次の作業へと
穂高はもう一度床下に潜り込むと、配線が来ていなく、誰も見なさそうな隅に父の遺体を移動した。
これで、僕たちがここにいない間に何か別の不具合があっても発見されることはないだろう。ただ、めちゃくちゃに冷えていることと乾燥していることでミイラのようになってきていて、いわゆる死臭は全然しないが、今後腐敗することで匂いでバレてしまう可能性もあるかも知れない。
移動させるときに、胸からそっとIDカードを外した。形見、と言って良いかわからないが生前父がずっとつけていただろうものだし、何より今後研究所にこっそり入るときに使えるかもしれない。
西浦さんと僕はそっと階段を降り、出口へ向かった。受付には、「ただいま席を外しています。」の小さい札が立てられており、誰もいなかった。僕たちは入館時にもらったバッジを返却ボックスに入れて建物を後にした。
建物を出ると、電話がかかってきた。
「はい、もしも……」
『おい、穂高!お前どこにいるんだよ。もう部屋に入っちゃってるんだぞ。お前いなかったら練習にならないじゃんか。』
あ、しまった。今回も横木たちのことを完全に忘れていた。
「あー、ごめん。実はえーっと、あのー、あー、そうだ。昨日夜ゲームやりすぎて今起きたんだよね。完全に寝坊。申し訳ない。」
『どんだけ寝坊してるんだよ。』
今回も電話の向こうでみんながワーワー文句言っているのが漏れ聞こえてくる。
「とにかくごめん、今回は休ませてもらうよ。今度絶対穴埋めはするから。ほんとごめん。」
今回も無理やり電話を切った。
家に帰ると、また2人で残りのノートを読み漁った。今回のノートの中には、これまでのような日記のようなものの他に、タイムリープのシステムに関する詳細な説明が書かれているものがあった。
具体的にはこうだ。このシステムの名前はノアプロジェクト、日本以外に何十もの外国の機関が参加しているプロジェクトで、重力と時間の流れ、空間の歪みを、シミュレーションすることを目的に作られたものだ。
データは日本を含む数カ所にのみ保管されているが、計算自体は分散型のシステムで行われていて、数え切れないほどの計算機が連動して動いているようだ。
厳密には、時間の経過とともに物と物が重力場を通じて干渉する過程を逆算し、物の時間を巻き戻すようなことをしているらしい。
巻き戻す作用自体はコンピューターで行っているわけではなく、世界各地の研究機関が持つ素粒子原子核実験設備でコントロールしているらしい。
また、時間を巻き戻すうえで、隕石なんて消してしまえばよいのではないか?と思ったが、それをやると、計算が成立しなくなって破綻をきたす可能性があることがわかった。父さんはなんとかそれを成立させるために試行錯誤をしていたようだが、成功したことは無いようだ。強制的に再計算して巻き戻し直した事が何度もあったらしい。とりあえず、何かあってもやり直す方法があるというのは、今後を考えるうえでは嬉しいことではあった。
また、猛スピードで動いている隕石の位置を正確に特定し、そことの相対的位置を厳密に導くことが相当に難しかったようだ。
更に、隕石の衝突確率を計算するシミュレーターも途中で作ったが、何をしても結局100%から動かなかったようだ。
「とりあえず、明日父さんが試した方法を僕の手でもう一度試してみたいと思うんだけど、付き合ってくれるかな?」
「わかりました。1万回やってだめでも、1万1回目で成功するかもしれないですもんね。」
「うん、そう。何でも、トライしてみたいと思う。幸い、僕たちにはまだたくさん時間が残されてそうだし。でも今日も遅いし、明日に向けてもう寝よう。」
「そうですね。そうしましょう。」
2人はしばらくぶりに、それぞれベッドと来客用の布団でしっかりと眠ることにした。
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