第4話 襲来、進化

 ウィンドウを眺めていたら、外からカンカンカンと鉄を乱暴に叩く音が鳴り響く。


 この音……予行練習・・・・のために聞くことはあるが、実際聞くのは初めてだ。


「兄ちゃん!」


 ソフィアが不安な表情で俺の体に抱き付く。


 定期的に予行練習していて音の意味を知っているからか、体を震わせている。


 こういうときこそ冷静にならなければならない。


 これは……ゲームではない。ケガをすれば痛いし、死んだらリスタもできない。家族だって同じだ。


「ルアン! ソフィア! 窓から外を見て何が起きてるか確認してくれ、危なくなったらすぐに窓を閉めるんだ!」


「「うん…!」」


 二人は窓と呼べるかも怪しい木の板を押して外を眺める。


 俺は玄関の近くでいつでも鍵を掛けれるようにする。鍵と言っても木材で扉を内側に開けなくさせる木材だが。


 緊張が走る中、弟と妹からの返事を待つ。


 その間も外は雑にベルを鳴らす音が鳴り響く。


 直後――――狼の鳴く声が聞こえた。


 ワオォォォォォン~!


 狼……? 落ち着け。考えられる狼型の魔獣ってなんだ……? 人がたくさんいる村を襲うとなると集団で動くタイプのはず。狼型魔獣は基本的に一匹で動くが、こうして村を襲うってことはリーダーがいて、群れを率いていると考えていいと思う。


