第14話 悩み、使い魔

「う~ん」


「ど、どうかしたの……?」


「ん~。どれを選んだらいいか悩んでてさ」


「そ、そっか……スキル……?」


「うん。三つのうち一つを選ばないといけないんだ。どれがいいかなぁ……」


 選択肢は三つ。【闇夜より刈る者】【闇夜より歩く者】【闇夜より操る者】。


 俺が前世のゲームで選んだのは――――一番最初の【闇夜より刈る者】だ。この時点でも十分強いけど、進化した先は破格の強さを誇る。


 しかし、約束された強さもいいのだが……その下の二つもめちゃくちゃ気になる。他二つとさらに進化先もは見たことがないから。


 ここはやっぱり安定重視で一番上を選ぶべきか……?


 “ワールドオブリバティー”にある無数の職能のスキルにはいくつもの派生があって、簡単に選べるスキルの派生はある程度研究し尽くされている。


 その結果として、同等の派生がある場合、それぞれに特徴があり、同等の強さに調整されている。


 ということは、俺が前世で手にした【闇夜より刈る者】と同等の力が【闇夜より歩く者】や【闇夜より操る者】にもあるということだ。


 それはもう……ワクワクでしかないのだあああああ!


 それに必ずしもこの世界では火力が強いだけが正義じゃないかも知れないからね。


「むひっ」


「ん?」


「あっ! ご、ごめんなさい……変な顔をしていたから……」


「あはは……」


 興奮しすぎたようだ。


 それにしても不思議な笑い方をするもんだな。


 家の奥から「ベリルくん~こっちにいらっしゃい~リサちゃん、案内してあげて~」と、エヴァネス様の綺麗な声が聞こえてきた。


「よろしく」


「う、うん……」


 リサの後を追いかける。


 その間もちらちらと俺を振り向く。


 リビングから下に向かう階段を降りると、外から見た家の大きさとは裏腹に、ものすごい長い廊下と、左右に等間隔に並んだ扉が無数にどこまでも続いていた。


「え!? なんだこれ……」


「えっと……おばあちゃんの魔法……正解の扉は一つしかないからはぐれないでね……」


「はぐれたら……どうなるんだ?」


「おばあちゃんが作った深淵に飲まれる……?」


「リサ様。ぜひ手を繋いでください。俺はここで死にたくありません」


「ひょへ!?」


 あまりの恐怖に彼女の手を握ると、大袈裟にビクッと震える。


「これならはぐれなくて心配ない……ふう。助かるぜ」


「え、え、え、えっ……っと、えっと」


「ん? どうしたんだ?」


「こ、こ、こ、こっ、っと、こっち」


 カタカタ歩きで進む彼女と並んで歩く。


 それにしてもこの光景は……怖いものがあるな。いびつというか、得体の知れない恐怖を感じる。


 ふう……魔女の家おそるべし。絶対に勝手に歩き回らないようにしよう。


「こ、こっ、っ、こ、こ」


「ここか」


 扉の違いは見分けが付かないな。


 リサが手を伸ばして扉を開くと、はたまた想像していたのとは全然違う景色が広がっていた。


 天井は暗闇に包まれていて見通せず、前世でいう体育館の三倍の広さはある。壁面全域に本棚と本がびっしり詰まっていて、本の隙間が一つも見当たらない。


 壁面以外にも同じ構造の棚がたくさん並んでいて、いろんな魔道具と思われる道具がずらりと並んでいた。


「私の宝物庫に人族が入るのは初めてよ。少しは誇りなさい」


「やった~! ボクが初めてだなんて~うっれしいっな~!」


「ふふっ。これからいつもそんな感じで話すのね?」


「いえ。何でもありません。とても光栄でございます」


 変な踊りから真に戻ると、隣で一緒に踊り出そうとしていたリサが、『ガーン!』と聞こえてきそうなくらい落ち込む。


「さあ、こちらの棚に準備しておいたわ。エンシェントロックリザードの魔石からマジックバッグの超過分を引いて、交換してあげてもいいのを並べたから、どれか一つ欲しいものを選んでちょうだい」


