第11話 魔女、契約

 出されたお茶は、毒々しい紫色のドロっとしたお茶でした。


「毒……ですよねこれ」


「失敬な。ちゃんと美味しいお茶だわ。ほら、私も飲んでいるでしょう」


 確かに女性も同じものを飲んでいるし、女の子は相変わらず彼女が座ってる椅子の後ろに隠れるようにして俺をちらちらと見ている。


「いただきます」


 もし毒なら……俺の人生ここで終わり……母さんをまた泣かせることになるのだが……本来なら飲まない方がいいけど、彼女からは悪意みたいなのは伝わってこないから信じてみることにする。


 なんたって、あのブライアンさんが紹介してくれた人だから。


 ドロっとした紫の液体を飲んでみる。


 口の中にふんわりと甘くて驚くくらい爽やかな香りが広がっていく。


「美味しい!」


「言ったでしょう?」


「ごめんなさい」


「よろしい。それで、君は誰で、どうしてここに来たのかしら」


「はい。俺はベリルと言います。表に置いてきたブラックサイズを使っています。普段狩りをしているんですが、困ったことに素材を持ち帰れなくて……それをブライアンさんに相談したらここに住んでいる魔女様なら【マジックバッグ】というものを売ってもらえるかもしれないと教わりました」


「なるほどね。まさかあの子から言われるなんて……貴方。相当信頼されているわね?」


「そうみたいです」


「もしかして、先日あったキングブラックウルフを退けたのも君?」


「知っていたんですか?」


「ええ。助けに行こうかなと思ったら、ブラックウルフ達が次々とやられてたみたいだから、案の定……キングも逃げ去っていたから驚いてたのよね」


「となると、見ていたというよりは、探知スキル的なものなんですね」


「……へぇ。君。年齢のわりには賢いわね?」


「少しは信用してくださいました?」


「信用なんて、とっくにしてるわよ。何より――――ここに来れたからね。普通の人はここにたどり着けないから。私の結界魔法でね」


 結界魔法なんて掛けられていたんだな。


 もしかしたら称号【魔王と呼ばれていた者】があったから突破できたかも。だって、それっぽいスキルはないし、【転生者】はただ経験値に影響があるだけだから。


「マジックバッグならうちにあるわよ。新しいものはちょっと材料がないから無理だけど……でも、結構高いわよ?」


「いくらだと売っていただけますか? 今は持ち合わせがないんですが、これからお金を貯めて来ますから」


「ふふっ。貴方。見た目以上に中々のやり手ね。値段を確認するためだけにこんなところに来るなんて」


「目標があった方が動きやすいじゃないですか。それに時間は有限なんで」


「貴方……今、何歳かしら?」


「六歳です」


「六歳なのに時間が有限なんて言わないと思うんだけれど……」


「えっと、実は十歳になるまでに……キングブラックウルフを倒さないといけないんです」


 すると、女性は目を丸くして、「あはは~!」と声を上げ、腹を抱えて笑った。


「あはは~まさか、あんな化け物を倒そうとする六歳児がいるなんて思いもしなかったわ。へぇ……何か事情がありそうね?」


「はい。それに四年でいろいろやらないといけなくて……そこでマジックバッグさえあれば、お金の工面もできますし、村を発展させることもできますから」


「ふふっ。面白いわね。ではこうしよう」


 彼女は右手を少し上げると、不思議な光の粒が大量に現れて、一つの形を作った。


 忘れるはずもない……あの日、俺と戦ったキングブラックウルフだ。


「この子。君が倒すんでしょう?」


「はい。絶対に倒します」


「なら、この子を倒したときに手に入る魔石をちょうだい」


 そう来たか……正直、それだけは絶対に譲りたくはない。


 ボス級魔獣を倒すと確定で魔石が手に入る。それはレイドボスも一緒で、レイドボスからドロップする素材の中でも、魔石は確実に高額で取引される。


 通常魔石は【小魔石】【中魔石】【大魔石】【特大魔石】などと呼ばれていて、いわゆるエネルギー源となっている。魔導機械を動かすにはこの魔石を使わなければならない。


 それに対してボスを倒したときの魔石には名前が付く。例えば【キングブラックウルフの魔石】みたいに。


 これらは通常魔石のようにエネルギー源として使うことはできない。代わりに、魔道具を作る素材として大活躍する。


 俺は製作をしたことはないが、例えるなら、マジックバッグを【キングブラックウルフの魔石】で作るか、なしで作るかで容量が大幅に差が出るような……それくらい大事なアイテムだ。


