第7話 骨折、領主

 全身に感じていた痛みは嘘のように消え、どこまでも温かい――――そんな温もりが俺の全身を包み込んだ。


 ゆっくりと目を開ける。


「いつもの天井だ……」


「「兄ちゃん!」」


「ベリルッ!」


 すぐにルアンとソフィア、母さんの声が聞こえて、俺の体に三人が押し寄せてきた。


 あの……多分……俺、ケガ人だと……思うんだが……まあ、こういう風に心配されるって嬉しくて、何も言わないよな。


「家?」


「ベリルくん? 覚えてる? 貴方がキングブラックウルフを退けたのよ?」


「あ~何となく覚えているよ母さん。みんな生きてて本当に良かった」


「ベリルッ……貴方が無事で本当に……良かった……」


「あはは……また母さんを泣かせてしまった」


「これは嬉し泣きだからいいのよ!」


 母さんの言い訳(?)に、みんな声を揃えて笑った。


 何とか今回の一件はクリアしたみたいでよかった。


 ゲームじゃあるまいし、クリアじゃないか。


 それから、母さんからあの後のことを教えてもらえた。


 巨大黒狼は俺の一撃で逃げ去ってしまったそう。


 あれから現れる形跡はなく、村は再び平和を取り戻した。しかし、このままにはしておけないと、村長から使いを出して領主様に事情を伝えている最中だという。


 一応倒したブラックウルフ達は全部で四十頭で、全部俺の所有物となるらしい。


 だがしかし、それも領主様との権利問題があるから全部貰えるかは領主様の心次第という。


 ……こういうときって貰えないのが相場だよな。


 村には治癒魔法が使える神官スキルを持っている者なんている訳もなく、田舎村だからよく効くポーションなどの薬もない。ちょっとした塗り薬で母さん達が塗ってくれて、今の俺は包帯まみれだ。


 全身の傷もそうだが、何より問題なのは左腕と右足の骨が折れているところ。通常時なら歩くこともままならない。


 あの戦いで使った秘技のおかげで動きにブーストが掛かり退けることができた。


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【死神覚醒】

鎌使いが瀕死状態で使える秘技。

(※持続時間はレベル依存)

・身体能力制限解除

・身体能力超上昇

・トランス状態

・攻撃追加ダメージ(特大)

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 技【死神覚醒】は、鎌使いになった瞬間から使える秘技だが、持続時間がレベル依存だから俺のレベル3だった俺ではほんの数秒しか持たない。


 奥の手となるこのスキルだが、身体能力を上げる【トランス状態】があるにも関わらず、別枠で【身体能力超上昇】というものが付いている。つまり、ダブルトランス状態みたいなものだ。


 技【トランス】が使える【暗黒騎士】というスキルは、その強さによって非常に人気スキルで、多くのプレイヤーが暗黒騎士を獲得するべく、毎日のように頑張っていたのに、鎌使いはそれを上回る効果を持つ。


 まあ、あくまで瀕死状態でしか出せずに、持続時間が終わったらしばらく動けなくなる【トランス状態】のせいで、常用するような技ではないが。


 とにもかくにも奥の手のおかげで生き残ることはできたが……それにしても、ずいぶんとボロボロにされたな。むしろ、よく生きているな、俺。


 しばらく動けないから、弟と妹が俺の世話をすると息巻いている。


 家族も落ち着いたので、ステータス画面を開いた。


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【レベル】3

【 力 】11

【俊 敏】31

【器 用】21

【頑 丈】1

【魔 力】1

【抵 抗】1

【 運 】1

SPスキルポイント】0

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 巨大黒狼を倒したわけではないから経験値は得られないか。


 あいつの左目に大きな傷を与えて裂傷状態にはできたが、裂傷も無限に続くわけじゃない。効果が小だからあいつの体力を削り切るまでに裂傷が治ってしまったのかもな。裂傷だって無限に続くわけじゃないし……この世界では明確なダメージが表記されない。裂傷傷で動けなくなった黒い狼達も、ダメージで倒したというよりも、出血で倒せた感じだったしな。


 まずは傷を治したら急いで狩りに向かってレベルを上げよう。


 裂傷に頼るだけじゃ生きていけないこともわかったし。


 その日から弟妹達に看護されながら日々を過ごした。





 二週間後。


 ようやく体が回復した。


 前世の感覚で言えば、非常に回復が速くて驚いた。これでも遅いらしいが、教会で神官に頼めば治癒魔法で一瞬で治してくれる世界だしな。


「兄ちゃん? もう大丈夫?」


 少し心配そうに俺を見上げる妹。


 くっ……うちの妹、まじ可愛い。


「ソフィア達が看病してくれてもう痛くないよ~ありがとうな」


「うん!」


「父さん。ちょっと相談があるんだ」


 食卓の向こうに座っている父さんが、遂に来たかって感じの表情で俺を見返す。


「ベリル。どうしたんだ?」


「俺……狩りに出かけたい」


「っ……ベリル。君はまだ……」


「父さん。俺……今度はあの魔獣が来たら、みんなを守れる自信がないんだ。もっと強くなりたい。父さんが言った通り、俺は農夫だけど……あと五年も残ってる。その間に少しでもみんなを守れるくらい強くなりたいんだ」


