【第五十七話】命運(上)

 七日七晩の空旅を経て、夜明けと共に現地に到着した一行が目にしたものは、殆ど自然と一体化していた旧拠点の姿だった。最後の訪問から20年近く経っていたのもあって、拠点はすっかり現地の生き物たちの生活空間の一部と化していたのである。


 話し合いの末、旧拠点をそのままにすることが決定され、拠点構築組はそこから少し離れた場所で新たに拠点を築くことにした。ウェントゥスたちも手伝いを申し出たが、開拓調査隊の隊長と副隊長であるサルディスとヴァルナは、設計に暫くかかるからと言って、彼らに旅の優先を促した。


 そんなわけで、ウェントゥスたちは隊員たちにお礼と別れの挨拶を済ませると、早速大陸の奥地へ向けて出発した。



 暫く平原を進み、やがて森林地帯の入り口に差し掛かる頃、ルナがこの森林の奥にある集落の話をした。距離はここから北へ一日ほど(夕闇の飛竜の通常飛行での感覚)進んだ先にあるらしい。


 一行はそこまで一飛びで向かうことも考えたが、道中で新たな発見があるかもしれないと思い、徒歩で向かうことにした。



 広大な森林地帯に踏み入った一行は、道なき道時々獣道を進んでいた。


 道中出会した霊獣や魔獣たちは互いに争うことなく、縄張り意識も薄いのか、他の生物たち含め一緒に過ごしており、ウェントゥスたちを見かけても特に威嚇する様子も見せなかった。これほど穏やかな光景は滅多に見ることがないものだ。



 そんな感じで、周囲を観察しながら進むこと半日以上が経ち、日も暮れ始めた頃、ウェントゥスたちはある大樹の根本で簡易的な野営地を築き、そこで夜を明かすことにした。


 木立から月明かりが差し、あちらこちらで様々な生き物たちの合唱が聞こえる中、リディアと遥は一緒に旅日記を付け、ウェントゥスと風雲とルナは明日の旅路について話し合いをしている。そして、大樹の上で寝そべっているミオがその様子を眺めつつ、時々耳を動かして周囲の動向に注意を配っていた。


 どれくらい時間が経過したのだろうか。突如、ミオが近づく何らかの気配を知らせるように鳴き声を上げながら、勢いよく飛び降りてきた。彼女に呼応して、ウェントゥスたちも一堂に集まる。


 気配がゆっくりと近づいてくるにつれて、ウェントゥスたちも次第にその気配の特徴を捉えられるようになっていったが、お互い思わず顔を見合わせた。

「この気配…玄血族?それも、かなり強力な奴だ…。」

ウェントゥスの発言に、皆して頷く。


 やがて、焚き火によって次第に顕になっていった気配の正体は、獅子の頭、それを囲うように小さい獅子の頭を8つ持ち、背中には鎧を纏った女性の人型の上半身、そして8本の毒蛇の尾を持つ、これまで見たこともないような大きなキメラの変異体だった。その人型の肩には、大きな弓らしきものが掛けられているが、それを手に取ろうとする素ぶりが全く見られないことから、攻撃する意志はなさそうである。


 その者は少し警戒する視線でウェントゥスたち一人一人を観察しながらも、

「見かけない方々ですが、ここで何をしているのですか?」

と、玄血族にしては優しい声と口調で問いかけてきた。


 ウェントゥスたちは邪気を感じられない玄血族も初めてで少し戸惑ったが、

「旅の一団です。通りすがり、ここで野宿しているところです。」

ひとまずウェントゥスが無難に答える。すると、その者は改めてウェントゥスたちを一通り眺めた後、姿を完全な人型へと変え始めた。死に際に人型が抜け出て来た所しか見たことがなかったウェントゥスたちは、その光景に愕然として思わず口が半開きになる。



