理学部の勘
横木はこの話を聞いた時から何か違和感を感じていた。そもそもがタイムリープしているとか、人類が滅亡に向かっているとか突拍子もなさすぎる話なので、普通の理系大学生からしたら、なんじゃそりゃ、なのだが、それとは別の違和感だった。
横木は数学科だが、別に数遊びが好きとかそういうわけではない。大学の数学科というのは、正直に言ってそういう普通の人が"数学"と言って想像する世界のだいぶ先の世界の理屈を扱っている。かといって、その、"だいぶ先の世界の理屈"に興味があるかというとそれもだいぶ違う気がする。大学に入る前から、それこそ物心ついたころから、疑問に思うとその理由、さらにその理由とどんどん疑問が湧いてくる。矛盾しているのではないか?と思うととことんまで気になってしまうのだ。その結果、気が付いたら自分は大学で数学科に行くもんだと信じ込んでいて、いつの間にか数学科に進学していた。研究室では一番就活に有利そうだと思って統計学にしたが、解析学だろうが幾何学だろうが、なんでも深く勉強してきた。
そんな横木にとって、この違和感を放っておくことはある意味苦行なのだが、他に考えることが多すぎて脳の演算領域をそちらにつかえなくなっていた。
とにかく、ノートを見て分かったのは、MITにせよ、カルテックにせよ、精華大学にせよ、シンガポール工科大学にせよ、どこも物理学や計算工学の先生だけでなく、横木が憧れてしょうがない数学科の先生の名前がたくさん出てくることだ。つまり、このシステムを支えるために、数学的なアプローチが必要とされているということだ。解析、統計、幾何、代数……世界を記録し巻き戻す、そんな究極のシステムには当然数学が必要なのだ。なにせ、この世の理論は全て数学の上に成り立っているのだから。つまり、我々がやらなければいけない、「人類を隕石の脅威から守る」という目的を果たすためには数学の力が必要なのだ。だが、横木は"実装"が分からない。そこは高岡と木村に解析を任せなければいけないのだ。彼らをサポートするための最高の数学的アプローチを考えなければならない。
気になるのは、数学者の名前が、穂高の父親のヘルプリストにはほとんど現れないのだ。システム構築をしたコンソーシアムや学会の発表には数学者の名前がたくさんあるのに。ひょっとして、穂高の父親は数学の力を信じず、物理学の力だけでこの問題に取り組もうとしたのではなかろうか?だとしたら、ここに自分がいる価値はやはり数学的サポートに他ならない。事態を打開する方法は僕の脳内にあるかもしれないのだ。
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