「ちゃっかりマジックバッグの分も乗せてるんですね」


「そりゃ~取引ですもの。使い方はリサが全部知ってるから」


「わかりました。リサ様。よろしくお願いします」


「え、えっ……と……うん……」


 エヴァネス様は「へぇ~いつの間に仲良くなって……ふふっ。後は頼むわよ~」と言い残し、二人っきりにされた。


 気を取り直して示された棚を確認する。


 何か便利そうな魔道具……う~ん。意外と便利そうなものは見当たらない。


 ちょっと興味があったルンバもあるけど、リビングを回っているものの劣化版なのが見てわかる。それにうちは狭いから掃いてしまった方が早い気がする。


「くっ……エヴァネス様って俺をイジメてる!? なんかちょっと使い古されたものしかないんだが……!」


「むひっ」


「ねえねえ、リサ様。どれがいいと思う?」


「え、えっ、っ、と……あの……私……様って……どうして?」


「うん? リサ様も魔女様なんでしょう? 魔女様はそう呼ぶもんかと」


「普通に……呼んでくれて……いいよ?」


「そっか。じゃあ、リサ」


「ふにゃ!?」


「あ、呼び捨てはダメか。じゃあ――」


「だ、大丈夫!」


「お、おう……」


 まともに喋ったことがある女性は母さんとソフィアだけだから、年齢が近いソフィアと話している感じで接した方がいいと思ってると、こうなっちゃうんだな。


「おすすめは……それかな」


 彼女が指差したのは棚の一番下の段の一番遠い場所に置かれた物だった。


 まだ身長が小さいから上ばかり見ようとして下は見てなかった。


「ん……これ?」


 一枚の紙を手に取って彼女に見せると、コクリと頷いてくれた。


 白い紙の真ん中には細かい黒文字の魔法陣が書き綴られている。


「これがおすすめなんだ?」


「うん」


「じゃあ、これにする」


「えっ!? い、いいの?」


「だってリサがおすすめしてくれたんだし、俺には魔道具の価値とかわからないし、きっと俺のためになると思って言ってくれたんだと思うから」


「ほえぇ……」


「これってどうするんだ?」


「えっと、血液を一滴落とすと発現するよ」


「血ね。わかった」


 マジックバッグからナイフを取り出して、先端を人差し指で軽く押すと、一滴だけ赤い血が出た。それをリサに言われた通り魔法陣に付けてみる。


 次の瞬間、魔法陣から禍々しい黒い靄が溢れ出て、俺は思わず紙を手放した。


 紙は地面に落ちると、黒い靄はどんどん大きくなり――――一匹の動物の形を作った。


 ブラックウルフ……ではないな。黒い毛並みはあるけど、ブラックウルフとは全然違う。


 全長は大体一メートル程。大型犬くらいのサイズの四つ足の犬。というか狼。


 ん……? どこかで見た事が……あれ? どこだっけ?


「あ! こいつもしかして‼」


「ベリルくん……知ってるの?」


「あ、いや、知りません」


「むひっ」


 その笑い方面白いな。口の両端が吊り上がって、目が細くなる。俺が知ってる魔女らしい怖いイメージの笑い方だよ。


 それはそうと、この狼。おそらく……とあるダンジョンの深層に出現するボス級魔獣ケルベロスだ。


 ただ、不思議なことに俺が知ってるケルベロスはもっと凶悪な表情かつ顔が三つある。なのに、現れた狼は顔が一つしかないのだ。しかも穏やかな表情。


「リサ。さっきの紙は何だったんだ?」


「名前はね、【使い魔の契約紙】というものだよ。契約者の中にいる心の獣しんじゅうを呼び出すものなの」


「シンジュウ……か。ということはこいつは俺の心の中にいた魔獣みたいな存在ってこと?」


「全然違うけど、大体そんな感じかな」


 いや、それ矛盾してない?


「使い魔は一度契約を結ぶといつでも召喚できるし、とても便利だと思って……」


「そっか。確かに一人でいるより、俺の言うことを聞いてくれる使い魔がいると助かるからな。とても素敵なものを選んでくれてありがとう。リサ」


「ひょえ!? う、うん!」


「選んだし、戻ろうか。あ、帰りもお願いします」


「うん……!」


 またリサと手を繋いで宝物庫を後にしてリビングに戻った。




「お~ちゃんと一番の当たり・・・・・・を引いたわね。さすがよ」


「ん? あの契約紙ってそんな貴重なものだったんですか?」


「そうね。あの中だと断トツに高い物かしら。そのマジックバッグと同等くらい?」


「ええええ~!?」


「うふふ。まあ、そんなことはいいとして、名前を付けてあげるといいわよ。じゃないと召喚も帰還も使えないでしょうから」


「召喚? 帰還?」


「だって、そのまま居続けたら迷惑でしょう? 必要がないときはまた心に戻して、必要なときに呼び出して使うの」


「なるほど。う~ん。名前か~」


 ケルベロスもどき使い魔と目を合わせて、じっと見つめる。


 名前決めるのとか苦手なんだよな……ブラックサイズとかもそうだったし……。


 むむむ。ケルベロスっぽいからってケルベロスって名前もどうかなと思う。


 ここは……テキトーに……。


「よし。お前の名前は――――ポチだ」


 飼い犬なんて、ポチくらいがちょうどいい。アレックスとか何だか人の名前みたいで区別がつきにくい名前なら、いかにも犬ってわかりやすい名前がいいよね。


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術者【ベリル】の使い魔の名称が【ポチ】に固定されました。

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 ポチは凛々しい表情で自分の名前を誇らしいと思っている。と思いたい。


「これからよろしくな。ポチ」


「ガフッ」


 首元を優しく撫でてあげて、一度心に戻してみた。


 おお……これはすごく便利だな。


 エヴァネス様とリサはポチという名前が随分と気に入ったのか、あわやスカートの中が見えるんじゃないかってくらいソファで横たわる程、腹を抱えて笑っていた。

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