第2話 覚悟、進化、石。
「べ、ベリルッ! まだ働かなくていいんだぞ?」
焦った表情で俺が手に持った草刈り用鎌を取り上げようとする父。
「父さん。大丈夫だよ」
「だ、大丈夫って……君はまだ五歳だよ? それよりも、弟と妹と遊んでいいんだぞ?」
後ろでは目をうるうるとさせて俺を見ている子供が二人。
茶色い髪の男の子は、一つ下の弟のルアン。金色の髪が綺麗で可愛らしい女の子は、二つ下の妹のソフィア。
二人ともありがたいことに俺にも馴染んでくれて、いつも俺を追いかけてくる。
だがしかし! 俺には俺のやるべきことがあるんだ!
「ルアン! ソフィア! 俺に付いてくるなって言ったでしょう!」
「「兄ちゃん……」」
くっ……つぶらな瞳に抗うのは中々難しいが、そろそろ五歳にもなったし、熟練度を上げたい。
「また後で遊んであげるから」
「後でってどのくらい?」
「う~ん。お昼ご飯を食べるときな」
「わかった! じゃあ、家でいい子にしてるね? 兄ちゃん」
「わかった。そこから見えるとこにいるからさ」
「うん!」
二人ともいい子に育ってくれて、とても聞き分けがいい。
異世界での農夫って、とにもかくにも虐げられる存在で、ここで取れた作物の八割を領主に納めなくてはならない上に、強制的に畑を耕して生活しなければならない。
前世のゲーム内でもそうだったけど、“農夫に人権ないから”というのは本当にその通りだな。人権ないよ農夫。
俺も職能は農夫だし、これから農夫にならないといけないのだが……最初は農夫でもいいと思った。
でも……去年、不作のときに領主から村人達への酷い仕打ちを見て、俺は覚悟を決めた。
心優しい両親や弟、妹を……飢え死になんかさせたくない。だから俺にできることをしていこうと決めたんだ。
去年すぐに動かなかったのは、ソフィアがまだ二歳で聞き分けがまだよくなかったから。
今年からは問題なさそうだ。
さて、困惑した表情で俺を見ている父を見上げる。
「父さん。行こう」
「だが……」
「いいの。無理はしないからやらせてよ」
「お、おう……本当に無理はするなよ?」
「うん!」
父の許可も得たことなので、俺は家の前に広がっている小麦畑を見つめる。
ゲームと同じ物ではあるが、仕組みが全然違う。ゲームっぽいからというのもあるが、育て方は土地に種を植えて水をやれば勝手に育つが、そこにスキルが影響する。
【農耕の心得】を持つ者が種をまいたり水をやれば、成長速度や質が上がる仕組みになっている。
父さんにも【農耕の心得】があるので、小麦畑は一面に広がっているのだが、問題は収穫だ。
前世のように機械がないから全て手作業だ。
ただ、絶望するのは少し早くて、異世界にはスキルというものがある。
俺が持つもう一つのスキル【草刈り鎌使い】は、草刈り用の鎌を持つと身体能力が上昇するスキルだ。
初めて手にしてみたけど、体の内側から力が湧き出る感覚がある。
これが……スキルの力なんだな。
それから目の前の小麦をバタバタと刈っていく。
鎌の質が悪くて一つ一つ刈らないといけないのが少し面倒だが、これもスキルの熟練度上げだと思えばいいか。
俺の獲得熟練度は十分の一だから、人よりも十倍はやらないといけない。でもスキルの進化が無条件で出来るらしいから、かなりのアドバンテージになるはずだ。
その日から、午前中は草刈り、午後からは弟妹と遊ぶ日々を繰り返した。
◆
半年後。
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草刈り鎌使い(1000/1000)
┗草刈り鎌使い中級者(無条件進化)
┗草刈り鎌達人(条件進化)
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遂に最大まで溜まった……!
ウィンドウに選択画面が増えている。
無条件進化というのは、熟練度さえ溜まればいつでも進化できるもので、条件進化というのは一定の条件を満たしていれば進化できる。
俺の転生者ボーナスなのかはわからないけど、【転生者】のおかげで【草刈り鎌達人】に簡単に進化できるのは、かなり大きい。
さっそく【草刈り鎌使い】を進化させる。
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【スキル】
農耕の心得(-)
草刈り鎌達人(0/10000)
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おお~! ちゃんと進化した!
