やり直されたカラオケ
駅に着くと、電車が動き出していた。まだダイヤは乱れていて、ひっきりなしにアナウンスがお決まりの謝罪フレーズを流している。確かに電車は遅れているが、今から乗るこちらからすれば、別に今乗る電車が本来10分前に来る予定のものだったのか、30分前に来る予定のものだったのかなんて関係ないのに。
ダイヤは乱れていたものの、待ち合わせの時間にきちんと到着できた。僕ら以外のメンバーも既に揃っている。同じ授業を取ろうといって取っても、教室で授業開始前に揃ったことなんて一度もないのに、どれだけカラオケ好きなんだ。
半分ただのカラオケだが、大学四年のインカレ大会に向けての練習なので、みんなギターやシンセを持ち込んでいる。ボーカルの僕とドラムの横木だけ手ぶらだ。
「お、来たな。」
「なんで穂高はスーツなんだ?」
「こいつ、今日の約束忘れててバイトの格好して家出てきたらしいぜ。」
「よーし、じゃあ受付するぞー。」
「フリータイムのドリンクバー付きでいいな?最初のドリンクはここで注文するから、順番に言えよー。」
「なんで炭酸なんだよ。ちゃんと歌えなくなるじゃん。」
いつも通りテンプレの会話だ。この時間に来てるんだ、フリータイムのドリンクバーまではもう言わなくても店側で察してほしいものだが、そういうわけにもいかないのだろう。
と考えているとふと大事なことを思い出した。
「あ、そうだ。僕、クーポン持ってるわ。10%OFFになるやつ。」
「マジか!全員分つかえるやつ?ナイス!」
「あ、それ俺にも来てたわ、忘れてた。グッジョブ穂高!」
「じゃあ、盛り合わせプレート頼もうぜ。俺朝飯食ってきてなくてさ。」
「そうだな、プレート頼んでももとの金額とほとんど変わらないからな。」
「あ…ちょっと…」
別に僕はおなか空いていないのだが…。結局同じ値段ならクーポンを出した意味が…。損はしていないのだが、得もしなかったなと思いつつも、もうこうなってしまってはプレートを頼む流れは止められない。諦めることにしよう。プレートについてくるスナック菓子は自分で買うことはないけど、嫌いな味ではない。
部屋につくと、横木が荷物を置くよりも早くリモコンを手に取る。このメンツで来ると高木が1曲目を必ず歌う。数学科の高木は、数学と関係あるのかはよくわからないが、数字を覚えるのが得意で、自分が歌いそうな曲の番号はあらかた覚えているので、みんなが1曲目を選んでいる間に歌うのがお決まりだ。
横木が気持ちよくサビで高音に跳躍するところで声がひっくり返っている一番恥ずかしいタイミングで、店員が全員分のドリンクをお盆に乗せて部屋に入ってきた。普段はもう少し早いタイミングのはずなのだが、今日はプレートを頼んだせいでタイミングがずれたのだろう。
次は僕の番だ。せっかくスーツのジャケットがあるのでジャケットプレイができる曲を歌わないわけにはいくまい。歌わないわけにはいかないのだが、事前の準備なしでは何事もうまくいくわけはなく、そもそも片手でマイクを持っているときにジャケットプレイってどうやるんだろう?ただ、左手でジャケットをパタパタしているだけになってしまった。
「おい、穂高、暑いならジャケット脱げよ。」
「クーラー今入ってる?何度設定?」
「今切れてるわ、とりあえずONにしとくぞー。」
優しい。優しいのだが、このタイミングではその優しさがグサグサ来る。やめてほしい。
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