実験を繰り返す

毎日朝一緒に起きて、昼過ぎまではそれぞれ家に帰ったりどこかでシャワーを浴びたり銭湯に行ったりし、午後は相談をしながらデータを見たり過去のノートを見たり、ソフトをいじったり、夕食を食べて寝る準備を整えてタイムリープをする、というのが7人のルーティンになっていた。毎日同じ曜日を繰り返しているので当たり前なのだが、曜日の感覚もなくなり、ネットニュースやSNSを見ても毎回同じ内容しか見られず、全員がちょっと頭がおかしくなりかけていた。


「なあ、これ毎日同じことを繰り返すの、余りにも時間の無駄過ぎないか?」

"作戦本部"という看板の下で、田中が言い出した。この看板は杉下が家で印刷してラミネート加工したものだ。フォントや背景の色遣いが某アニメを丸パクリしたものだ。これを作るために半日かけたそうだ。

「時間の無駄かもしれないけど、別に毎日同じ日が繰り返すわけだからもったいなくないんじゃないか?」木村が答える。


「いや、そうなんだけど、俺らってこれが上手くいった後は時間が戻ることなく、未来に時間が進んでいくんだろ?あんまりやり直し回数が増えると、無駄に年齢を重ねちゃうんじゃないか?1カ月分くらいだったらどうでいいけど、この一発の実験計画で解決しなかったら、またパラメータ変えてリトライするんだろ?なあ、高岡。」

「あー、まあ、そうだな。今のところ、最も高いパターンでも0.00001%も人類が生き残る確率が無い状態だから、今回のパラメータで一番高いものを抽出したうえで、他のパラメータをいじることになるんじゃないかと思う。それを何回繰り返したらよいかは何とも言えないな。」


なんとも言えない沈黙が部屋全体を包む。

正直、今やっていることをひたすら繰り返していけば何とかなるだろう、という漠然とした期待は全員が持っていたのだが、じゃあ、そこにどうやって辿り着くのか、どれくらいでたどり着けるのか?についてはあまり解を持っていなかった。もっと言うと、考えないようにしていたというのもある。何しろ、一人で取り組んでいたとはいえ、システムを開発した側の研究者が一生をかけても成し遂げられなかった偉業なのだ。


「んー、じゃあ、時間がもったいないとして、何かやりようはあるのか?」穂高が聞く。

「1日に1回しかトライできないのは何とかならないのかな?」

「毎日深夜2時に起動する再計算を、早くすることはできる。」

「なんだできるんじゃん。そしたら、めっちゃ連続で再計算したら一瞬で終わるんじゃね?」

「ただ、時間の逆再生動作をしている関係で、同じ深夜2時から深夜2時に移動する形にならない再計算が問題を起こさないかどうかは正直よくわからない。」

「ん?どういうことだ?」

「例えばだけど、計算を簡単にするために、地球の自転周期に合わせて繰り返すようなものは再計算対象から端折っていたり、何かしら簡略化している、みたいな処理がどこかにあると、おかしくなってしまう可能性がある。」

「ん-、なんとなくわかった。ただ、それは大丈夫だと思う。というのは、一回僕がプログラム変更をミスって再起動をかけた時、特に大きな問題なく、1日前に巻き戻しができたんだ。だから、多分大丈夫だと思うし、少なくとも、数分程度なら絶対大丈夫。」

「なるほどな、であれば、例えば毎日5分なら削れるかもしれないな。地球の自転周期は24時間ではなくて公転分を差し引いた23時間56分だから、さっきのような話は4分前後であれば確実に吸収してくれるようなシステムになっているはずだ。」

「5分か……ちりも積もればとは言うものの、なんとなく大したことないような気がしてしまうな……。」

「あ、でも……。」西浦さんが口を開く。

「あんまり一気に短くしてしまうと、私たちが時差ぼけみたいになっちゃうんじゃないかなって思います。」

「確かにな。だとすると、5分より多くしたとしても、3時間とか4時間とか短くすると、僕たちの体がおかしくなっちゃう可能性はあるかもな。だから、ある程度から先は12時間短くするとかにしなきゃいけないのか。そうすれば1日で2回再計算しているような形になるな。」木村が言う。

「あとは、再計算の間は計算室か穂高の部屋から出られないから、トイレだとか何か病気的なもののがあってどこかにいけないとかの問題も出て来るね。例えば、急遽病院で点滴や薬を貰わないとして、二回目の再計算が14時スタートなら午前中に病院に行って帰ってこられるけど、それ以上だと厳しい。そんなのなくても、洋服の選択や風呂に外に出るのも厳しくなってくるはずだよ。」穂高は、一番タイムリープを繰り返しているので、生活への影響が一番気になってしまう。

「そうだな。ということで、まずは、今夜は再計算の起動時間をまずは5分短くしてみよう。ひょっとして隕石の衝突確率がとんでもなく変わってしまう可能性もあるから、その兆候が読み取れるように、今日は今までの試行と一番確率が変わらなさそうなパラメータ変更を選んでトライすることにしよう。んでもって、それが上手くいったら徐々に時間を短くしていってみよう。そうすれば、俺らの体も適応できるかもしれない。」杉下が珍しくまとめる。

「了解。そこの設定自体は簡単にできるはずだから、任せてくれ。」高岡がディスプレイに向かった。

残りの5人は、今日は5分短くなるぞー。じゃあ5分早く準備しなきゃー。5分くらいいつも余裕をもってやってるだろう。とかキャッキャ言いながら各自やることに戻っていった。


穂高は、黙ってその場に留まって考え事をしていた。

「どうした?穂高?やけに深刻な顔をしちゃって。」

「いや、さっき地球の自転や公転の話をしていたでしょ?」

「あー、してたな。それがどうした?何か間違っていたっけか?」

「何も間違っていないんだけど、それを言うなら、太陽の公転の話は考えなくてよいのかな?と、あと、宇宙の膨張スピードとか……。」

「どういうことだ?」

「僕たちの生きている時間軸だと全然体感できないんだけど、太陽って銀河系を2億5000万年かけて公転してるんだよ。だから、一般的な時間軸でいう昨日と今日とでは、銀河系の中で太陽がいる位置って違うんだよね。父さんのシステムが流石に銀河系全体のシミュレーションをやったり巻き戻しをしたりしているとは思えないんだよね。」

「なるほど、それで?」

「それでどうということは無いんだけど、このシステムが一体宇宙のどこまでの領域をシミュレーションしたり巻き戻したりしているんだろう?って言うのがわからないな、と思って考えていた。さっきの話だと、もし本当に地球の位置だけ再現しているのだとすると、太陽に対して地球が変な位置に行っちゃって例えば地球が太陽につっこむ形になったり、月が異常に地球に近づいたりしてもおかしくないんだ。更に言うと、隕石だってどんどん近づいてたりとか、どっかに吹っ飛んで行ってしまっていてもおかしくないけど、確率計算を見る限りそれもしてなさそうだろ?」

「確かにな。その辺り、ひょっとしたら今回の時間設定変更によって問題になる可能性もあるな。やっぱり今日は再起動ボタンを持って深夜2時を向かえないといけなさそうだな。」

「そうかもしれない。正確には深夜1時55分だけどね。」

「おう、確かにな。」

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