ディスプレイ越しに見える世界

高岡のメガネには無数の文字列が反射していた。

一つ一つファイルを開いてマウスホイールをクルクルと回しスクロールさせてはメモを取り、次のファイルを開く。謎の拡張子を見つけてはネットで調べることを繰り返す。人に相談できそうなところはチャットで聞く。

ネットで検索したりチャットで聞く必要が出るたびに廊下に出なければならないのだが、外を見るごとに朝が昼に、昼が夕方になっていくのが分かって気持ちを焦らせる。人類の滅亡が確定するときまで、もう数時間しか時間が無いのだ。数時間経ったら、また同じ一日がやってくるとは言え、今夜が山場、と言う事実が高岡に強いプレッシャーをかけてくる。


何よりも、調べても調べても核心に迫っているという手ごたえが無かった。ひょっとして、核心が無いのかもしれないし、見逃しているのかもしれない。とにかく、情報系一人で見切るには相当な無理がある大規模なシステムを相手にしていることは間違いなかった。ちょうど高岡の卒業研究のテーマが分散コンピューティングだったのだが、まさに分散処理系の究極系という相手であった。だからこそ、敵の大きさも認識できたし、自分が核心に迫れていないという肌感覚も持っていた。


ただ、手ごたえの無さとプレッシャーから来る焦りの裏側に、期待と好奇心が沸き上がってきていることも感じていた。最初は、「これ頑張ればそのまま卒業論文かけるんじゃないか?」と言うものだったのだが、やはりこの世界を動かすために必要だと思っていた分散コンピューティングがまさに世界を救うために使われていることを目の当たりにしているからだ。


高岡は、実は自分の会社を立ち上げている。大学1年からプログラミングのバイトをしていたのだが、作業内容も分かってきたので雇われをやるよりも、フリーランスとして自分が直接仕事を受けた方が良いかなと思ったのだ。

とはいえ、就職活動はしたし、内定も貰っている。大手のメーカーでシステム開発をするつもりだったのだ。というのも、自分の会社を維持するほどのモチベーションを失ってしまっていたのだが、今、自分がコンピュータサイエンスの世界で深淵を目指すべき領域を見出した気がしていた。

何故か、自分ならこの相手と戦える気もするし、この相手と戦うことで本当に人類を救うことができる核心を持っていた。最初は面倒くさいことに巻き込まれたかもしれないと思っていた高岡だったが、今はこの話を教えてくれた穂高に心底感謝していた。


高岡はディスプレイの向こうに自分の未来と人類の未来とを見たような気がしていた。あとついでに、今度のライブの成功も見据えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る