「ベリル……」


「安全最優先で頑張るから! 父さん! 母さん!」


「ベリルくん……」


「……わかった。ブラックウルフの一件でベリルの強さは知っているつもりだ。村に住む誰よりも強い。だけど……これだけは約束してくれ。一生後悔するようなことにだけはならないようにな」


「うん。ありがとう父さん」


 意外とあっさり狩りの許可が出たので良かった。まあ、隠れてでも行くけども。


「ルアン。ソフィア。兄ちゃん頑張るから。これからあまり構ってあげれないかも知れないけど、我慢してくれよな?」


「う、うん……」


 二人とも寂しそうにする。


 くっ……弟妹世界一可愛い……。


 だが、これも弟妹を守るためでもあるんだ。


 そのとき、扉をノック音と共に慌てた声が聞こえてきた。


「アルク! ベリルくんはいるか! 急いで出てもらえないだろうか!」


「ん? 村長か?」


 扉を開けると、血相を変えた村長が立っていた。


「朝早くにすまない! 領主様が直々いらしてくれて、ベリルくんと会いたいそうだ。すまないがブラックウルフの件があるから急いで来てくれ!」


 あ~そういや、そんなことあったな。二週間も経ってたからブラックウルフの素材のことは忘れていたよ。


「父さん、行こう」


 すぐに家族で村長の家に向かった。




 村長の前には鈍色にびいろの鎧を身にまとった兵士達が無数に並んでおり、豪華な馬車が一台と、“ワールドオブリバティー”の移動のツールの一つでもあった馬型魔獣ホースが何頭も並んでいた。


 領主様はここら辺一帯の村を統治する方で、かなりの権力があると父さんから聞いている。


「ベリルくん……粗相そそうのないように頼むぞ!」


「わかりました村長」


 いつにもまして怯える村長。やっぱり領主って怖いんだな。


 俺と父さんだけ村長宅へ入室が認められ、二人で中に入った。


 入るとすぐに強そうな騎士達が目を光らせて俺達を睨む。


 その先に村長宅にあるソファにふてぶてしく座った丸っとした体形のおっさんが座って、つまらなそうな表情でこちらを見た。


「アルクと申します。息子のベリルと一緒に参りました」


「ブラックウルフの群れを倒したのは、父ではなくそちらの子でいいのか?」


「はい。そうでございます」


「こんな小さな子がブラックウルフの群れを一掃して……あの強力なキングブラックウルフを退けた?」


「…………」


 こいつ……絶対信じてないよ。俺でもこんな小さな子供があんな化け物を倒したと言われたら信じがたいけどさ。でも事実は事実だし……。


「これだけの住民がそう話しているし、確かに素材は全て確認させてもらった。それはそうとして……ベリルとやら、あの素材の権利は確かにお前にある。それに従いお前には納税の義務も生まれてくる。まだ市民権もなく騎士爵もないお前には父の農夫と同じ税率が適用される。これは王国法だ」


「はい」


「それにともない、お前にはブラックウルフからの収入八割を納付しなければならない」


 予想はしていたが……八割も持っていくのかよ。ぼったくりすぎる……。その上に村の安全のための策を講じてくれるわけでもないのによ。


 ったく……不満を言っても仕方がないがこんな理不尽は本当にムカつくぜ。


 俺の……転生前の……父みたいなこと言いやがって……。


「かしこまりました。では素材の八割を治めます」


「うむ。それとこれからまた狩りを行った際にもそれは適応されるので、くれぐれも納めるように」


「かしこまりました」


 それにしてもすべての受け答えを騎士さんがして、領主様は一言も喋らないし、なんかつまらなそうにこっちを見ているだけ……金さえもらえればいいってか? ならどうしてわざわざ来たんだ?


「ベアドリック様。素材の件はこれで終わりです」


「ご苦労~そこの少年」


「はいっ」


 お、一応普通には喋れるんだな。


「ブラックウルフを倒せたってことは、強いんだな?」


「まだ修行の身でございます」


「ふむ。ならお前に領主として命令する」


 は……? おい、いったいどんな命令をするつもりなんだ。


 それから領主からは信じられないことが告げられた。


 だが、領主の命令は領民にとっては絶対。


 父も俺も拒否権など、なかった。

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