ゲームだと体の疲れを感じなかったから、いくらでもやれたし、一か月も鎌を振って進化させたけど、子供の体でステータスも低いとこうも時間がかかるんだな。
それと鎌。
やっぱり耐久度というのが設けられていて、そろそろ壊れてしまいそうだ。
「父さん~」
「どうした?」
「この鎌、そろそろ壊れそうなんだけど~」
「元々使い古した鎌だったからな……ベリル。一ついいか?」
体を屈ませて俺と目線を合わせてくれる。
「うん」
「俺は……ベリルにはもう少しのんびりして欲しいんだ。いずれ……俺みたいに……」
そう言いながら拳を握りしめる父。
「嫌でも農夫の仕事をしなくちゃならない。だからもっと遊んでいいんだぞ?」
ああ……。父が言いたいことはよくわかっているつもりだ。
もし俺が父だとしても、自分に息子がいたら、こう言うと思う。だって、愛する家族が幸せに生きて欲しいと願うものだから。
それくらい異世界の……生まれ直した今の家族は、心温かくて、前世の荒んだ俺にとっては最高の家族だ。
前世の父は暴力的だったし、それが原因で母は亡くなったが、ただの病気にされて父が誰かに批難されることもなかった。
だからこそ……俺は彼らに幸せになって欲しい。そう決めたから。
「父さん。俺は大丈夫だよ。だって……俺、この手が好きだから」
父の手を取る。
分厚くて、豆だらけの手。けっして綺麗な手ではない。
でもそれは……俺達を養うために毎日農業を頑張ってくれる手だ。
「俺も父さんみたいなカッコいい人になりたいんだ!」
「べ、ベリル……」
父さんの目から大粒の涙が流れる。
きっと……父としては悔しいんだと思う。
うちだけじゃなくて、周りの家もみんなそうで、子供を産んだのって農業の戦力にするため。けれど、それだけじゃない。家族としての絆がそこには確かにあるんだ。
「俺、もっとたくさん草刈りできるようになりたいんだ!」
「そう……か……ああ……わかった」
父は笑顔を浮かべて、ごつい手で俺の頭をワシワシと撫でる。
「うあぁ~父さん~痛いよぉ~」
「ははは! ベリル。これから一緒に鍛冶屋に行こうか」
「うん!」
その足で俺と父さんは鍛冶屋に向かった。妹と弟は母さんの家事を手伝っている。
俺達が住んでる村は、絵に描いたような田舎村そのものだ。
“ワールドオブリバティー”にも魔導機械とかあったはずだけど、村にそういうものは一切見かけない。
石を並べて作られた凸凹の道を歩いてやってきたのは、外までカンカン!と鉄を叩く音が響く工房だ。
と言っても立派な作りではなく、町工房だ。
「ブライアン!」
「ん? アルクじゃねぇか。どうした」
「すまんが草刈り用鎌がダメになりそうでよ。新しい物を売って欲しいんだ」
「草刈り鎌? お前のはこの前作ってやったろう」
「俺のはな。俺じゃなくて、こちらの息子の鎌だ」
「息子……?」
父さんも大柄なのに、それよりももっとムキムキの男性が俺を見下ろす。
「まだ小さいな。アルク。もう子供に仕事をさせているのか」
「それが……」
「おじさん! 俺がやりたいって言ったんだ! これ、半年くらい使ってもうダメになりそうなの!」
鎌を手渡す。
「……なるほど。お前、名前は?」
「ベリル!」
「ベリルか。今回は初めてってことで、タダにしてやる」
「え! いいの?」
「ああ。ちょっと手を貸してみろ」
俺が両手を前に出すと、大きな手で俺の手を何度か触るおじさん。
「明日のこの時間まで作っておく。また来い」
「ありがとう! おじさん!」
「良かったな。ベリル」
「うん!」
どうして納得してくれたのかはわからないけど、使い古した鎌をおじさんに手渡して俺は家に戻った。
翌日。
俺は一人で草刈り用の鎌を受け取りに鍛冶場に向かう。
道を歩いていると、空き地みたいなところで遊んでいる子供達が俺に気付いたのか、一斉にこちらを見てくる。
大体二十人くらいか。
十歳になると働きにでるから、ここに集まってるのは九歳までの子供だと考えられる。
その中でも一番大きい子供が一人、俺に向かって走って来た。
「おい、お前!」
「…………」
急いで通り抜けよう。
「おい! 無視すんな!」
「…………」
そのとき、俺の肩にバシッと何かが当たって痛みが走った。
よく見たら、向こうの子供達が俺に向かって石を投げたようだ。
……やはり人ってどうしてこうも愚かな者ばかりなのか。
俺は急ぎ足でその場を後にする。
子供達は味を占めたのか、絶えず俺に向かって石を投げつけていた。
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