準備
僕たちは、受付のおばちゃんに何もなかったかのように別れを告げ、駅に向かった。日差しが強くなっているが、涼しい部屋でキンキンに冷えた後にはむしろありがたい。
駅に着くと、再び穂高の家で会うことを約束し、それぞれの家へと向かった。電車に揺られながら、席は空いているのに座らず、なんとなく外を眺めていた。これまで繰り返し繰り返し見ていた空だが、何もしないと1ヶ月後にはこの空を見られなくなる可能性もあるのかもしれないのか。そう思うと、空以外のいろいろなものが貴重で美しいものに思えてきた。普段、"美しい"なんて単語、公式や定理以外に使わないのだが、こういう時に本来使うべきものなんだな、と思った。
部屋に戻ると、これまでと同じように見える部屋だった。まずはシャワーを浴びよう。ゆっくりしていたら、西浦さんがうちにやってきてしまう。女の子がうちに泊まりに来るからシャワー浴びるってことも僕自身あんまり経験はないのだが、一緒に人類を救いに来るために泊まりに来る女の子を迎えるためにシャワー浴びて待っているという大学生は史上初なんじゃないだろうか。
シャワーを浴びて部屋を見回すと、冷静に考えて昨日好きな女の子がいた部屋とは思えない散らかりっぷりだ。よく見れば、女の子には見られてはいけない本が埋もれている。とりあえず片付けよう。春休みにみんながうちに遊びに来て以来、床が全部見えるようになるまで本や服を棚やクローゼットにしまう。今夜も西浦さんがここに泊まるとなると、ベッドのシーツも洗濯しておくことにしようか。洗ったら外にベランダに干さねば、と思って外を見てふと疑問がわいてきた。
(元々部屋の外にいた西浦さんが僕の部屋で夜を越したら僕の部屋で目を覚ましたけど、元々部屋の中にいた僕が外で夜を越したら、どうなってしまうのだろう……。)
下手すると、記憶が全部消えた状態で外で目を覚ますかもしれないということだろうか?それはまずい。お父さんの意思を継ぐことができなくなってしまう。そう考えると、デートが上手く行き過ぎて、外で泊ってくるといったことにならなくてよかったのかもしれない。
一通り片づけをしたところで、掃除機もかけたくなってきた。この一大事に何をやっているんだろう、と自分でも疑問に思ってしまうところではあるが、一人でこの部屋で静かにいるのが今どうしてもできそうにない。冷蔵庫の中身を見る。やはり、ここは日々消費していた分の食料が減っていっていて、ほとんど空っぽだ。そもそも一人暮らし用の小さい冷蔵庫なので大したものは入れていないのだが。だが、残っているハムも、賞味期限は5月5日と書いてあるが、もう既に何回も5月3日を繰り返していることを考えると、これは捨てたほうがよさそうだ。
「よし!」
と誰も聞いていないのに大き目の声を出して、穂高は立ち上がった。
食材を確保したほうが良いと思ったからだ。これから何日も未来と戦う頭脳戦が待っているかもしれないのだ。当然食料は必要なはずだ。それと、部屋のお掃除グッズももう少し買ってくることにしよう。
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