ディナーの前に

店に着くと、15分前にもかかわらず、奏奈ちゃんは既に席に到着していた。サークルのときは一度も見たこと無い、ワンピース姿が眩しすぎる。


「西浦さん」


声がひっくり返らないかどうか、慎重に声をかけた。なかなか上出来な声掛けだったと思う。


「シノ先輩」


名前を呼んでもらっただけだが、その声も良い。


「ごめんね。待たせちゃった?」

「いや、今ちょうど席に案内してもらったところです。」


ここのカレー屋は、オシャレすぎず、庶民的すぎず、気取らないデートに最適なお店なのだ。ここだけの話、何度もお世話になっている。


「あれ?どうしてスーツなんですか?バイト?」「いや、バイトの日と間違えてスーツ着て家を出てきちゃったんだよね。家に戻る時間もなくて。」

「そうなんですね。先輩もそんなミスするんですね。」

「いや、こんなの初めてだよ。」


なんでもない話をしながら、メニューをめくる。だが、ここで頼むべきはビーフカレーセットとドリンクにマンゴーラッシー1択だ。


「西浦さんはどうする?」

「おすすめありますか?」

「僕はい…ビーフカレーセットとドリンクにマンゴーラッシーを頼もうかな。」


あぶない。いつも頼むとか口走りそうになってしまった。デートの鉄板店舗だと知られてはまずい。


「じゃあ、私もそうしますね。」

「了解ー。すみませーん。ビーフカレーセットとドリンクにマンゴーラッシーを2人分お願いします。」


店員は、片言の日本語で注文を繰り返し、去っていった。


「連休中は部室には行ってるんですか?」

「えっと、研究室には行ってるけど、部室はちょっと荷物取りに行ったりとか、御飯食べる仲間を探しに行ったりするくらいかなー。」

「そうなんですね。研究室楽しいですか?」

「楽しいこともあるし、楽しくないこともあるね。今のところ論文読んでばっかだから、なんだか無駄に疲れるね。」

「やっぱり理論系の研究室は難しそうですね。」

「うん、でもある程度慣れたら、研究室にいかなくても研究できそうだから良いかも。」

「それはいいですね。私もそういう研究室にしようかなー。」


「ご注文のセットのサラダです」


ここのサラダは、とりあえずサラダ付けましたって感じの小ささとクオリティなのだが、まあそれはいい。一人暮らしだとサラダなんて作らないから、貴重な野菜の接種チャンスなのだ。


サラダをつつきながら会話を続ける。


「そうだねー。西浦さんも来年には研究室所属だもんね。どこに行きたいとか決めてるの?」

「私は都市工学ができるところがいいなと思ってます。人気高いらしいので行けるかはわからないですけど。」

「そうなんだね。都市工学の研究もなんだか難しそうだね。」


と、ここまで話してきて、何かを思い出した。今日は勉強の相談に来たわけではない。二人の距離を縮めるためにやってきたのだ。

何故だかわからないが、このままだと勉強の話だけしてすぐ解散になってしまいそうな気がする。話を変えなければ……。

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