第8話 頼み、狩り、獲物

「ベリル……すまない」


「どうして父さんが謝るの? 父さんが悪いわけじゃない。それに、むしろ希望が増えたと考えるべきだよ。だから心配しないで。俺も頑張るから」


 父さんは涙をこらえて、俺を抱きしめてくれる。


 八割もの素材を持っていかれることも、領主の命令も、父さんは全部自分のせいだと思っているんだろうけど、それは違う。


 悪いのは全て世界のシステム。


 前世とはまるで違う人権の順位。


 貴族が平民よりも尊い存在として君臨し、平民はただひれ伏すしかできない。それを超えるには、自分が貴族になるしか方法はない。


 俺との話し合いを終えた領主は、瞬く間に村から去っていった。しかも、キングブラックウルフをどうするかなんて一言も言わなかったし、むしろ……このまま放置するのかも。


 となると、残る時間はあと四年。


 四年で……あいつを倒さないといけない。


 まず、何が何でも武器を手に入れないといけないな。


 今の俺なら裂傷がなくても魔獣を倒すことはできるが……武器がないと厳しい。


 領主が去った後、父さんから村長に事情を伝えている間、二人の男が俺のところにやってきた。


「ベ、ベリル!」


「ん? …………」


「その……」


「…………」


「今回は村を助けてくれてありがとう……! 以前……石を投げたことはもう一度謝らせてくれ……本当にごめん!」」


 少し離れたところから、何か怖いものを見ているかのような視線で子供達がグランと一緒に頭を下げる。


 別に謝って欲しいわけじゃないから……声を掛けないで欲しいんだけどな……。


「お前が怒っているのも当然だ……でもこれだけは言わせて欲しくて来たんだ。俺は父さんと同じ職能の【鍛冶師】を持って生まれた。この半年間……父さんの工房で武器を作っている。そこでお願いがある……お前が倒したブラックウルフの牙で……お前の武器を作らせてくれ! 絶対に後悔はさせない! 全力で作るから頼む!」


 グランの意外な提案に驚いた。


 だがしかし……貴重なブラックウルフの牙を使うなら、グランじゃなくてブライアンさんに作ってもらいたいんだが……。


「ベリルくん。ぜひ息子に打たせてはくれないだろうか。鍛冶師としての経験は無論俺の方が多い。だが……鍛冶に最も大事なのは、込める思いだ。グランが作る武器は絶対に後悔しない性能になる」


「そうですか……わかりました。これから狩りに出かけるつもりなので、どうしても武器は欲しかったんです。大半の素材は納付したんですが、牙と爪、皮はある程度取っておきましたから。それを使ってください」


「あ、ありがとう! 俺……絶対にお前が納得できる武器を作るからよ! あのときの……大きな黒い鎌でいいんだろ!?」


「…………あ、ああ」


「すげぇもん作るからよ……まだ一年しか修行してないけど……でもずっと後悔していたんだ。お前に石を投げたこと。なのにお前は俺達を助けてくれた……俺……絶対にお前が思うままに狩りができる武器作るから、待っていてくれ!」


 こいつ……こんなに情熱的な奴だっけ? それに別に君達を助けたくて助けたんじゃないんだけどな……俺は家族が助かれば良かったし……でもまぁ、ブライアンさんとか隣人さん達のような顔見知りを見捨てたくなかったのは事実だしな。


「ああ。期待している」


「おう!」


 グランは覚悟を決めた表情で村長宅に置いてある素材を取りに向かう。


 ブライアンさんも小さく「ありがとう」と呟き、俺に短剣を一つ渡してくれて、彼の後を追いかけた。


 まあ、ブライアンさんが付いているなら問題ないでしょう。


 さて……新しい武器ができるまで、この短剣を使うしかないか。


 俺は真っすぐ村を出て森の中に入った。




 さて、いざ狩りをしようと考えたものの、剣用スキルは持っていないから、鎌用スキルは何一つ発動できない。


 だが、俺には純粋なステータスがある。多少は戦えるはず。むしろ、鎌を持っていると身体能力が引き上がり、それに頼った戦いになるかも知れないから、武器が完成するまでは、修行のつもりで狩ろう。


 最初に見つけた獲物は、ラット。大型鼠魔獣で、最弱ではあるが、噛まれると普通に痛い。いや、痛いどころか、多分大ケガする。


 意外とすばしっこくて引っ掻きも面倒な相手――――だがっ! 今の俺の相手ではない~!


