第3話 謝罪、黒髪、技。
「小僧。そのケガはどうした」
「ちょっと転んじゃって……あはは……」
「…………」
鋭い目で肩の後ろの傷を覗き込むおじさんは、じっと俺の目を見つめた。
「今度からは転ばないように気を付けろよ」
「はい!」
それから一本の鎌を出してくれた。
「あれ? 細くなった?」
「ああ。小僧が使っていた鎌は、元々が大人用の物だ。アルクが持ちやすいように太めに作ったからな。これは小僧専用の鎌だ。握った心地はどうだ?」
「すごくいいです! 今すぐにでも草を刈りたいくらいに!」
「合うようで良かった。今回は無償だが、次からは料金を支払ってもらうからな」
「料金……おじさん。それってどうやって支払うんですか?」
転生してずっと疑問だったことの一つが、お金のことだ。
うちが貧乏だからなのか、異世界だからなのかはわからないけど、お金を見たことがない。周りの農家の人も物々交換が基本となっている。
「貨幣があればそれでもいいが、村にそんなもん置いてないしな。アルクのところだと小麦だろうし、小麦支払いになるだろう」
「わかりました! 支払えるようにたくさん刈ります!」
「……子供はもう少し遊んでいいのだぞ」
「遊んでますよ? いつも弟と妹と遊んでいますから」
「……そうか」
そう話したおじさんは何故か俺を連れて家まで一緒に来てくれた。
父さんに何か用事があるってことで、父さんに何かを話して帰っていった。
俺はさっそく手に入れた新鎌で――――草刈りじゃああああ!
「秘技、草刈りの一閃!」
左から右で空を切る。
すると、目の前の大量の小麦が一斉に倒れこんだ。
キ、キ、キタぁああああああああああ~!
これだよこれ! 俺が待っていたのはこれだ! 地味に一つ一つ刈るんじゃなくて、ちゃんと技を使って切りたかったんだ!
【草刈り鎌達人】になると使えるようになる技で、鎌を使って植物だけを一気に刈る技だ。
これさえあれば、いくらでも自由に刈れる……! だって、技ってものすごく便利で、何かを消費することもなく、無限に発動できるからかなり有用だ。
まあ、と言っても連続で使うことはできず、リキャストタイムが設定されている。
【草刈りの一閃】の場合、大体一時間に一度使えるみたいだが、これもスキルの熟練度が上がればどんどん短くなって、最終的には五分の一に減るはずだ。
“ワールドオブリバティー”の戦い方というのは、基本的に技を組み立てることが重要だ。
リキャストタイムを考えて技を使う順番を考えておかないと、最終的にただ攻撃するしかできない。
魔法職の場合も同じことが言える。とくに魔法はリキャストタイムと一緒にキャスティングタイムも存在するため、組み立てが重要になる。
【草刈り鎌達人】が持つ技は三つ。
さっそく二つ目を使う。
「秘技、作物回収!」
鎌を下から上に振り上げると、俺が切った小麦が一斉に空を飛び、俺の後ろの一か所に集まる。
うん。便利!
