも、最後までお嬢様の胸を見て涎を垂らしながら、変な笑い声をあげていた。
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