紐解いたもの

ヴーヴヴー…ヴーヴヴー

 スマホのバイブで目覚める。どうやら、ノートを読みながら寝てしまったらしい。ハッとして隣を見る。西浦さんは寝息を立てている。何かしらの手違いでタイムリープしないでもとに戻っていなくてよかった。


眼の前に散らばっているノートに目をやる。内容をまとめかけたノートPCの画面を見ながら、何か飲むものはないか探しに行く。昨日買ったコーヒーのペットボトルからグラスにコーヒーを入れ、椅子に戻る。なんかデキるサラリーマンにでもなった気分だ。


ただ、結論から言うと、ノートから期待通りのことは出てこなかった。と言うか、書いてあるだろうと思われる、ありとあらゆることが記載されていた。国連のこと、自衛隊のこと、アメリカの民間宇宙船のこと、AIを使った作戦、シェルター建設のこと、宇宙に逃げること、お父さんは僕が想像していたことはなんでも試していた。それどころか、なにやらよくわからない、核融合や反物質の実験、更に、5月3日より前に戻すためのデータ復元や、果ては祈祷みたいなものまで試した経緯が残されていた。人工地震や人口火山噴火で衝撃を分散させるような話、誰にも取り合ってもらえなかったのだろう。連絡した先と思われる名前に濃い太い線で横線が引かれていた。

前回の昼、人類を救うと決めたときには、『僕と西浦さんならお父さん世代にはない柔軟な思考でなにか凄いアイディアを思いつける』と言う謎の自信があった。その自信はたった一晩であっさり打ち砕かれてしまった。


「あ、おはようございます。このまま寝ちゃってたんですね。コンタクト外しといて良かった……。」

「そうだね。おはよう。遅くまで付き合ってくれてありがとう。」

「付き合うだなんてそんな、人類の問題ですよ。これは。」


確かに、僕だけ生き残ろうという話ではないので、ありがとう、もおかしかったか。


「コーヒー飲む?」

「はい、いただきます。何してたんですか?」

「一緒にまとめたノートを眺めてた。でも、全然いいアイディアを思いつけなくて絶望してた。」

「絶望するにはまだ早いですよ。先輩のお父さんは何十年もこれのことを考えていたんですよ。」

「そうだね。僕もまだ諦めたわけじゃないから大丈夫。」


2人でテーブルに向かい合ってコーヒーを飲んでいると、新婚さんみたいだ。これがずっと繰り替えるというのもある意味幸せなのかも知れない。いや、そんなことはないか。


「前回持ってきたノートもまだ全部は読み終わってないけど、もう一回研究室に行って残りのノートを取ってこようかと思う。」

「そうしましょう。もっと色々知りたいです。」

「と、その前に、やることがあった。」


そう言って僕はスマホを取り出すと、柴田に電話をかけた。そして昨日と同じ言葉で柴田の命を救った。もう一度今日がやって来れば柴田は復活するし、なんの問題もないといえば無いのだが、やはり、友人が電車に轢かれて死ぬのを放って置くということ自体がなんだかとても気持ちが悪い。


半ば毎日のルーティーンになっていることをこなすと、僕たちは駅に向かって歩き出した。

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