一閃まではまだリキャストタイムがあるので、次は普通に刈る。
「秘技、オーラ刈り」
鎌が赤く光る。
それを持って振るうと、届いてない距離を赤いオーラが一緒に切ってくれる。
人とか動物とかには効かないけど、作物は切ってくれるので便利だ。
それにしても……左肩がまだ少し痛いな。
これ……水浴びのとき、両親に見つかると大事になりかねないから気を付けなければ。
――――と思っていたときが俺にもありました。
水浴びしていると、俺の肩の傷に気付いたソフィアが両親にチクって、大事になった。
「ベリル! この傷はだれにやられたんだ!」
「え~転んだだけだよ~」
「転んだら打撲じゃなくて裂傷だろ!」
こういうときばかり賢いんだから……父さん。
「違うよ。道がほら、石で出来てるでしょう? 転んだときに肩を打ってしまったんだ」
「ベリルくん……? それ本当に転んだときの傷なの? 母さんに嘘ついてない?」
「うっ……」
母さん……それは反則……だよ。
ただまぁ、俺としても大事にはしたくない。だって、あんなやつらに何を言っても、変わるわけではないから。
それに異世界での黒い髪はあまり歓迎されない。
人種差別ならぬ髪色差別だ!と言いたいけど……声を上げたところで大多数の人の方が正しいと
「父さん。母さん。本当に大丈夫だから。気にしないで」
「ベリルくん……」
泣きそうにしている母さんには申し訳ない気持ちになるが、俺にはここで止まっている場合じゃないからな。
しかし、
少し夜が深くなった頃、ブライアンさんが一人の男の子を連れて家にやってきた。
彼は俺に石を投げたときに声を掛けていた男の子だ。
ブライアンさんのところの子供かよ……並ぶと確かに似てるな……。
「ベリルくん。この度は俺の子供が酷いことをしてしまった。すまなかった」
「ちっ」
おい。子供。父が謝ってるのに舌打ちかよ。
「グラン……?」
「ひい! わ、悪かった」
「グラン。それが人様に石を投げた者が言う態度か?」
「父さん! だって、あいつ……黒い髪だよ! 去年の不作もあいつのせいなんだ!」
「それをどうやって証明する?」
「だって、髪が黒いじゃんか!」
「この……バカモノが!」
ブライアンさんの大きな拳が、それはそれはもう見事に、グランくんを吹き飛ばした。
前世なら虐待で捕まるレベルだよ……。
「い、痛いぇええええ! うわあああん!」
大泣きするグランくんを見て、だから大事にしたくなったんだよと心の中でボソッと呟く。
「これからは二度とこんなことがないようにする。すまなかった」
土下座までして謝るブライアンさんを俺と父さんで宥めるだけでも大変だった。
「ベリル」
「うん?」
「お前のせいじゃないからな」
「知ってるよ。父さん」
「本当か?」
「髪が黒いだけでそんなことが起きたりしないよ。まあ、ほら、黒って夜とか闇っぽいから怖かったんでしょう。気にしてないよ」
「そうか……」
「それに、ルアンとソフィアは俺を怖がってないし」
「それもそうだな。もしかしたらこれからもこういうことがあるかも知れないが……俺達家族はベリルが誰よりも優しい兄であると知っているからな」
「うん。それだけで俺は十分だよ。母さんもね」
寝てるフリをしてた母さんが、手を伸ばして頭を優しく撫でてくれる。
いつまでもこの家族で優しい時間を過ごしていたいな。
◆
翌日。
今日も今日とて技を駆使して小麦を刈っていく~!
「べ、ベリルううううううう!」
「ん? どうしたの? 父さん」
「そ、そ、それはなんだ!?」
「うん? ブライアンさんが作ってくれた鎌だよ」
「それじゃなくて! 今の一瞬でパーッて切るやつだ!」
「え? 技? 父さんも使えるでしょう?」
「俺も使えるがベリルみたいなすごいのは使えないぞ!?」
珍しく早口で喋る父さんがちょっと面白い。
「ボク~コドモダカラ~ヨクワカンナイ~」
「……ベリル? 都合いいときだけ子供っぽくなるんじゃない!」
いや、実際俺は子供だよ!
それから無理矢理、ブライアンさんが作ってくれた鎌だからって一点張りにしておいた。
まあ、ブライアンさんに聞いてすぐバレる嘘だけど、技が見抜けない大人もいないだろうし、特殊な技を使う子供くらいって思ってくれたらいいと思う。
◆
スキルの熟練度を効率よく上げる方法は、ひたすらに技を使うことと、そのスキルが力を及ぼす行為を繰り返すことだ。
例えば、【草刈り鎌使い】だと、鎌で草を刈ると熟練度が1増える。これが基本。では、技はどうなるかというと、例えば【草刈りの一閃】を使うと広範囲の作目を刈れて、小麦だと一瞬で100本くらい刈れる。それに加えて技使用ボーナスが入り、成果ボーナスが入るとより効率よく稼げる。
俺は獲得熟練度も十倍必要なので、【草刈り鎌達人】の熟練度を溜めるのにまた長い時間を必要とした。
俺が【草刈り鎌達人】を覚えてから――――半年。
六歳になり、熟練度も最大となった。
しかし――――その日にそいつらはやってきた。
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