 変身を終えた女性は、体のところどころに特徴的な突起物が見えることから四天王を連想させるが、玄血族にしては優しい顔立ちをしている。

「夜分遅くに驚かせてしまい、申し訳ありません。私は玄血族の守り人です。夜の偵察で火の灯りを見つけ、様子を見に来た次第です。」。

「いいえ、ところで、この付近に玄血族たちが暮らしているのですか?」

ウェントゥスのその質問に、女性は一瞬回答しようかどうか戸惑ったように見えたが、

「はい。暮らしています。と言いましても、ほんの20年ほど前からですが…。」

と、率直に答えてくれた。


 守り人の話からして、どうやら訳ありだと考えたウェントゥスは確認のため、

「玄血族には祖なる存在がいると聞きましたが、その者が集落をまとめているのですか?」

と尋ねてみた。すると、玄血族の守り人が一瞬驚いた表情をしたかと思うと、暗くなっていくのがわかった。そして、何か決心したのか、彼女は小さく溜め息を吐き、

「そこに暮らす者たちは皆、帝、その、貴方のおっしゃる祖に追われていた者たちです。尤も、かの存在はもうこの世にはいらっしゃらないですが…」

と答えた。口ぶりからして、彼女が玄血族と人間族の戦いのことをどこまで把握しているのかは定かでないが、どうも侵略してきた者らとは別だということは確かのようだ。



 ウェントゥスたちがどうしようかとお互い視線を配り合う中、ふと、その女性が上空を見上げながら、

「今夜は大きな雨になりそうです。よろしければ集落へ泊まっていって下さい。」

と提案した。ウェントゥスたちが大樹の枝の隙間から上空を見上げると、まさに月が厚い雲に覆われようとしているところである。


 結界を張れば、雨なんてどうということはないが、集落を見てみたいという考えがあったのか、ウェントゥスは、

「では、ご厚意に甘えて。」

と返事した。ウェントゥスのまさかの返事に、皆は少々驚いたが、彼に何か考えがあるのだろうと思い、特に異論を唱えずに彼に賛同することにした。



 守り人を先導に暫く森の中を進んでいると、稲光と共に雷鳴が聞こえてきた。刹那、ウェントゥスたちの視界に何かが映り込む。暗い中ではわかりづらいが、それは薄いヴェール状の結界のようだ。


 彼女はその手前で立ち止まると、蚊帳の幕を開くように結界に入り口を形成して中へと入っていき、ウェントゥスたちを招き入れる仕草をした。


 結界を潜って間も無く、ウェントゥスたちは目に映った光景にハッと息を呑んだ。結界の外からは鬱蒼とした大木の集まりにしか見えなかったが、中は多くのツリーハウスによって構成された大きな集落だったのである。守り人が言うには、この集落をデラヒュタスと呼ぶそうだ。


 集落の所々に穏やかな蛍火色の明かりが灯されており、その周りに人型の玄血族たちが集まって談笑している様子が見える。


 そのうちの何人かが守り人の姿を見ると駆け寄ってきたが、程なくウェントゥスたちを見て、思わず後退りしてしまった。

「彼らは旅の人たち。近くで野営していたところ、大雨が降りそうだったから連れて来たの。」

守り人はそう言って皆を安心させようとしたが、

「そ、そいつは、あ、あ、ああああっ…」

一人の玄血族の悲鳴に、大勢に動揺が走る。その者はウェントゥスを指さしており、おそらく先の戦に参加していた者なのだろう。


 それに対して、否応なしに玄血族たちの注目を集めたウェントゥスはあろうことか、

「そう。我々は玄血族と戦った者たちであり、貴方たちの帝を葬ったのは他ならない、この私だ。」

と、わざわざ強い口調で発言した。それは明らかに玄血族たちを更に怯えさせたために、守り人は反射的にその姿を再びキメラ様に変身させると、他の同族を守るようにウェントゥスの前に立ちはだかった。


 こうして玄血族たちに緊張が走る中、ルナとリディアが思わず苦笑いをこぼす。それに続き、遥が呆れ笑いしている横で風雲もやれやれといった感じで首を振る。彼らはウェントゥスが演技しているのを知っていたようで、

「まさか、わざわざこんなことをするために来たの?」

「やりすぎよ!」

「ウェントゥスさん…」

「まったく、君って人は…」

「キュアアアン!」

と、口々に言った。


 ウェントゥスも申し訳なさそうに笑うと、

「先ほど言ったことは事実だが、だからと言って貴方たちをどうこうするつもりはないですよ。」

と、優しい口調で玄血族に語りかけた。


 守り人は一瞬呆気に取られたような表情を浮かべたが、ウェントゥスから敵意も殺意もないことを察すると再び人型へと姿を戻した。


 彼女はまだわずかばかりの警戒感を抱きながら、

「かの者は戦の生き残りの一人です。私たちは敗走兵を多く迎え入れました。彼らは皆人間族を攻めたことを反省しています。彼らは皆、体を元に戻す際にいずれかの部位を失い、そして、副作用による苦痛を一生背負って生きていきます。それらを代償にというのは…、烏滸がましいのは重々承知の上ですが、私が代表して皆様にお詫び申し上げます。」

と言って、片膝を突きウェントゥスたちに深々と頭を下げた。それに続くように他の玄血族も次々に同じ仕草をする。


 彼らを見渡してみると、その多くが体の一部を失っているようで、代わりに植物のようなものを充てがわれているのがわかる。


 そんな中、騒ぎを聞きつけた他玄血族たちが老若男女問わず次々とツリーハウスから顔を出し始めたため、ウェントゥスはまず他の玄血族たちに詫びた上で、膝ついていた者たち全員に立つよう言い聞かせた。



 騒ぎがひと段落ついた後、守り人は気持ちを一新してウェントゥスたちを一際立派なツリーハウスへと案内した。


 ツリーハウスの中の造りは、まるで大木と一体化しているように見え、質素ながらも上品さが漂っており、ウェントゥスたちが知っている玄血族からは想像もつかないものだ。ウェントゥスたちの口々から感嘆のため息が漏れ出る。一方の守り人は、感動しているウェントゥスたちを珍しがりながらも、ここが集落一の建物だと教えてくれた。


 そんな中、外からポツポツと雨音が聞こえてきたと思うと、それはだんだん大きくなっていった。どうやら守り人の言う通り、本当に大雨が降ってきた。その雨音にかき消されないほどの声で、ウェントゥスは改めて守り人に謝ったが、

「いいえ、謝らなくてはならないのは私たちの方です。」

と、彼女に返された。


 自分たちが抱く玄血族のイメージとはかけ離れている彼女のことや、この集落についてもっと詳しく話を伺ってみたくなったウェントゥスたちは彼女から色々と話を聞かせてもらうことにした。

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