父の部屋

父さんの部屋は、別に入ると怒られるとか嫌がられるとかそういったことは全くなかったのだが、特段興味がひかれるものがなかったこととか、入ると何か、父さんの研究に興味があると思われて長い話をされたりするかもしれないとか、そういう理由であまり入ったことは無かった。扉の外から覗き見る部屋の中は、The 研究者の部屋、という感じで本が乱雑に机の上に積まれているし、なんだか古い本のにおいみたいなのも漂ってくるし、入ったとしても長居したいとは思わない環境だった。


久しぶりに実家に帰ってきて、部屋の中に入ってみると、こちらも、何か相当焦ってあちこち漁ったらしく、いつも以上に散らかっていた。本人に言わせると、乱雑に積まれた本も、前後二重になって奥に何が入っているかよくわからない本棚も、きちんとルールがあってそこに置かれているということだったが、未だに僕にはそのルールは分からない。


ひとまずルールのことはおいておいて、大切なものが入っている引き出しに向かう。引き出しを開けると、鍵がかかっているわけではなく、あっさりと空いた。埃のかたまりみたいなのがふわっと舞ったが、中は随分と綺麗なものだった。その中に、見覚えのある手帳が1冊、あと、ノートのようなものが何冊か入っていた。


「あ、これって……」


思わず独り言がこぼれる。手帳の中身は手帳にくっついているように思っていたのだが、中は取り換えられるものだったようだ。中身は演算室で見たノートに近い何かが書いてあるが、何日目がどうとかそういうことは書いてない。やはりタイムリープはしていないようで、演算室のノートに比べると紙が新しく、綺麗な印象だ。


他に何か持っていくべきものはあるだろうか?あたりを見渡すと、何かわからないが、なんとなく違和感がある。本棚の方に近づくと、足元に積んであるCDかDVDの山が崩れた。これも何か関係あるだろうか?一応持って帰った方がよいかもしれない。

ディスクに書かれた文字を一つ一つ読んでいくが、なんとか学会とかなんとか研究会の原稿や抄録が入っているようだ。あまり関係なさそうだが、とりあえず何枚か持っていこう。あと、色々と写真を撮っておこう。部屋全体の写真、本棚の写真、机の上や中の写真。この部屋の隅々までこんなに見たのは初めてだが、確かに、乱雑にものが散らかっているものの、ごみが落ちていたり、汚れていたりということは無い。確かに父さんの言う通り、何かのルールがあって、父さんとしてはきちんと整理されていた状態だったのかもしれない。


なんとなく、見つけた古い本や写真を眺めていたら、いつの間にかかなり時間が経っていることに気が付いた。これ以上ゆっくりすると、万が一何か起こったときに、終電で家までたどり着けない可能性があるし、買い物もできなくなってしまうかもしれない。ノートやCDの中身は気になるが、家に帰ってから読むことにしよう。


軽く片付けて家を出る。父さんの部屋を僕がかたづけるだなんて、ちょっと前までは想像もつかなかった。でも、これからは僕が遺品を整理することになるのか……。急に意味なく感傷的になってしまったが、一旦落ち着こう。すべて問題が解決したら感傷に浸ると心に誓い、実家を後にした。

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