 考えられるのは……ブラックウルフ、タイガーウルフ、ウェアウルフ、グランウルフ。他にもいくつかあるが、平地にまで下りるってなると……この四つのうちどれかか。


 俺も扉を少し開けて外を見つめる。


 そのとき、慌ててやってくる父さんと母さんの姿があった。


 急いで扉を開いて二人を迎えた。


「ベリルくん! ルアンくん! ソフィアちゃん! おいで!」


 母さんに呼ばれて集まると、俺達を一緒に抱きしめてくれた。


「母さん……怖いよぉ……」


「大丈夫よ。ソフィアちゃんはちゃんと兄ちゃん達の言う事をしっかり聞くのよ。ルアンくんもね。ベリルくん。弟と妹を守るのよ」


「母さん。魔獣が来たの?」


「ええ。きっと狼の魔獣よ」


「二人とも……戦いに行くの?」


「……そうよ」


 母さんの話を一緒に聞いていた妹の表情が変わって母さんの腕を抱きかかえる。


「やだ! 母さん! 行かないで!」


「ソフィアちゃん……私達はみんなを守るの。貴方達が明日生きれますようにね。ベリルくん。しっかりね」


「母さん……うん。わかった」


 安堵した表情を浮かべた母さんは、父さんが持った木製の盾と草刈り用の鎌を手に持った。


「ベリル。後は頼んだぞ」


「父さん。わかったよ」


「やだ! 行かないでええええ!」


 泣く妹を止めて、二人を見送った。


 父さんも母さんも農夫で戦闘系スキルなんて持ってない。いわゆる素人だ。多少戦いの心得はあるかも知れないが、戦闘スキル持ちに比べれば、子供と大人くらいの差がある。


「兄ちゃん……どうしよう……父さんと母さんが……」


「ルアン。ソフィア。父さんと母さんは俺達を守るために戦いに行ったんだ」


「お父さん達……帰ってくる?」


「……難しいかも知れない。でも一つだけ方法があるんだ」


「方法……?」


「ルアンとソフィアがちゃんと家で鍵を掛けていい子にしていること」


「兄ちゃんも行くの!?」


「ああ。父さんと母さん、ルアンとソフィアを守るためにな。ほら、ソフィア~ルアン~兄ちゃんが約束を破ったことがあるか?」


 すると二人とも泣きながら首を横に振る。


 はは……本当に可愛い弟と妹だよ。


 前世では一人っ子だったし、母は俺が小学生のときに亡くなり……あれからはまぁ……家族に愛情なんてないと思ってた。むしろ、母以外の人間はみんな酷い奴ばかりだった。


 でもここは違う。父さんも母さんも弟も妹もいる。――――最愛の家族だ。


 だから……守りたい。


 もし父さんや母さんが帰らぬ人になったら、俺は一生後悔するだろう。


 それに、農作業を手伝うようになるまでの五年間ずっと考えていた。


 もしこの世界が“ワールドオブリバティー”と同じ世界なら、外敵――――魔獣が存在すると。


 プレイヤーにとって魔獣はただの経験値で、負ければペナルティはあるがリスタート地点に戻るだけ。


 でもこの世界は違う。


 俺達は生きていて、父さんや母さん、みんなもNPCなんかじゃない。


 死んだら――――帰ってこないんだ。


「二人には秘密にしていたことがあるんだけど、実はな。兄ちゃんって――――ヒーローなんだ」


「「ひーろー?」」


 二人とも可愛らしく首をかしげる。


 俺がヒーローだなんて柄じゃないけど、弟達にはこれくらいがちょうどいい。


 二人の頭を優しく撫でてあげて、半年間俺の力になってくれた草刈り用の鎌を手に持った。


 このままなら俺は戦力にすらならず、足手まといだ。


 けれど、今日からは違う。この日をずっと待っていたし、五歳から一年間、このためだけに毎日農作業を手伝ってきた。


 俺は手を伸ばしてウィンドウを開いてすぐに選択肢を選んだ。


 転生した意味なんてわからない。でも“ワールドオブリバティー”は大好きだった。だから転生したときは嬉しかったし、このステータス画面もゲームっぽいのに現実という曖昧な感覚がまた――――たまらなく愛おしかった。


 転生して六年間、転生者である意味は何かを考えていたが、答えは見つからない。


 ただ一つだけ確実なのは――――転生者として、力がある。


 最弱職能農夫?


 それがどうした。俺には――――最強になれる可能性を秘めているんだ。


 本来なら大変な条件で、進化するのはもっと先になったんだろうけど、転生者だから熟練度さえ上げれば、無条件で進化ができる。


 だから俺は迷うことなく、この進化を選ぼう。


---------------------

草刈り鎌達人(10000/10000)

 ┗草刈り鎌名人

 ┗鎌を持つ者

---------------------


 当然、選ぶのは――――下だ。


---------------------

【スキル】

農耕の心得(-)

草刈り鎌達人(-)

鎌を持つ者(0/50000)

---------------------


 これでいい。


 今まで感じたこともない力が体の内側から溢れ出るようだ。


「兄ちゃんが何だかかっこいいかも!」


「うんうん!」


「ほら、言っただろう? 兄ちゃんが父さんと母さんを助けて来るから。でも、二人が家でいい子にしてないと向かえないんだ。二人ともちゃんといい子にしてくれるかい?」


「兄ちゃん……本当に助けて一緒に帰って来る?」


「ああ。ルアン。ちゃんと妹を守っていてくれ」


「わかった……!」


「私もちゃんと待ってる!」


「よし。俺が家を出たら、すぐに鍵を閉めて、俺達が帰って来るまで絶対に開けるなよ?」


「「わかった!」」


「じゃあ、行ってくる」


 二人を家に残して外に出た。


 ちゃんと鍵を閉める音を聞いてから、俺は全速力で気配・・がする方へ走った。


 俺が魔王と呼ばれるに至ったのは、この【鎌を持つ者】からさらに進化を続けた先にあるスキルを獲得したからだ。


 本来なら条件があるから表示すらされなくて誰も気づかなかったみたい。


 スキル一覧に表示されていなくても、俺は前世で経験済みだからある程度予測はついていたから問題ないが……無条件で進化できるおかげで一瞬で進化できたな。


 少しだけ“ワールドオブリバティー”でプレイしていた頃の体の動かし方を思い出せるくらいには、強くなれた気がする。と言っても、今回のお尋ね者に通用するかはわからない。


 【鎌を持つ者】を獲得してから、何となく気配を察知できるようになった。


 この気配……ブラックウルフの群れみたいだな。


 村の入口に大人達が集まっていて、先陣のブラックウルフとぶつかっているようだ。


 この程度なら大人達で力を合わせれば問題ない。


 問題は本隊が合流したら終わりなこと。それと、本隊とは別に、少数の別動隊が裏から村に侵入しようとしている。


 さっそく手に入れたこの力を試すのにちょうどいい相手だ……! 別動隊から潰す!


 俺は村の裏口に真っすぐ向かった。


 そこで、俺の体よりも遥かに大きい黒い狼の姿をした魔獣四頭と対峙した。

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