父の研究室

駅から父の研究所へは、緩やかな登り坂を登っていく必要がある。何年か前に、父と歩いた記憶がある。その時は、家族を職場に呼んで良い日で、周りが賑わっていたが、今日はひっそりとしていて、外から見ると中に誰もいないかのように見える。

5月初旬の太陽は意外と強く、汗が出てくる。そういえば、前回の夜はシャワーを浴びていないし着替えてもいない。良く考えたら西浦さんもだ。


これが終わったらシャワーを浴びよう。と思いながら、受付の人に声を掛ける。


「すみません。東雲副センター長の家族のものなのですが。」

「あー、穂高くんね。私のこと覚えてる?」

「あ、えっと。多分……。」

「そうよね。以前ちょっと挨拶しただけだからね。いつかのホームカミングデーの時にね。今日は彼女さんも一緒なのね。お父様に挨拶かしら?」


そう言われるとなんとなく思い出してきた。


「いや、そういうのでは無いです。」

「そうなの。残念ね。東雲先生、そう言うの楽しみにされてますよ。本当は事前に入場申請が必要なんだけど、穂高くんは特別に入っていいわよ。」

「ありがとうございます。」

「3階の角のお部屋だけど覚えてるかしら?先生は昨日の夜から泊りがけで研究室にいらっしゃいますよ。」

「多分分かると思います。ありがとうございます。」


エレベーターホールに向かうと、暗くてひんやりして気持ちいい。涼しくて気持ちいいと思う季節にいつの間にかなっていたんだなぁ。これまでは毎回日中ほとんど部屋の中だったから気が付かなかった。


ピー、と言う古めのエレベーターの到着する音がしてドアが開いた。


「行こうか。」

「はい、ここ、初めて来ました。名前は聞いたことあったんですけど。」


重力物理学研究所を知ってるとは、さすが理系単科大学生だな。


3Fについて、廊下を歩いていくと、副センター長、と言う控えめなサイズの看板が出ている部屋があった。窓から明かりがこぼれていなくて中は暗いようだ。念の為ノックをして見るが返事がない。

看板の横に、「演算室にいます。」と言うマグネットが貼られていた。


「演算室ってどこかな?」

「さっきのエレベーターホールに地図がありましたよ。」

「そうだっけ?見に行こうか。」


もと来た廊下を戻る。他の研究室もあまり人の気配がない。みんな静かに閉じこもって研究しているんだろうか。そもそも、重力物理の研究ってなにやるんだっけ?


エレベーターホールに戻ると、建物全体のmapがあった。どうやら、演算室は渡り廊下を渡った別の建物の中にあるようだ。2階に降りて渡り廊下を歩く。ここだけ太陽の明かりが燦々と差し込んでいて、遠くの景色もよく見える。


演算室、と書いてある部屋は、なにやら重厚な扉がついていて、物々しい雰囲気だ。

ぐっと押すと、鍵はかかっておらず、ギギギ、と言う鈍い音を立てながらドアが開いた。建物は新しいのにここだけやたら建付けが悪いようだ。


中にはもう一枚扉があって、そこが演算室になっているようだった。扉を開けると、眼の前に棚のようなものがズラーッと並んでいて、めちゃくちゃ寒い。さっきまで少し汗を書いていたのでそれが冷えてブルっと震えが来た。


「あ、ごめん。寒いよね。僕だけ中に入って呼んでくるね。ここで待ってて。」

「あ、はい。わかりました。」


西浦さんを置いて中に入るとどこが何列目かわからないくらい同じような店が並んでいて、LEDの光が沢山点滅している。どうやら、これはいわゆるスーパーコンピューター的なものらしい。コンピューターを冷やすために部屋全体が冷たく保たれているようだ。


奥に歩いていくと、モニターがたくさん並んでいる机があった。足元を見ると、何か落ちている……。

よく見ると、人の足のような気がする。急いで駆け寄ると、そこには80歳くらいにはなっていようかという、白髪の老人が倒れていた。

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