 レベル3でステータスポイント60も上げた俺は、実質レベル21と同等だ。


 1~30が下級、31~60が中級、61~90が上級、91~100が最上級と呼ばれているから、下の上って感じだな。


 ラットが飛び込んできたが、ひょいっと避けてみると、案外簡単に避けられた。


 鎌を持つと俊敏が81になって速さには自信が持てるが、現状では31。それなりの速度だが、ラットくらいなら何とかなるな。


 ちなみに相手がブラックウルフなら多分厳しい。


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ラットを倒しました。

経験値1を獲得しました。

称号【転生者】により獲得経験値が1/10に下がります。

経験値が低いため獲得できませんでした。

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 …………うあああああ! 経験値入らないのかよ! せめて1は入れよ! 1くらい!


 称号【転生者】は間違いなくチートスキルだ。ただ、初心者殺し過ぎる。


 最弱の魔獣を倒して経験値1からコツコツ貯めることを許してくれなく、最低でも10以上の魔獣と戦わないといけない。


 ラットとブラックウルフの間となると…………ゴブリンとかになるかな。てか、鎌なしでゴブリンに勝てるか? そもそも近場にゴブリンなんているのか?


 …………あれ?


 …………ちょっと待ってくれ。


 …………。


 …………。


 ラットの亡骸がインベントリーに入らない。


 いや、そもそもこの世界にインベントリーはあるのか? アイテムボックス的なものとかは?


 ゲームの世界では誰しもがインベントリーが与えられている。でもよくよく考えたら、そういうモノを使ってる村人を一人も見たことがない。


 あれって実は転生者ボーナス並みの超レアスキルだったのか? だから今の俺にはないと。代わりに称号【転生者】があるみたいな?


 い、いや……困ったな……解体なんてしたことないよ? 料理は多少していたけれど“ワールドオブリバティー”にハマってからは簡単なモノばかり食べてたし……。


「はあ……」


 捨てるのはもったいないし、持ったまま狩りはできないし、解体を学んでくるかどうするか考えなくちゃな。


 経験値も獲得できないし、ラットを持って一度家に戻った。




「あははは! それは中々の傑作だな!」


「父さん! 笑い過ぎだよ!」


「ごめんごめん。急に神妙な表情で帰って来たから何事かと思ったら……ぷははは!」


 父さんの笑いに弟と妹も釣られて笑うし、母さんもニコニコっと笑う。


「それでどうしたらいいと思う? このままだと……せっかく狩りに出ても獲物がもったいなくて……捨てるのはちょっと」


「そうだな。ラットも肉として食べる部位があるから捨てるのはもったいないし、肉を欲しがる人は多いからな。他の部位はあまり使えないがな。皮も薄くて弱いから素材としては微妙だ」


「物がたくさん入るカバンとかないの? 見た目以上に入る的な」


 父さんが俺の肩に手を乗せる。


「ベリル。世の中はそう便利じゃないぞ」


 知ってるよ!


 でも魔導機械がある世界だし、他にも魔道具と呼ばれている魔法がかかった道具がある。インベントリーの代わりになるカバンとかあると思うんだよな。


「解体を覚えるしかないかな」


「兄ちゃん! あれ使ったら?」


「ん?」


 ルアンが指差してるところを見ると、そこにあったのは小麦を切って乗せる台車があった。


「台車……? なるほど! 獲物を積んで移動すればいいのか!」


「あら、それはいい考えね。ルアンくん偉いね~」


 母さんが弟の頭を撫でてあげると、気持ちよさそうに「えへへ~」と笑う。


「父さん。余ってる台車、持っててもいい?」


「ああ。いいぞ。それと獲物はひとまず全部持って来なさい。どうするかは母さんと話し合って何とかするから」


「わかった! じゃあ、もう一回行ってくる~!」


「ああ。気を付けてな」


 経験値にはならなくても、肉になってくれたら食卓もよくなるだろうし、それは家族の為にもなる。


 ひとまず、今は武器ができるまでラットとか弱い魔獣で修行だ!


 それから台車を引いて森を回りながら、ラット、セイバード、ベビースネイクなどの弱い魔獣を狩り続けた。




「わ~い! 今日は肉がたくさん~!」


 毎日のように肉を食べれるわけではなかったからか、弟も妹も肉に目を光らせる。


 母さんの腕前で調理された肉はどれも美味しくて、森を回って一緒に拾って来た薬草や野菜も一緒に食べる。


 どれも頬っぺたが落ちるんじゃいだろうかと心配になるくらい美味しくて、幸せだ。

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