 当然……その値段は計り知れない。しかもレイドボスとなるとますますね。


「その案は非常に魅力的です! ですけど、それだと安いマジックバッグを寄越されて、後から大損する可能性があるので、もっと細かい詳細を教えてください」


「あら、貴方……本当にただの子供じゃないね。面白いわ。ふふっ。リサちゃん~工房から黒いマジックバッグを持って来てちょうだい」


「う、うん!」


 女の子はダダダッと走って家の裏に入っていく。


 珍しい髪色で顔も整っていて将来は綺麗な人になりそうだ。


「あの、一つ聞いてもいいですか?」


「うん?」


「失礼になったらごめんなさい。さっきの子から……その……おばあちゃん・・・・・・と呼ばれていて気になっていたので……」


「ふふっ。普通は失礼だろうけど、貴方は礼儀正しいから気にならないわね。私、あの子の本当のおばあちゃんよ」


「ええええ~! めちゃくちゃ若いのに……」


「あら、ありがとう。でも、この若さは偽物よ。魔女って大人になったら体の成長が止まって、死ぬまでこの姿のままよ。いくら歳を取ってもね」


 そういいながらニヤリと笑う彼女に、これ以上聞いたらダメだと感じた。


「やっぱり魔女様だったんですね」


「ええ。魔女族よ。あの子もね。それにあの子も六歳だから、貴方と同じ歳ね」


「へえ~そうだったんですね」


 となると、あれか。成長自体は同じくらいで、二十歳くらいになったら成長が止まる感じか。


「そういえば、貴方ってこれから狩りに出るって言ってたわよね」


「はい」


「じゃあ、狩りで手に入った特殊な素材があったら、私のところに売ってちょうだい。珍しいアイテムと交換してあげる」


「本当ですか!」


「あら、意外と食いつきがいいわね。何か欲しいものでもあるのかしら」


「はい! 傷を一瞬で治す薬とかありませんか?」


「ふふっ。あるわよ。名前は【ポーション】というんだけど、私が作れるのは傷を塞ぐだけ。つまり、悪化させない薬よ。だから無くなった手足を戻すとかは無理。それでもいいなら交換してあげる」


「それでも十分すぎます! うちの村には神官さんもいなくて誰も治癒魔法を使えないんです」


「貴方のような子があの村から生まれるなんてね。不思議なこともあるものだわ。それに髪も世にも珍しい黒色だもの」


「先祖返りっぽいです」


「そういうことにしておくわ」


「あはは……」


 何から何まで見透かされてしまった気がするけど、気にしない。今はとにかくキングブラックウルフを倒すことだけが目標だ。


 工房から女の子が帰ってきて、また彼女の後ろに隠れて、そっと黒いバッグを彼女に渡した。


「リサちゃん。貴方と同じ歳の子よ? 話して見たらどうかしら?」


 女の子の表情が絶望に染まり、全力で首を横に振った。


 そ、そんなに嫌がらなくても……。


「この子は人見知りが酷いからね。悪気はないのよ。さあ、これが君に先行投資・・・・するマジックバッグよ。私が作った物の中では最上級よ」


 マジックバッグを手に取って開いてみる。


 中は俺が想像していたものとはまるで違う黒い異空間が広がっていた。


 異世界すげぇ……不思議な体験だ……。


「手を入れてみてごらん」


 言われた通り、中に手を入れると、目の前にウィンドウが表示される。


「おお! こうなるんだ」


 そこに品目は描かれてないけど、上部には『収納品0/10000』と『サイズXL』、『自動収集機能』、『時間停止』が表記されている。


「収納品一万……?」


「ふふっ。大きさが最大XLサイズまで入るわ。大体~五メートルくらいの魔獣なら丸々入るかな? それが一万品入る。時間が止まるのも特別製だし、自動収集もよ? これでどう?」


「それって……すごく貴重なんじゃ?」


「そうよ。人族の言葉にすれば――――国宝級が遥か下に見えるわね」


「ええええ~! こ、こんなすごいものをいいんですか?」


「よくないわ。しかも、キングブラックウルフの魔石でも釣り合わないもの。だからこれは――――先行投資・・・・。本来なら……貴方が言った通り、テキトーに安いマジックバッグを与えているわ。でも……貴方に興味が出たわ。キングブラックウルフの一件だけじゃなくて、貴方自身にとっても興味があるの」


 やっぱりそうだよな……。損をしないように良かれと思って発言したものが、逆に興味を引いてしまった。


 少なくともマジックバッグを取ると……彼女とは切っても切れない関係が生まれるのは容易に想像できる。


 “ワールドオブリバティー”にも魔女はいて、ウィッチという魔獣としていたが……明らかに魔女とウィッチは違うよな。


 だが……こんな機会を失うわけにはいかない。


 税金ばかり取って何もしてくれない領主と比べれば、まだ取引に応じてくれる彼女の方が百倍はいい。


「わかりました。ご厚意、受けさせていただきます。代わりに……俺が協力できることは何でも言ってください」


 当然、ニヤリと笑う彼女に、後戻りはできないと思った。

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