第6話 激戦、秘技、そして――

 巨体のわりにはすばしっこくて、大きな前足であっという間に俺が立っていた地面を叩きつけた。


 たった一撃で地面が抉られて、巨大黒狼の一撃がどれだけ強いのかが簡単にわかる。


 だがしかし、当たらなければどうってことはない!


 前足を隣で飛び込んで避けて、すぐに足を斬りつける。


 ――――カン!


「は!?」


 俺が使っていた草刈り用の鎌が巨大黒狼の皮を貫通できずに、金属の音を響かせて弾かれてしまった。


「嘘だろ!?」


「グラァァアア!」


 モグラ叩きみたいに叩きつける前足を避けながら攻撃を試みるが、どの攻撃が当たったとしても皮を貫くことができなかった。


 考え方が甘かった。


 ゲームの世界ならば、例えダメージが1という最低ラインでも、【鎌を持つ者】の能力で裂傷を与えて時間をかけて倒す算段だった。


 もちろん、ここに来る間のブラックウルフ達はそれで倒した。


 それが……まさか、攻撃が貫通しないことがあるなんて思いもしなかったな……。


 どうする? このままズルズル戦っても勝つことは難しい。しかし、逃げたとしても父さん達に被害が及んでしまう。一体どうすれば……。


 いや、冷静に考えろ。何か方法があるはずだ。


 少なくとも“ワールドオブリバティー”で戦いを長年研究していたはずだ。


 ゲーム性を忘れて現実的な思考も取り入れろ。どうすれば硬い皮を貫ける?


 貫く……? いや、貫く必要はないんじゃないか?


 俺は巨大黒狼を避けながら自分よりも遥かに高いところにそびえたつ血走った目で俺を睨んでいる顔を見上げる。


「皮が斬れないなら……! 柔らかいところを探すのみ!」


 攻撃をギリギリで避けた隙に、俺はそのまま足にしがみつき、急いで上に登っていく。


 鋭い歯がキラリと光り、俺を食い千切ろうとやってきたところを、足を蹴り上げて顔に乗る。


 一番柔らかいところと言えば……!


 俺は両手で鎌を握り、全力で振り下ろして――――目を斬りつけた。


 カン!


 咄嗟に目を閉じられ攻撃が塞がれた。


 こいつ……! 絶対知性があるだろ! そもそもこんな弱そうな鎌で斬りつけられたところで痛くも痒くもないはずなのに、こうして塞ぐってことは……俺がブラックウルフ達と戦っていたのを見て研究していたんじゃないのか?


 そのとき、村からブラックウルフ達がこちらにやってくるのが見えた。


 これで村のみんなのことを心配せずに安心して戦える!


 と言ったものの、巨大黒狼に勝てる術が見当たらない。何とか目を攻撃できれば……勝機が見えると思うんだが……。


 頭部を激しく揺らされそうだったので、急いで飛び降りた。


「グルゥゥゥゥ……」


「こんな小さな子供相手にそう怒るなよ」


 後ろからやってきたブラックウルフを斬りつけて倒していく。


 ん……? いっさい動かずに、俺の動きを観察している……?


 ブラックウルフを全部倒したとき、巨大黒狼は小さくニヤリと笑った気がした。


 次の瞬間、攻撃パターンが変化する。


 今までモグラ叩きのように上から下で振り落とされていた腕が、地面ごと薙ぎ払ってくる。


 やっぱり……俺とブラックウルフとの戦いを見て、俺の動きを観察していたんだ。俺の一番の弱点をこうも一瞬で看破するなんて……!


 レベルアップのおかげで俊敏が高くなっているが、それは速度が上昇したに過ぎない。


 別のスキルがあれば、高く跳ぶこともできるだろうが、あいにくそういうスキルは持っていない。つまり、俺は縦の動きができず、あくまで地面を走るだけの横の動きしかできない。


 こいつはそれを瞬時に把握したんだ。こんな小さな子供の俺を、敵と認めて舐めてかかろうとしないのだ。


 まあ、子分を一人に倒されたらそう思っても不思議ではないな。


 元々自分よりも子分を使って村を襲撃している時点で、こいつは臆病なやつだからな。


 横薙ぎの軌道を計りながらできるだけ避け続ける。何とかチャンスで目を攻撃できれば、倒すこともできるかも知れないが……。


 そんなことを思いながらチャンスを伺いながら巨大黒狼の攻撃を避け続けた。


 ――――そのとき。


 目に強烈な痛みが走った。


 これは……!? まさか! 速度では俺が上回ってるから当たらないことを知っていて……わざと地面を横薙ぎし続けて、砂ぼこりを起こさせたのか!?


 目が痛みで開けられなくなったそのとき、巨大黒狼の本命の攻撃が襲ってくる気配を感じた。


 しかし、それに反応することができずに、体を打ち付ける感覚が襲う。


 俺は吹き飛ばされ、地面に何度かバウンドしながら転がった。


 今まで生きてきた中で感じたこともない強烈な痛みに、自分の愚かさを悔いる。


 ここが現実だとわかっていたのに……それでも戦い自体はただのゲームとしか考えていなかった。現実は……そう簡単なものじゃない。


「痛ってぇ……」


 吹き飛ばされたおかげか、目は辛うじて見えるようになってきた。


 全身がボロボロで、多分骨も何か所か折れてる気がする。


 ゆっくりと近付いてくる巨大黒狼は下卑た笑みを浮かべて、傲慢に俺を見下ろしている。


「「ベリルッ!」」


 後ろから父さんと母さんの叫び声が聞こえた。


 ……ここで諦めたら両親だけじゃなく、村にいる全員殺される。


「巨大黒狼……お前、どうして俺をすぐに殺さないんだ? そんな慢心が……足をすくうってこともあるって知らないのか?」


「グラァァ」


 まるで俺を嘲笑うかのように唸り声を出す。


「お前は知らないだろうが……勝ったと思ったときこそが一番危険なんだよ。それが――――お前の敗因だ!」


 俺は鎌を持ち上げ――――自分の胸に突き刺した。


「秘技! 死神覚醒!」


 俺の全身から禍々しい気配が立ち上がり、赤と黒が入り混じったオーラが全身を覆う。そして、右手に握っている草刈り用の鎌は黒いオーラが形となり、黒い死神の鎌へと変貌した。


「一撃で決めてやるぜ!」


 家族は絶対に守る。何があっても。


 上昇した身体能力のおかげで一瞬で間合いを詰める。


 まだ嘲笑うかのように油断している巨大黒狼の顔に向かって飛び上がる。


 世界が止まっているかのように遅くなり、巨大黒狼が俺の動きを目で追うこともできないまま、俺は――――全力で左目に斬撃を叩きつけた。


 さっきまで切り裂くことができなかった皮もろとも、切り裂く。


「ギャアアアアアアアア!」


 巨大黒狼は慢心した表情から一変し、痛みでのたうち回り始める。


 だから言ったろ? 勝ったと確信したときこそ、実は一番危ないってさ。


 そのまま追撃に向かおうとしたが、俺の体を纏っていたオーラが消えた。


 まじかよ……まだ使って数秒も…………そういや、このスキルって……レベル依存の秘技だったな……ちくしょ……レベルが低すぎて数秒しか使えないのかよ……参ったな……。


 体に力が入らず、のたうち回る狼が一度俺を睨んでそのまま逃げていくのが見えた。


 そして、後ろから俺の名前を呼んでいる声に顔を向ける。


 母さん……また泣いてるのか……。


 俺は二人に親指を立てて、消えていく意識を手放した。

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